第20話
シオンの説明が終わったので、次は僕の番か。
軽く深呼吸して緊張を解きほぐす。地上世界の命運が僕にかかっていると思うと,
胃が痛くなるし逃げ出したくなる。
でも、それはできない。
荒らされる畑。
炎に包まれる村や都市。
魔物によって蹂躙される無辜の民。
女たちは嬲り者にされ、事が済めば殺される。
それが戦乱。
現地でなにが起きているかは不明だけど、諸王国が救済を求めるくらいだ。想像を絶するような困難が待ち受けているかもしれない。
僕はそんな混乱の渦中に、シオンを放り込もうとしていた。無責任極まりない願いを口にしようとしている自分に、反吐を吐きかけたくなる。それでも彼女にこの願いを口にしないという選択肢は僕にはない。日ノ本オンラインで過ごした時間は僅かだけど、シオン以上の人材はそうはいないのだから。か
「……ねぇ、シオン」
「なになに?」
「どうか僕と一緒にこことは違う世界に来てもらえない?」
「ん、いいよ~」
「え?」
「《《だから》》一緒に行ってもいいの」
「いいんかい!」
「友達のお願いは聞いてあげるものなの」
軽い、軽いよ。
胃に穴を開けそうなくらい悩んだのに、シオンの回答は驚くほど軽かった。ことの重要性を理解していないのだろうか――否、違う。彼女の目は笑っていない。口調は軽いけど目は真剣だった。
もしかしてシオンは僕が願いを口にするのを待っていた?
自分が彼女を試していたつもりが、実は自分が試されていたと思うと急に恥ずかしくなってきた。
「で、シオンはどこでどの魔物を斬ればいいの?」
いけない、いけない。
感動のあまり意識が別方向に飛んでしまった。
僕はマルドゥク様から教えられた、地上界の状況と契約内容を説明することにした。
・人、エルフ、ドワーフは魔族の侵攻に晒されている。
・魔族の脅威は年々増している。
・人類側はその脅威に対する抵抗が徐々に難しくなっている。
・シオンには魔族の脅威を打ち払ってほしい。
・契約期間は一年
・契約の延長を望んだ場合、一旦帰還させた上で、再契約を結ぶ。
・報酬として十分な契約金を支払う用意がある。
・他に要求があるのなら応相談可能。
要約するとこんな感じ。
「大変みたいだね。でもケイ君、一つだけ言っておくことがあるの」
「なにかな」
「他国に――この場合は異世界だけど――軍事援助を求めるのは苦し紛れの下策なの」
「でも、僕達の世界は」
「下策なの」
弁解しようとする僕を遮り、シオンは断言する。
「三国志演義という軍記物に下策って書いてあるの。その作品では他国の脅威に晒された王様が、疎遠だけど同じ一族の人に軍事援助を求めたの。その人は他国の脅威を打ち払ってくれたけど、王様はその代償として国を奪われたの」
「……シオンはそんなことしないよね?」
「しないよ~」
「だったら!」
「覚悟の問題なの」
痛い指摘だ。
思わず冷汗が落ちる。
この先シオン以外の人物も召喚するとしたら起こりえるかもしれない。
異世界人に王や神殿の権威など無価値。王族は金や地位や女で手懐けようとするだろう。あるいは何らかの呪いで行動を縛るかもしれない。でも魔物達を退けるほどの存在となった彼らを、誰が止められるというのだろう?
「じゃ、じゃあ、シオンはどうしたらいいと思うの。僕達は強力な人材がどうしても必要で、その人材を用いないという選択肢はないんだよ」
「クエストが終了したら帰還できればいいと思うの」
「クエストは世界の救済だよ。救済されれば即帰還するんだから、シオンが指摘するような問題は起きないと思うけど」
「そうかなぁ。その人が報酬として『帰還されないこと』を望むかもしれないの」
自分ですら信じていない回答でシオンを納得させようとしたけど、あっさり論破されてしまう。
「だからね、ケイ君。クエストの期間を二週間とかレイド戦終了までにして、クエスト終了後は必ず帰還させるの。必要になったらまたクエストを依頼すればいいの」
「なるほどね」
一考の余地はあるかも。
この方式なら召喚者の暴走抑止や再選定も可能。問題があるとしたら、マルドゥク様がこの提案を受け入れるか。『異世界転送は大魔法』とか語っていたし、実現は難しいかもなぁ。
などと考えていたら僕の首輪が輝きだす。
同時に頭の中で声が響き始めた。
『はっはっはっ、面白い提案ではないか!』
「だれなの?」
「もっ、もしかしてマルドゥク様?!」
『余は父エア神と母ダムキナ神の息子にして50の称号持つ神、至高神マルドゥクである』
「いままでのやり取りを見ていたのですか」
『うむ』
「うむ、じゃない!」
この野郎、後で絶対ぶん殴る。
『細かいことを気にするでない。それよりケイ、面白い人材を見つけたではないか』
「まあ、それは否定しないですが」
『日ノ本の少女よ。その方の主張は理解したが本音はどこにあるのだ』
「ん~とね、シオンは学校とかあるから一年間もずっとは付き合えないの」
「学校?」
『ほう、学校とな』
「あとねぇ~ シオンは砺波で色々やらないといけないことがあるの。例えば集落のお爺さんに熊胆を届けたり、砺波連峰八部衆で定期的にグリズリー狩りをしないといけないの」
『熊胆を届けるとな』
「うん、お爺さんはもうお年なの」
世界云々を話題にしているのに、彼女には学業や集落の住民の健康の方が重要らしい。らしいと言えばらしいけど、どこかズレている。
『はっはっはっ、これは面白い』
「お年寄りは大事にしないとダメなの!」
『これはすまぬ、余が悪かった』
「わかればいいの」
『世界の運命より老人の健康を心配する者がいるとはな。日ノ本オンラインは魔物を狩りまくる殺伐とした世界だときいていたが、どうやら余の認識が間違っていたようだ。ケイよ、良き人物を見つけたな』
「……彼女は天然なところがあって」
「天然じゃないの」
『よい、よいぞ。シオンと申したな、その方の条件を受け入れてクエストの期間は二週間かレイド戦終了までとしよう』
「それならいいよ」
『早速であるが、余が管理する世界に飛んでほしい。依頼内容はいままさに魔物の集団から襲われようとしている人物の保護じゃ。神官共が早くしてくれとせっついてきおってな。至高神たる余をなんだと思っておるのか、まったく困ったものよ』
「いいよ~」
「軽いよ、軽いよシオン。《《異世界》》に行くんだよ」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと違うゲームにコンバートしたと思えばいいの」
『宜しい。余とその方――いやシオンの契約は為された』
囲炉裏が光で満たされる。
『さあ行くがよい。日没する国の果ての果て、バビロンへ』




