第17話
源次郎達がバカ騒ぎをしていた頃、桔梗屋の奥座敷で揉めていた者達の商談がようやく終わろうとしていた。
「討伐依頼はこなしたんだから、さっさと換金しやがれってんだ」
「はいはい、左様でございますな」
「俺達はあんたが回した無茶な仕事のせいで、ゴブリン200匹を相手に大立ち回りをする羽目になったんだ」
「そうは申されましてもねえ。貴方様方が受けたのは緊急討伐依頼。まっとうな条件でないのは理解していたのでは?」
「だからって、桔梗屋さんよ。俺達6人だけでゴブリン200匹を相手にするなんざ、討伐依頼とはいえねぇ。こいつは戦争の類じゃねぇか」
「その点は同意しますよ。ええあれは、ちょっとした戦の類。6人程度の武者が受けるような、真っ当な仕事とは言えませんな」
「だったら!」
「ですが、それが国府が発行する緊急討伐依頼。桔梗屋に張り出していたのは認めますが、貴方方が御紹介した案件ではございません。それに苦情を申されるのは御門違いというもの。違いますか?」
「……ぐぬぬ」
「そもそもこの桔梗屋が請人となってご紹介した仕事を、貴方方は二度までもしくじらました。おかげで桔梗屋の評判に傷が付く始末。それでも暖簾を潜ることだけは許してたのです。当家としては感謝こそされ、文句を言われる覚えはありません」
正論で返されて男達は言葉に詰まる。
その数、恐らく6人。
恐らくなのは僕はこのやり取りを見ているのはなく、聞いているだけだから。
それも猫だから聞こえるという程度。
双方ともに他者に聞かれたくないのか、防音性の高い部屋で話している。
まあ、僕には無駄だけどね。
「緊急討伐依頼はアンタが扱う案件ではないくらい理解しているさ。だが店に張り出している以上、まったく無関係だとはいわせねぇ」
ため息をつくと、桔梗屋はようやく話を聞く気になった。
後で知ったけど口入屋では客の力量に応じて紹介する案件と、力量を一切考慮しない案件が存在する。前者は比較的安全性が高いまとも仕事だが、後者は安全性度外視の地雷案件。緊急討伐依頼はどれも地雷案件なので、どの店も決して紹介しない。ただし依頼主が国府なので、店に貼らざるを得ないだけなのだ。
桔梗屋も同様の対応をしていた。
このような依頼を受ける人間は、金に困った屑共か、危険を弄ぶ馬鹿共だけ。
とは言え店に貼っている以上、後始末の世話をしろというのはある意味正論。桔梗屋としては不本意であるが、男達の主張に耳を傾けるしかなかった。
「……仕方ありませんなぁ。で、なにを要求したいのですか?」
「報酬の増額だ」
「国府に報酬で訴えるのは御法度なのはご存知ですのはず――正気ですか?」
「わかっちゃいる、わかっちゃいるが――俺達はあそこの集落にとって救世主みたいなものだが、その報酬が一人当たり500文とは割りが合わねぇ。500文なんざ職人共が貰う給金10日分じゃねぇか!」
「仰ることはこの桔梗屋にも理解できます。たしかに安いとは思いますが、では御幾らなら納得されるのです?」
「3貫文」
「……3貫文」
「難しいのはわかる。だが武具の手入れもしなけれいけねぇんだ」
「だとしても要求される追加報酬がおひとり様、3貫文は如何なものでしょう。3貫文は米三石に相当します。これだけあれば雑穀の混じらぬお米を、一カ月は食べ続けられます。そのような贅沢、この桔梗屋でもしておりませんな」
「……俺達が受けた依頼は国府の後詰だったんだ。だが集落に駆けつけてみれば、国府の連中はどこにも居やがらねぇ。おかげでゴブリン200匹相手に孤軍奮闘する羽目になった」
「よくお逃げになりませんでしたな」
「集落の連中は皆殺しだろうが。逃げれる筈がない」
「たしかに」
「俺達は集落が壊滅するのを防いだんだ。この活躍がなけりゃ、あそこの田畑は踏み荒らされ、数年は一粒の米も収穫できなくなっただろうさ。おっと勘違いしてほしくないが、国府の連中の不手際を桔梗屋さんのせいだと言ってんじゃなぁ。だがそれはそれとして、集落の壊滅を防いだ俺達の功は、報酬増額に値するんじゃねぇか?」
