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猫とシオンと日没する国の果ての果て  作者: 大本営
第二章 猫とシオンと日没する国の果ての果て
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第21話

 光で目が眩んだ視力が回復すると、辺りは杉の巨木が生い茂る森だった。

 見覚えはあるような、ないような。

 マルドゥク様を信用しないわけではないけど、この場所がバビロンと即断するべきではないだろうな。大気にマナが満ちる様から日ノ本オンラインとは違う世界――バビロンだろうと十中八九確信しているけどね。

 正直なところ僕は天上世界での生活が長かったので、地上世界に疎くなっている。ここは気持ちを落ち着かせて冷静にならないと。シオンは僕以上にバビロンに疎いのだ。僕がしっかりしないと。



 そうだ、お皿とミルクを取り出して一服でもしよう。


 ああ、ミルクが美味しい。



 僕が気持ちを落ち付かせている間、シオンは近くで型の練習をしていた。大地を蹴る、数回剣を振るい、再び大地を蹴る。単調な繰り返しに思えるが、そのたびに地面は抉れ、剣圧で大気が金切り声を上げた。

 白銀で統一された彼女の武装は、シオンの艶やかで光沢のある銀糸のような長い髪とよく似合う。

 白銀のシオンとは、よく言ったものだ。


 この間、約十分。


 静かな森だよな。

 シオンが発生させた騒音のせいで、動物たちがどこかに逃げてしまったせいもあるけど。

 まあ、無理もないか。

 動物は危険に敏い。

 僕だって同じ立場なら即逃げ出すよ。

 この状況で接触してくる奴は相当に切羽詰まっているか、頭のネジがどこか緩んでいるかだ。そしてどちらかの可能性を持つ人物が、僕達に向かって歩いてくる。


 猫のくせに、なぜ遠くのものが見えるかだって?


 猫の視力は人より劣ると言われるけど、僕は猫であって猫ではない。猫の精霊ケット・シーなのだ。そんじょそこらの猫と一緒にしないでほしい。天上界で手に入れた謎スキル『鷹の目』のおかげで、僕は鳥並みの視力を手に入れていたのさ。




 うそ、です。

 ごめんなさい。




 ほんとうはマルドゥク様がくれた首輪の神器によって、視力が強化されたのが理由みたい。シオンの同行者になるなら、このくらいの能力は必須とマルドゥク様が判断したのだろうな。いずれにしてもいまの僕には、昼夜を問わず見えぬものなどないのさ。

 まあ、いつも使用していないからスキル『鷹の目』と呼んでいる。


 こちらに接近してくるあいつは人間みたいに二足歩行をしているけど、獅子の頭をしている人に似たなにかだ。上半身はなにも纏ってないので、筋骨隆々なのが見て取れる。あと下半身は粗末なズボンらしきものを履いているね。

 ここ重要。

 シオンに変なもの見せずにすむというのは重要だけど、理由はそれだけじゃない。粗末だとしてズボンを履いているということは、多少の文明は受け入れているという証左なのさ。毛もくじゃらの野人エンキドゥも、文明を受け入れるときズボンを履いていたから間違いない。

 この点から僕はこの怪人に対して、『文明人として友好的に接してもいいかな?』という印象を抱いた。



 僕が態度を決めたのに、獅子の頭をした怪人はまだこないのだ。そいつに気付いたのは数分前のはずだけど、まだ傍まできていない。



 ほんと、おそいなぁ。



 否!

 徐々に大きくなってきた!


 まずい。

 巨大すぎて距離感がつかめていなかった。

 そいつは人ではない。

 森の巨人だった。



 獅子の頭をした森の巨人は、僕達の声が聞き取れる距離まで来ると話しかけてきた。


「人の子、お主たちは香柏の森へなにしにきた」

「香柏の森?」

「人の子、質問に質問で返すな」


 巨人から見下されながら詰問されると凄まじい圧迫感がある。侵入者に対する警戒を露わにした反応だけど、敵意むき出しじゃないだけまだマシ。巨人は武器こそ手にしていないけど、この巨体に踏みつけられたら普通に死んじゃう。

