12:父様、お願いです!麗しの銀髪の叔父と愛し合ってください
翌朝。
王城の謁見の間には、地鳴りのような怒号が響き渡った。
「ロビン・ルボイトォォォ! 貴様、いきなり押しかけてきてなんだ! キルミスのその格好は!?」
玉座から立ち上がったリオンの目の前には、海水で髪が真っ白に固まり、所々に乾燥したワカメをくっつけたキルミスが立っていた。
「陛下、おはようございます。キルミスに『一括精算』を教えていたんです。ねぇ?」
「ボク、死ぬかと思った。ロビンに崖から投げ捨てられたからね」
「なっ…………投げ捨て……っ!?」
リオンの顔が、一瞬で土気色から赤紫色に変色した。あまりの衝撃に、腰の聖剣がガタガタと音を立てる。
「衛兵! 処刑だ! 今すぐこの銀髪の粗大ゴミを蟹の殻と一緒に粉砕して、二度と再生できないように――」
「父様、待って」
キルミスが芯の通った声で遮った。パリパリの塩で固まった前髪を、ガサリと音を立てて揺らし、父を見上げる。
「ロビンは、ボクの呪いを解いてくれたんだ。……母様が倒れたのは、ボクが悪い人たちを呪ったせいで、それが母様に跳ね返っていたからなんだって」
「……は?」
リオンの動きが止まる。
――ふと、視察に出かける前のセルシュの光景が脳裏をよぎった。
痩せた背中。笑っているのに、どこか空虚だった顔。
「ボク、母様をいじめる人たちが許せなくて……でも、それが母様を苦しめてた。父様!父様のストーカーのせいで、ボクも母様も、こんなに大変なことになっちゃったの!」
――最近、王妃の周りには確かに妙な噂があった。
「……ス、ストーカー……」
沈黙が支配する謁見の間。ロビンが三日月のように口を曲げて、冷ややかな追い打ちをかける。
「モテる男は辛いですねぇ。ご自分が視察で遊び歩いている間に、愛する息子は闇堕ち。最愛(笑)の王妃は、息子の『呪い返し』を一人で受けて寝込んだ。……これ、陛下が王妃を放っておいたからですよ?」
「わ、私が……セルシュを……?」
拳が、大きく震える。
「王妃宮では妙な噂がかなり前から流れていたようですね。ネズミ臭いメイドもいたし。兄上があそこまで憔悴していたのは、過労より心労が原因です。あの精神的不衛生なメイド達、蟹工船メイドとして漁船に送って下さいね?」
ロビンの温度のない声が、静かに畳み掛ける。
「まあ僕は引き金かもしれませんが、撃たせたのは陛下ですからね?」
リオンは反論出来ず唇を噛んだ。
「陛下は視察中何をしていたんですか? 娼館ですか?この浮気者!」
「浮気はしていないと言っているだろう!!」
王の怒号が部屋の壁を震わせた。激しい後悔と怒りが、リオンの瞳の奥を燃え上がらせる。
リオンが怒りに任せてロビンの襟首を掴みかかろうとした、その時、
「父様。ストーカーを炙り出す方法、考えてきました」
キルミスが、年齢に似合わない深刻な表情で言い放った。
「敵が隠れているなら、引きずり出せばいいと思うんです。……父様。ロビンと『偽装ラブラブ作戦』で、ストーカーを嫉妬で怒り狂わせてください」
「「…………は?」」
リオンとロビンの声が、完璧に重なった。
「父様とロビンが、愛し合うふりをするんです。そうすれば、母様を押しのけて後妻の座を狙っているストーカーは、『次はあの銀髪か!』と怒って、必ずロビンを狙いに来ます」
リオンは信じがたいものを見る目で、愛息子を凝視する。
「……キルミス、すまない。きっと崖から落とされたショックで、脳の回路がショートしてしまったんだな」
そう言って、掴みかけたロビンの襟首を力なく離す。
対照的に、ロビンは――新しい玩具を見つけた子供のように、最高に不吉な微笑を浮かべた。
「いい案だね! 陛下と僕が、ストーカーの前で愛を語り合えば、相手は我慢できずに尻尾を出すかもね」
「ふざけるな! 誰が貴様のような蟹臭い男と愛を語るか! 衛兵、この男をさっさと追い出せ!」
本気で退散しようと背を向けるリオンに、ロビンの軽蔑しきったような声が突き刺さる。
「ふーん。陛下はセルシュ兄上を見捨てるんですね。……お堅いだけの王妃に、もう飽きたのかな? 愛人二十人いるんでしたっけ? 離婚なら早めにお願いしますね、慰謝料の計算頼まないと」
――ピタリ、とリオンの足が止まる。
そして、ゆっくりと振り返った。
「……貴様、今、何と言った?」
一歩、踏み出し床が軋む。
「セルシュを飽きただと? どの口がそれを言う。……私が、あの人以外の誰かにこの心を許すとでも思っているのか? 彼がどれほどの孤独に耐え、どれほどの献身を私に捧げてくれていると思っている!」
握り締めた指先が、白く震えていた。
わずかな沈黙。
その隙を、ロビンが逃すはずもない。
「……じゃあ、『兄上を救うための戦い』に乗ってくださいますね?」
リオンの肩が、怒りに震える。
脳裏で激しく葛藤しているのが、誰の目にも明らかだった。
しかし――
「……いいだろう。だが、偽装するにしても、せめて節度ある交流に――」
食い気味に、ロビンが割り込む。
「理解していただけたようでなによりです。では、陛下。僕が台本を書いてきますね。吐き気を催すくらい酷いやつ。……あ、衣装は蟹のペアルックにしますか?」
「蟹から離れろ!!!」
――場違いなほど軽やかな声が響く。
塩まみれのキルミスが、満足そうに頷いた。




