第22話
「お主、また妙な人の子を連れているな」
「に、にぁ~」
「いまさら猫のふりをするでない、猫の精霊ケット・シー。そもそもお主は、先ほど素で返答していたではないか」
「うっ」
「我は自然神であるが精霊でもある。お主が事情を話すなら同じ精霊の誼で協力せぬでもないぞ」
「精霊の誼ねぇ、先ほどはめっちゃ怒っていたのはどこのどなたですか」
「固いこと言うでない。それにしても中々おもしろい人の子を連れているではないか。あれはおそらくこの世界の者ではないな?」
「そこまでバレているならしかたないか。これは僕の一存ではなくてマルドゥク様と協力して動いているのですけど……」
僕はこれまでの経緯をフンババに話すことにした。
マルドゥク様が人に神器を下賜したことで、調子にのった人族がドワーフ族と連合して魔族に大戦争をしかけたこと。一旦は魔族を滅亡寸前まで追い詰めたけど、大戦果に気をよくした連合は竜族にまで攻撃を仕掛けたので、壊滅的損害を受けたこと。この機に乗じて魔族が反転攻勢をしたので、人や亜人間の勢力範囲が大幅に後退したこと。存亡の危機に陥った人族の王が泣きついてきたので、マルドゥク様は勇者召喚を決断し、勇者として選ばれたのがシオンだということ。
多少はしょったけど、僕は洗いざらいぶちまけた。
久しぶり同胞にあったので積もり積もった不満を、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
……後々面倒ごとが起きるかもしれない、そんなことは知るもんか。
そうだ、僕は絶対悪くない!
「マルドゥクか――そいつは苦労する奴に仕えているの。あやつは決して悪い神ではない。その意味では使えるべき神を間違えていないが、ただあやつは昔からやりすぎるきらいがあるのだ。まあ我は別に困っておらぬし、むしろこの状況に感謝しておるがな」
フンババは僕の苦労など気にせず、カッカッカと高笑いをする。
「……感謝ですか」
「うむ。森を荒らす者共が減ることは良いことだ」
「人を害虫と一緒にしてほしくないんだけど」
「後先考えずに木を切り倒すわ、森を破壊するわ、そのせいで水害などが起きて大地を荒廃させた。害虫と同じ、いやそれより質の悪い連中ではないか」
「そうだけど――そうだけど、それでも彼らは僕達に優しかったんだ」
「お主は愚かなやつだな。だが恩義に報いることを忘れぬ心意気は嫌いではない。そう思うなら心の赴くままに動くがいい。我は助けぬが邪魔もせぬ」
「いいのかよ!」
「構わん!」
「それにお主はあの人の子を信用しておる――それ以上の保証があるものか」
「それも精霊の誼?」
「ふん。エルフ以外にも森を大切にする連中は確かに存在するのだ、認めたくはないがな。そんなことよりお主と一緒にきた人の子は、どこにいったのだ?」
強引な話題の切り替えだけど、本心を聞けたのだから良しとしよう。
僕は気付かないふりをして辺りを見回すと、話題のシオンは一際大きな杉の巨木の前で佇んでいた。
彼女の前には小さな白い器と一本の瓶。
「なにをしているのだろうね」
「……」
フンババはかっと目を見開くと、次の瞬間僕の傍から消えていた。
「人の子よ、その方の前に置いてあるのはなんだ」
「ん-とね、お酒だよ。あっ、『未成年だからお酒を飲むな』と注意しにきたのかな。大丈夫、シオンは法律を破ったりなんかしないの」
「そんなことを聞いているのではない。なぜこの木の前に置いているのかと聞いておるのだ」
「ん-とね、この木が森で一番大きいみたいだからだよ。源さんがね、教えてくれたの。森で一番大きな木には神様が宿るから、もし旅をしているときに見かけたら御神酒を捧げなさいって。バビロンでは知らないけど、日ノ本オンラインでは常識だよ。森の神様はその代わりに体力回復してくれたり、バフかけてくれたりするの」
「……そうか」
フンババはそれだけ口にすると、しばらく黙り込んだ。
声をかけづらい雰囲気なので、体力回復やバフがなにを意味するのかは口にしないでおこう。
ヒュー。
香柏の森に一陣の風が吹く。
森特有の咽るような空気が一時清められた。
そんな風だった。
「人の子よ――」
「シオン、私の名前は人の子じゃなくてシオン!」
「そうか、覚えておこうシオン」
「日ノ本オンラインとは良い世界のようだな」
「うん。日ノ本オンライン面白いし、シオンの住んでいる砺波の郷はよいところなの」
「シオンよ、一つ忠告しておこう。我は森の外については知らぬが、香柏の森の直ぐ近くで魔族共の気配がしておる。森の外に行くのなら、そいつらと出会わない道を教えてやる」
「不要。シオンはその人たちを救うためにバビロンに来たの」
「危険だぞ」
「知ってる」
「ならこれ以上、止めはすまい。この先をまっすぐ進むがよい」
僕達はフンババが指し示す方向に歩き出した。
フンババの姿が米粒くらいにしかみえなくなった頃、彼が急に大声をかけてきた。
「シオンよ! 今度来たときは我のことを、フンババ兄さんでもフンババ兄ぃでもパパでも好き呼ぶがよいぞ」
おい!
どさくさに紛れてなに言ってやがる!!
激しく突っ込んむ僕をシオンは不思議そうに見つめる。
純粋そうな彼女の瞳を見つめていていると、ある疑問が浮かび上がった。
彼女には本当に聞こえなかったのか?
それともスルーしたのか?
至高神マルドゥク様の恩寵を受けた僕にも、真偽を見定めることができなかった。