 決して怒らせてはいけない相手だ。

 ここは言葉を慎重選ばないと。


「だって、シオンはここがどこか知らないの」

「人の子の言葉など信じられん」

「えーとね。シオンは砺波の郷にいたんだけど、ケイ君がここに連れてきてくれたの。お爺さんは砺波の郷を知ってる?」

「我はまだ千年しか月日を重ねておらん! 先代と違って我はまだまだ若いのだ、年寄り扱いするでない!」

「ごめんないさいなの。じゃあ聞き直すけど、お兄さんは砺波の郷を知ってる?」

「うむ、分かればよいのだ。そうさな砺波の郷か、生憎と知らんな」


 お兄さん扱いされたのが満更でもないのだろう。

 詰問調だった巨人の口調が若干和らいできた。


「あっ、ケイ君ならここがどこかは知ってるよね」

「香柏の森かぁ――もしかしてカデシュの南にある巨大な杉の森のことかな?」

「ふむ、そこの猫は中々賢いようだな」

「うん、ケイ君は賢いの」

「よしよし、二重丸をくれてやろう」


 シオンは相変わらずマイペース。

 この子は怖いものとかないのだろうか。


 隣で冷汗流している僕が馬鹿みたいに思えてくる。調子を狂わされているのは巨人も同じようで、いまでは孫に接する祖父のようになってきた。


「シオンはケイ君の依頼でバビロンに来たの。だから香柏の森に用があるんじゃないの」

「ふむそうか――ではない! 危うく人の子の言葉を信じるところであったわ。我は香柏の森の守護者フンババ。この森の木を奪うのが目的なら容赦はせぬ!」

「シオン、杉の木はいらないの~」

「へ?」

()()()杉の木はいらないの~」

「いやいや、人の子の言葉など信じられるぬ。あやつらは何度となく香柏の森から無差別に木を切りだしてきたのだ。この森をみよ。いまでも広い森であるが且つてはもっと広大であった。それを貴様たち人の子は好き勝手に荒らしてきたのだ!」

「うん、凄く高くて大きく格好いい杉の木なの♡」



 フンババの怒気で吹き飛ばされそうになり、僕はシオンの服にしがみついた。けど必死の僕とは対照的に、シオンはどこ吹く風で軽くいなした。まあ、あれはいなしたというより怒気と認識してない可能性はある。

 薄々気付いていたけど、シオンのスルースキルは神霊級なのかもしれない。



「……格好いいとな。ほんとうにそう思うか?」

「うん、格好いいの。あっ――源さんに大きな木には神様が宿るから、神様に格好いいなんて対等な口聞いちゃいけないって注意させれたの。このことは黙っていてほしいの」

「う、うむ」

「ほんとうに黙っていてくれる?」

「もちろんだ。香柏の森の守護者フンババ、嘘は言わぬ」

「あのね、お願いあるんだけど」

「ふむ、やはりそのほうも杉の木が欲しいのか?」

「榊の枝があった2本わけて欲しいの」

「二本? 木が一本でなくて枝でだとな」

「うん、枝がいいの」

「ふむ、なに使うというのだ」

「神棚に祭るの」

「ほう、祭るとな。それであれば叶えてやらぬでもないが、生憎とこの森には榊という木が生えておらぬ」

「そっか――」

「だが、杉の木の枝ならば叶えてやろう」

 フンババが軽く腕を振るうと、二本の枝がゆっくりと落ちてきた。

「ありがとうなの」

「気にするでない。この森以外の木が祭られるのは面白くなかっただけだ」

「ん?」

「気にするでないといたであろう」

「わかったの」


 ツンデレたよ、こいつ。

 怪物とまで呼ばれた巨人フンババがツンデレとか誰得なのと思うけど、僕は突っ込まないことにした。ツンの矢面に立つなんて嫌だからね。




 シオンはフンババとの会話はもう終わりと認識したのか、辺りの杉の木を眺めている。この辺りの杉は高さが四十メートルもある巨木ばかりなので、物珍しいのかも。そもそもシオンがバビロンに来て最初にやったことは、剣の型の練習なのだ。

 戦うために来訪したのだから無理もないけど、周囲をゆっくり観察するよゆうはなかったのかもね。

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