「……まあ、一理はありますな。わかりました、この桔梗屋も鬼ではありません。国府への陳情云々は別として、当家として増額分をお支払いしたしましょう」
「わかってくれたか。いやー、桔梗屋さんなら分かってくれると思ってたぜ」
「いままでの迷惑料込みで、皆さま合わせて3貫文でどうでしょう」
「ふざけんな!」
頭に血が上って男達がアイテムボックスから、討伐の証拠であるゴブリンの耳を部屋に中にぶちまけた。
青々とした新品の畳が真っ赤に染まり、血と死臭の匂いが室内に充満する。
「いけませんなぁ。店内でそのような無法をされては」
してやったりという顔をしていた連中だったが、不逞な態度はすぐに崩れ去った。背後にいきなり現れた巨漢の仁王達が連中を押さえつけると、問答無用で殴り始める。
「助けてくれー」とか「わるかったー」とか悲鳴をあげたけど、源次郎達が大騒ぎを始めていたので、その声はかき消された。猫である僕だから聞こえただけで、人に聞き取れるはずがない。
話しを聞く限り哀れだと思うけど、部外者の僕が口を出すことではないので黙っていよう。
5,6分経過しただろうか。
奥でボコられていた連中が声すら上げなくなってきた。
流石に僕の良心が痛む。
どうしたらいいのかとシオンの顔を何度も見直していると、いままでバカ騒ぎしていた源次郎が手代に向かって声をかけた。
「……桔梗屋の。ワシらをいつまで待たせるのだ」
「申し訳ありませんが、商談がこじれておりますので。今しばらくお待ちください。」
「そいつはいつさな」
「あと少し、あと少しでございます」
「そうか。ワシらも待つのに疲れたので外で酒でも飲み直すとするさ。皆の衆もどうだ、ワシのおごりで付き合わないか?」
「「「そいつはいいですな!」」」
「シオンはいかないよ」
「なんじゃ。嬢ちゃんはワシの酒が飲めんのか?」
「……シオン、未成年なの」
「ゲームの中まで未成年を主張せんでもよかろうに。まあ、致し方あるまい」
「またね、源おじいちゃん」
このやり取りが桔梗屋側に動揺を誘う。
手代が奥に走りると事情を知った番頭が大慌てで現れた。
「おっ、お待ちください!」
「なんじゃ」
「わたくしは桔梗屋で番頭を務める菊助でございます。源次郎様方をお待たせしてもうしわけありませんが、あと少し、あと少しお待ちいただけないでしょうか」
「ワシらはこれから酒を飲みに行くのさ。待たせるだけならまだしも、お主はわしらの酒にまでケチをつけるのか」
「そっ、そのようなことはありませんが」
「なにさ、そこの嬢ちゃんは待つと申しておる。客が誰もいなくなるでもあるまし、問題はあるまい?」
「うん、シオンは残るよ~」
「左様でございますが――」
菊助は喉の奥にものが詰まったような物言い。それこそが問題なのだがと口にしたいけど、口にできないジレンマ。額に浮かんでいた汗は、いまでは滝にように流れている。
僕にはわかる。
源次郎達がバカ騒ぎをしていたことでかき消されていた悲鳴が、まもなく聞こえるだろうということを。
そしてその声を聴いたとき、シオンは絶対に彼らを見捨てないということを。
彼女がどのような行動をとってきたかは、菊助の態度が雄弁に物語っている。
菊助は知っているのだ。
恐れているのだ。
「おぬしらの事情などワシは知らん。いくぞ、皆の衆!」
源次郎達を呆然と見送った菊助だったけど、気を取り戻すと奥へと走り出す。
連中の悲鳴を彼女に――あの銀髪のシオンに絶対に聞かれてはいけない。
もし聞かれたらなど菊助は想像もしたくなかった。
武者と口入屋の関係は冒険者ギルドとは違う。
利害によって成り立つ関係は、ときに協力し合い、ときに騙し合い、ときに牽制し合う。両者の共存を脅かす者は制裁されてしかるべきだが、やりすぎまでは認められない。
僕はこの微妙な関係を垣間見た気がした。
肝心のシオンはなにが起きていたのか、気が付いていないみたいだけど。
でも、彼女はこのままでいいと思う。




