第16話
口入屋の前では丁稚たちが、竹箒で掃き、軽く水を撒いていた。口入屋、口入屋といってきたけど、店の看板に桔梗屋と書いてある。シオンは桔梗屋の名を教えてくれなかったけど、これはあれだね。冒険者の宿にも「黄金の翼」とか「ウルの蒼き稲妻」みたいな名前があるのに、だれもその名で呼ばれないのと同じ現象。
丁稚の一人がシオンに気付くと、丁寧に挨拶をしてきた。
「お帰りなさいませ、シオンさま」
「シオンでいいよ~」
「いけません、わたしが手代に叱られます」
「むう~」
「ささ、店にお上がりくださいませ」
暖簾をくぐると、十数名の男達が店員と話し込んでいた。厳つい顔した筋肉マッチョな風体から冒険者なのが見て取れた。店員待ちの冒険者も結構いることから、桔梗屋の商売は繁盛しているらしい。
『冒険者じゃなくて武者だよ~』
冒険者の単語が気になったのが、シオンが訂正する。
丁度良かった、以前から武者という存在がどのようなものか気になっていたのだ。
『なにが違うの?』
『日銭のために人里を襲う鬼や魔物と戦ったり、都や国府の要請に答えて魔物の軍隊と戦う人たちだよ~』
『それって、冒険者だよね』
『えーとね。中世ファンタジーの冒険者と違って、武者は自分達の組織――冒険者ギルドを持たないの』
『それって凄く不利じゃない?』
『そんなことないよ。有力プレイヤーたちが中心になって、『衆』とよばれている独自の集団を創っているの。例えば、丹波の国なら丹波衆、近江の国なら近江衆みたいな』
『でもさ、ギルドみたいな組織がないなら、どんなふうに結束しているのさ』
僕の疑問に対してシオンは待ってましたと言わんばかりの表情で、桔梗屋の壁に貼ってある一枚の紙を指さす。ゴワゴワしたあまり上等とは言えない紙には、武者たちの名前が放射状に署名してあり、血判まで押されていた。
『あの紙は傘連判状といってね、連帯を誓った武者たちが署名しているの。放射状で署名しているのは、誰が上でも誰が下でもないからだよ』
傘連判状は衆が活動拠点としている口入屋に貼っているだってさ。口入屋は出入りする武者たちを把握できるし、武者たちはどこの衆の縄張りなのか把握できるメリットがあるらしい。
『……横の繋がりを重視しているから、ギルドみたいな上下の組織はいらないんだね』
『上に立ちたがる人もいるけど、ゲームの中まで指示されたい人は少ないの。他の理由だと、狩りゲーや生産職をしたいプレイヤーは多いけど、組織運営したプレイヤーは少ないからかな。シオンたちの代わりに口入屋さんが国府とか集落の討伐依頼をまとめてくれるので、狩りゲーに専念できて助かっているの』
いままでの説明を聞くと口入屋は武者たちの寄合所におもえるけど、口入屋の本業は町人や集落の住民への仕事の斡旋なのだ。意外だよね。針子や笠張などの仕事を紹介したり、保証人となって仲介料を得たりと多岐にわたるとか。
口入屋は商売柄仕事の斡旋などであちこちに顔が利く。
武者たちはこの点に目をつけたらしい。
荒くれ者に出入りされるのは迷惑かもしれないけど、金になると踏んで協力してるんだろうな。
商魂たくましいよ、まったく。
武者相手に討伐や素材採取などを紹介するのはあくまで副業だけど、その比重は店によって違うらしく、桔梗屋は武者相手の商売に重きを置いているんだってさ。どっちにしても冒険者だけを相手に商売する冒険者ギルドとは、随分違う組織のようだね。
あらためて店内を見渡すと、風呂敷を手にした女性達の存在に気付いた。
ほんとうに武者以外の客がいたんだね。
彼女の身なりから依頼する側ではなく、依頼された側なのがわかる。手にしているのは納める品だろうな。地元住民の生活に直結しているという意味では、口入屋は冒険者ギルド以上に重宝される存在かもしれない。
『口入屋の便利さはわかったけど、僕はやっぱり冒険者ギルドがあった方がいいよ思うよ。魔物を討伐して得た素材を一括購入してくれるし、なにより自分達を代表する組織があったほうが良いと思うんだ。第一、冒険者じゃなかった――武者達が直接商人と交渉するのは面倒じゃない?」
『そうだけど。代わりにその素材をだれに販売するのか、だれに渡すのかをシオン達が自由に選択できるんだよ~ ケイ君の言う通り面倒なところがあるけど、『選択の自由はなにより大切だ』って、アレクが教えてくれたの』
武者とは冒険者以上に己の腕を頼みとして自主独立・独立独歩を貫く存在なのだろうか。己の力を頼みにするという点では騎士に似ているけど、騎士は契約という呪縛によって忠誠を誓わされている。
一方武者は己の武芸のみを頼みとして、浮世を生きている。
僕には異質な存在に思えてならない。
自主独立・独立独歩という価値を重視するという意味では、自由つながりで「選択の自由」とかいう価値観と親和性が良いのかもしれないね。もっとも肝心の「選択の自由」がなにを意味するのか不明なので、かもしれないという程度だけど。
