6:処刑寸前の義弟だけど、王子の子守(呪い付き)を押し付けられた
王宮に戻ったリオンは、即座にロビンへ出頭を命じた。
だが、引きこもりの義弟は二度にわたる呼び出しを、「イヤです」という、理由にすらなっていない理由で拒絶した。三度目、リオンの堪忍袋の緒が切れ、ついに騎士団を投入して寝巻き姿のままのロビンを王城へと引きずり出す。
謁見の間。目の前で欠伸を噛み殺している「諸悪の根源」をリオンは殺意を込めて見下した。
「ロビン。……今すぐ君を処刑して、その銀髪を蟹の餌にしてやろうと思う。最後に弁明があるなら、聞こう」
数年ぶりに外の空気を吸わされたロビンは、眩しそうに目を細めて首を傾げた。
「陛下。……おかしいんですよね。兄がこの程度で倒れてしまうなんて」
「……何だと?」
地獄の底から響くようなリオンの声にも怯まず、ロビンは長い睫毛を揺らして瞬いた。
「兄上は僕という『弟』を18年も浴び続けて平気だった人ですよ? その兄上が、たった数年の王宮生活で病院送りなんて。……何が狂ったのかな」
「……セルシュを、強度試験の検体か何かのように語るな」
リオンの底冷えする声が謁見の間に響き、傍に控える衛兵達は震えた。だが、ロビンはその殺気をまるで意図せず、リオンの顔に視線を移した。
「もうひとつ、お聞きしたいのですが、陛下は兄上と仲睦まじいのですか?噂によると陛下は、公爵家との繋がりの為に結婚を決めたそうですね。実は外には20人以上の愛人もいるとか……」
「……随分と、私はクズな人物にされているな」
「え、だって陛下はすぐ裏切りますよね? 昔、僕が精魂込めて作った『フュジオン・クラブ・シャテーニュ・ポム・ガトー』を拒否したし。ご自分が僕に作るように命じといて」
「フュジオ……?なんだ。それは?」
「栗カニアップルケーキです」
「だから!それを食べない代償にセルシュと結婚したじゃないか!」
「わあ!ひっどーい。やっぱりケーキが嫌で兄上と結婚したんですね。愛なんてかけらもなかった!」
「ちがう!!!……って、論点をずらすな!」
「そういえば兄上の首に鬱血が無数にありましたね。蚊が多いんですか?まだそんな季節じゃないのに」
「なっ……!?!? 無数もつけてない!!」
ロビンがニヤリと笑う。その顔を見て、リオンは内心で舌打ちした。
――しまった、乗せられた。
不敬な義弟の発言に、震える拳を無理やり押さえ込み、冷静さを取り戻そうと大きく息を吸い込む。
「本当なら今すぐ八つ裂きにしてやりたいところだが……まずはセルシュの意識が戻り、君への処遇を確認してからだ。それまでは、義弟の君に相応しい『罰』を与えることにしよう」
そう言って、リオンが背後から呼んだのは、一人の小さな少年だった。
プラチナブロンドの髪に、コーンフラワーブルーの瞳。リオンとセルシュの美点を凝縮したような二人の息子、四歳の王子、キルミスである。
「この子の面倒を見ろ。断るなら、公爵家は、すぐに火の海となる」
その言葉にロビンこそ目を丸くした。
「陛下?陛下こそ頭は大丈夫ですか?僕に大切な王子殿下を預けるなんて、国を滅ぼす第一歩、いえ、五万歩ですよ?」
本気で心配そうなロビンを見て、リオンは一瞬だけ脱力する。
「……分かっている! 言われずとも分かっているんだ……っ!だが……」
リオンは苦渋に顔を歪めた。
「キルミスは天才なんだ……。四歳にして王宮の教育係達を次々論破し、大人のプライドを粉々にしてしまった。もう誰も、この子に教えたがらない」
その声には、父としての苦悩が滲んでいる。
「しかも……少し前から王子の世話係が次々と倒れている。病状は様々だ。数日の体調不良で済む者、泡を吹いて卒倒する者。先週の侍女は、王子に近づいた瞬間に髪が真っ白になり、恐怖で二度と王宮に足を踏み入れられなくなった……!」
「季節の変わり目ですからね。人は変化する」
「こんな変化があるものか! 呪いか刺客かも含め調査中だが、原因が全く掴めない。しかし……」
リオンはロビンに近づくとその胸ぐらを掴み、吐き捨てるように言った。
