7:タウリンとポリフェノールが売りの蟹大福、試食者募集中
「叔父様! 叔父様! あれ、なあに?」
公爵邸に着くなり、キルミスは庭の噴水に高く積み上げられた「蟹の殻」の山を指差した。
母を苦しめた男の悪行を暴く――その決意とは裏腹に、幼い王子の瞳は、冷徹なまでの観察眼を宿している。
「キルミス、僕はまだ二十三歳だから『叔父様』はやめて。ロビンって呼んでね」
「……わかった。で、ロビン。あれが噂に聞く『領民の血税を食いつぶした証拠』なの?」
「そうでーす。ついでに言うと、あの山は噴水で蟹を養殖しようとした実験の成れの果てでーす」
「……ロビン。海の蟹が淡水の噴水で生きられるわけないよね? つまりあそこに積まれているのは、ロビンの無知によって虐殺された蟹たちの墓標なの?」
四歳の王子が、大人顔負けの痛烈な正論を突きつける。だが、ロビンは全く動じることなく、透き通るような瞳で甥を見つめ返した。
「違うよ、キルミス。あそこに積んであるのは、全部『一匹の蟹』が脱皮した跡だよ」
「……は?」
キルミスの鋭い追及が、物理法則の無視によって凍りついた。
「一匹だけ、短期間に究極の進化を遂げた蟹がいてね。そいつが毎日、脱皮を繰り返して成長した結果があの山さ。大きくなりすぎて噴水からはみ出しちゃったから、今は海に返してあげたんだけど……」
ロビンは、聖者のような慈愛の微笑みを浮かべた。
「僕にすごく懐いていてね。呼ぶと波打ち際まで戻ってくるんだ。最近は『お手』ができるように教えたんだよ。ハサミで」
「…………」
キルミスは、生まれて初めて「理解不能」という絶望に直面した。
城で聞かされてきたロビン・ルボイト像は、人を狂わせる美貌を持ち、怠惰にして傲慢、家門の資材を浪費する「冷酷な悪魔」だったはずだ。打ち倒すべき、手強い敵。
(……おかしい。僕が想定していたのは、もっと狡猾で隙のない悪魔だ。なのにこれは、ゼリーみたいなクラゲを相手にしているみたい)
キルミスは、握りしめていた小さな拳の落とし所を見失った。
そもそもこの男に「憎まれるに値する知性」が備わっているのか? 復讐心は、ロビンの底抜けた「無垢という名の狂気」を前に、完全に迷子になってしまった。
「……ねえ、ロビン。そのカニ、本当に『お手』ができるの?」
やがて、復讐心よりも「幼児としての好奇心」が、わずかに勝る。
「本当だよ。今度、一緒に海に見に行こうか。その時、キルミスを蟹の餌にしようかな」
「……それやったら、父様に八つ裂きにされるどころの騒ぎじゃないよ。国が滅ぶね」
「そうだね、きっと生きたまま……。考えたくないな」
「よくわかってるじゃない!」
復讐を誓ったはずの王子は、気づけば全力でツッコミを入れさせられていた。
「さ、中に入って。特製のスイーツを用意したよ」
促されるまま足を踏み入れた応接間で、キルミスは三度固まった。
壁一面に貼られた『噴水完全養殖計画・改訂第十四版』という狂気の図面。その異様な光景を背に、ロビンはひらひらと手を振った。
窓際い近くのテーブルの上にコトン、と置かれたのは、白くて丸い、一見すると愛らしいお菓子だった。
「……ロビン、これ、何?」
「僕の自信作、『蟹大福』試作4号。カニのタウリンと小豆のポリフェノールが入ってる。お互いの栄養を補完する健康食なのに、なぜかみんな食べてくれないんだよね」
キルミスは絶句する。漂ってくるのは、小豆の甘い香りを微塵も寄せ付けない、圧倒的な「磯臭」だ。
(……この人、善意で毒を作るタイプだ……!)
もし悪意で毒を盛られたのなら、犯罪として告発できる。だが、この男は本気でこれが「優秀なお菓子」だと信じ、あろうことか自分の母上、セルシュにもこれを食べさせようとしたのだ。
キルミスは頭の中で、必死に作戦を再構築する。
戦術A:横領を問い詰める。
――効果なし。本人が「何に金を使ったか」を一番理解していない。
戦術B:怠慢を責める。
――効果なし。「何か悪いことした?」と無垢に聞き返される未来しか見えない。
戦術C:情に訴える。
――不可能。そもそも会話のレールがつながっていない!
キルミスは、カニ大福を見つめたまま悟った。自分はいま――
「知性では勝てない相手」と対峙しているのだと。
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