シオンは理解していない話しぶりだったので、彼女に聞いても無駄だろうね。
アレクとかいう人物と会う機会があったら、彼から直に聞けばいいや。
「シオンさま、さっそく手代を呼んできますので」
「順番はちゃんと守らないとダメだよ~」
「ですが――」
丁稚は渋ったけどシオンが聞く耳をもたないので、諦めてこの場を後にする。
「わかっているじゃないか、嬢ちゃん。順番は守らないとな」
「そうだね~」
彼女の発言に好感を持ったのか、待合室で暇そうにしていた武者たちが話しかけてきた。
「俺達も待たされて暇で暇で仕方なかったところだ。折角の機会だ、酌でもしてくれんか」
「いいよ~」
「いいのか?!」
揶揄するつもりで声をかけた男達だったが、意外な返答に素の声をあげる。
「気にすることないの。同じ武者なんだから~」
「そっ、そうだな。俺たちゃ、おなじ武者だよな。なぁ、みんな!」
「おっ、おう」
大方拒否されたら、難癖つけて絡むつもりだったのだろう。
当てが外れた厳つい筋肉達磨たちは、借りてきた猫みたいにきょとんとしている。
嫌だ、嫌だ。
これだから男という生き物は。
「まっ、真昼間から飲むのも悪くないな」
「ダメ元でも声をかけるものだな」
「馬鹿野郎、最初に酌をされるのは俺だ!」
「いや、俺だ!」
「俺様に決まっているぜ!!」
殴り合いが始まりそうになったところで、シオンが男達に湯呑を渡すと、その湯呑に暖かい液体を注いでいく。
「はい、麦湯だよ~」
「麦湯かよ!」
「取りに行くのが面倒だったんじゃないの?」
「……まあまあ、いいじゃないか」
「なにがだよ! 俺は酒を酌してくれと言ったんだぜ。それを馬鹿にしやがって!!」
「おいおい、あの白銀が麦湯を振舞ってくれたんだぜ。有難がっても文句をつける筋合いはないと思わないか」
男達の感情がいまにも沸騰しそうになったところで、50~60歳くらいの老剣客が軽くたしなめた。老剣客は男達から一目置かれているようで、その言葉を疑う者はいなかった。
「「「この小娘があの『白銀のシオン』だと?!」」」
ザワザワ。
厳つい男達がどよめく。
小娘と思って舐めていた目が、恐れとか畏敬とかに変わる。
日ノ本オンラインでも、多数のグリズリーを相手に単身で戦う戦闘狂は稀らしい。
僕の認識が暈けてなくてよかったと、変な安心をしてしまう。
「あのかはしらないけど、シオンはシオンだよ~」
「「「すっ、すんませんでした」」」
「熱いから火傷しないように飲んでね~」
あとで知ったけど『麦湯を振舞う』という行為は、自分が相手よりも格下だと認める意味があるらしい。
桔梗屋では出入りする客のために無料で麦湯を提供しているのだけど、二杯目以降はセルフサービス。これを面倒くさがって誰かが席を立つと、「俺も、俺も」と要求する奴らが多いのだけど、自分よりも格が上の者にはそれが言いにくいのが理由だとか。
理由は兎も角、格上と認識されているシオンが『麦湯を振舞う』ことで、男達の自尊心をくすぐられたのか、少し大人しくなったみたいだ。
「若い衆が面倒かけて悪かった、嬢ちゃん」
「嬢ちゃんじゃないの。シオンなの」
「そいつは悪かった、嬢ちゃん」
「源さん、名前でよんで。そうじゃないと源おじいちゃんと呼ぶの」
「そいつはいいな! 嬢ちゃんから『源おじいちゃん』とか呼ばれたと知られたらら、町中の男衆から嫉妬とか羨望の視線を浴びるな」
「む~」
シオンを手玉に取るおっさんの名前は、坂口源次郎。
年齢は50~60歳くらいの老剣客。
枯れ木を思わせる痩せた体型と、顔には刻まれた深い皺が印象的な老人だった。
手にする太刀を杖代わりにしているけど、それは老いて体力が落ちたから杖にしているのではない。源次郎の業物が人の丈ほどもあるので、単に邪魔なのだ。
風体に似合わない得物だけどこのくらい自在に操れると、隙のない源次郎の背中が物言わず語っている。
「ところで今日はなんで混んでいるの?」
「なにさ、戦紛いの討伐依頼をこなしてきた若い衆がいてな。そいつらが色々ごねてるので長引いているのさ」
「でもでも、そんなことしても意味ないの」
「そうでもないさ。意味がないということをするのも、また人生経験。違うかい、皆の衆?」
「「「……」」」
「納得してるならいいけど―」
「たまにはこういう馬鹿がいなけりゃ、ワシらは桔梗屋に舐められる。これまた重要な処世術なのさ。わかったかい、嬢ちゃん」
「わかったの、源おじいちゃん」
「いいねえ。お前らワシにも孫ができるとはな! こいつは祝い酒だ。お前ら、ワシに『麦湯を振舞え』」
「「「おうさ」」」」
「む~」
針子や笠張の仕事を探しに来ていた町人たちは、一人二人と逃げるように店をでていく。源次郎達は桔梗屋の迷惑を無視して、バカ騒ぎを大きくしていった。