「……お前は精神力SSSで呪いを跳ね除けられるし、王子の毒舌を『理解できない』だろうから無効化できる。いいか!お前はキルミスの『絶縁体』だ! 仮にお前が廃人になっても、一ミリも心を痛めなくてすむ……。そんな条件を満たすのは、世界中でお前だけだ!」
「うわぁい。褒められたぁ」
「褒めていない! とにかく、呪いだろうが刺客だろうが、お前のその無駄に高い精神防御で叩き潰せ。いいか、キルミスを守りきれば死罪は免じてやる。ただし――」
リオンはロビンを投げ捨てるように離すと、今度はキルミスの頭を愛おしそうに撫で、低い声で付け加えた。
「もし息子に、お前の趣味である『生臭い料理』の英才教育を施してみろ。その時は、お前を蟹の殻に詰めて噴水に沈めるからな」
ロビンはリオンの煮えたぎる怒りを面白そうに薄く笑った。
「……わかりました。つまり僕を蟹の中に詰めるんですね。その工程ぜひ知りたい」
「その通りだ。死ぬほど後悔させてやるから安心しろ。……キルミスの生活必需品は後で届けさせるから、すぐに連れて行け」
キルミスと呼ばれた幼い少年は、リオンに促され、テトテトと愛らしい足音を響かせてロビンに歩み寄った。
小さな背筋は母親譲りに真っ直ぐで、揺れるプラチナブロンドの髪の下、矢車菊色の瞳がまっすぐロビンを見上げる。
「お久しぶりです。母様の弟君。」
舌足らずな声でそう言い、見事な礼をとった。
対するロビンは、王の前だというのに寝巻き姿のまま、のんびりと手を振る。
「わぁ。大きくなったね。赤ん坊の時以来だ。あの頃はまだ沢蟹サイズだったのに」
「……沢蟹?」
キルミスは一瞬首を傾げたが、すぐに天使のような微笑みを浮かべた。だが、その口から飛び出したのは、純粋な皮肉だった。
「父様がこんなに怒っているのを、ボク、初めて見ました。叔父様、あなたってすごい人なんだね」
「そうかな? 陛下は昔から僕にしょっちゅう怒ってるけど。沸点が蟹を茹でる鍋並みだ」
「キルミス」
リオンの低い声が割って入った。キルミスは即座に姿勢を正す。
「この男は、公爵家の財産を食いつぶし、遊び呆け、何一つ成し遂げたことのない男だ」
「心外です、陛下。栗蟹アップルケーキの開発とか、蟹の養殖とか――」
「うるさい」
リオンはロビンの言い分を一刀両断すると、忌々しげに睨みつけ、キルミスの肩に手を置いた。
「さらに言えば、セルシュを病院に追い込んだ張本人。……つまり、お前の母の敵だ」
キルミスは、すぐには動かなかった。
母が体調を崩した理由は、断片的にしか聞かされていない。王宮の大人たちは、キルミスの前では言葉を選ぶ。しかし――子供の耳は、大人が思うより、ずっとよく聞いている。
母が実家に帰ったこと。帰る前に、長い時間、一人で窓の外を見ていたこと。
その夜、侍女が小声で言っていた。「公爵家の、あの方が……」
ゆっくりと、キルミスはロビンを見上げた。銀髪の、顔だけは超絶美形の寝巻き姿の男。
「そうなんだ」
声は、先ほどと同じく、愛らしく澄んでいる。
「じゃあ、ボクがあなたを好きになる理由、ないね」
「わぁお、さすが兄上の息子。辛辣!」
ロビンは肩をすくめて笑った。その笑顔のどこにも、悪意はない。それがまた、キルミスには不思議だった。
(だから、余計に許せない)
小さな胸の中で、静かに、誓いが固まる。
(母様の敵なら、ボクがちゃんと退治しなきゃ)
その決意も知らず、ロビンはひょいとキルミスを抱き上げた。
「では、行こうか」
「いいかロビン。もし息子に何かあれば――」
「ええ、ええ。わかっていますとも」
ロビンは振り返りもせず、ひらひらと手を振る。
「僕のペットの蟹をディナーにするんでしたっけ?」
リオンのこめかみに三本目の青筋が浮いた。
「違う。お前を蟹の餌にする話だ」
「ああ、それそれ」
至極どうでもよさそうに頷くと、そのまま王宮の門へと歩き出した。
こうして、ロビンは小さな甥を抱え、公爵邸へと連れ帰ることになったのである。
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