13:嘘でしょう!王宮騒然――昼下がりの密会騒動
◇10
ここ数日、王宮の空気は奇妙に浮き足立っている。
廊下の隅、侍女たちの茶会、騎士団の詰め所――至る所で「信じがたい噂」が囁かれている。
『長期視察から戻った敬愛すべき陛下が、あの「公爵家の厄災」と密会している』と。
「……それだけじゃないわ。真昼間から二人きりで、人目を避けるように古い庭園へ消えていくのを、見た人がいるんですって」
扇の陰で交わされる密やかな囁きは、尾ひれをつけて瞬く間に広がり、やがて王宮の貴族たちの耳を汚染していった。
そんな中。
そこは、王宮の奥、ほとんど使われることのない古い庭園。
手入れはされているが、人の気配だけが不自然なほど薄い場所だった。
春先の陽光が透過する緑は、庭を淡いエメラルドに染め上げている。その中央で――銀のレースに縁取られた華美な衣装を纏う、美貌の青年ロビンがブランコに揺られていた。
「もっと 高く! もっと!」
彼の美声に応え、背後ではリオンが必死にブランコのロープを引いている。
(……なぜ私は、一国の王でありながら、こんなことをしている……? しかも相手は、あの銀髪の害悪だぞ……!)
刹那、ロビンのピンと伸びた足首から靴が脱げ飛んでいった。素足から覗く指先の爪は、桜貝のように美しい。
「ねえ、もっと」
砂糖菓子のような甘い声で後ろにいる男に流し目を送る。
(その目をやめろ。お前の目は虚無のくせになぜ流し目だけ様になるんだ。生まれつきの詐欺師め)
(うわ、ちゃんとやってるこの人。真面目だなぁ。内心ブチ切れてるのが最高!)
「……シー。静かに……。ロビン、君が……そんなに騒ぐと、……私の(殴ってはいけないという)理性が、……保てない、じゃないか……」
ロビンはニヤリと唇の端を上げると、不意に上半身を大きく後ろへ反らせ、
仰向けに近い体勢で、真後ろに立つリオンの顔を覗き込む。
驚きに目を見開くリオンに、ロビンは下から誘うように、その白く細い腕を彼の首へと回した。
(近い!!近い近い近い!!距離がおかしい!!殺すぞ本当に!!いや、セルシュのために今は我慢しろ……!)
(嫌がってるなぁ。兄上が退院したら、僕がリオンに抱きついてる所、写真に撮っておいて見せてあげよう。修羅場になるかな?)
リオンは、ロビンの体勢を支えるフリをして、自身の膝をブランコの座板へと押し込む。
そのままロビンの腰を強引に抱き寄せ、二人は、背徳的(に見える)な戯れに興じ始めた。
(こ、こいつ……終わったら絶対に蟹の餌にする)
(リオン、僕を蟹の餌にするとか考えているな。蟹は嫌だ。エビにしてもらおう)
狭い座板の上で、シルクのシャツが擦れ合う。
「ねえ、リオン。兄様の傍に居なくて良いの?」
(良くない!全然良くない!今すぐセルシュの病室に飛び込んで、跪いて謝罪したい!)
「ロビン、セルシュは、今、眠っているから、私がそばにいなくてもわからないよ。ほら、もっと激しく揺らして……!」
(セルシュゥゥゥ!! すまない!! 私は今、世界で一番酷いことを口にした!! そもそも『激しく揺らして』って何だこの台本!? 物理的にこのブランコごと崖から放り投げろという意味か!? そうなのか!?)
(あはは、リオンの顔、今までに見たことないくらい引きつってる。この程度で罪悪感抱くって。芝居だって言ってんのに。もっと煽ってやろう)
二人の(絶対零度の)笑い声が響く中、密着したままブランコは大きく揺れる。遠目には愛を囁き合う恋人の戯れにしか見えないその光景は、リオンにとって人生最大の辱めと、底なしの殺意の蓄積となっていた。
(はあ。いい加減僕も飽きてきた。そろそろストーカー、出てこないかな)
(頼むから出てこい犯人!! この地獄の茶番を今すぐ終わらせろ!!)
(……あ、ストーカー見っけ。あそこの薔薇の植え込みからギリィ……音が聞こえる)
ようやく現れた、二人を凝視し続ける邪悪な影。
一方、少し離れた別の植え込みの影では。
「……ルイス。父様、顔が緑になってる」
「王子。見てはいけません」
ルイスは、キルミスの目を背後から両手でしっかりと塞いだ。
「ダメだよ、ルイス。この作戦はちゃんと記録しないと。……遠目なら、確かに仲睦まじい恋人同士に見えるね。父様、あとで発狂しないかな?」
「……陛下なら大丈夫です。精神は崩壊するでしょうが、肉体は頑丈な方ですから。……それより王子、あちらを見てください。予想通り大物が釣れましたよ」
ルイスが冷徹に指し示したのは、薔薇の植え込みで憎悪を滾らせ、身を潜めていた男――ベイル・ルミス伯爵令息だった。




