第15話
砺波の町は集落の外れに存在していた。
外れといっても河川に面しているので、流通に適している。外れといったのは集落からみて下流に位置するという意味で。だとしても僕の知る町の形とは違う。
農村であっても中心部には行政機関とか教会みたいな重要施設が設置されるけど、ここでは散居が集落の中心なのだ。僕がいた世界では見ない都市形態だけど、世界が異なればそういうこともあるのだろう。
疑問は色々あるけど、それをシオンに聞く前に町の入り口にきていた。
町の周囲は――河川に面していない三方を空堀で防御している。空堀の深さは3メートル程度だけど、堀底を鋭角にしているので寄せ手は自由に動けない造り。仮に空堀を越えても、その先には竹を組み合わせた柵がある。簡素にみえるけど悪くない防御施設だな。
城壁を煉瓦にしないのは多分コストとかの問題だろうけど、水堀にしないのはなぜなんだろう?
思い当たる節がある。
散村の人達が育てていたのは稲なのだ。
稲作は大量の水を必要とする農法なので、水争いが起きやすい。
砺波連峰八部衆の麓に位置する砺波は、そこから流れる水量豊かな川によってこの手の問題が起きにくいだろうけど、それはあくまで起きにくいというだけ。水が貴重な資源であることに変わりなく、乾季とかでいつ水不足が起きるなんて誰にもわからないのだ。このような環境下で、堀を水で満たすなんて贅沢はトラブルの元。
町の住民と散村の住民は、微妙な力関係の下で共存しているかもね。
町の位置然り、空堀然り。
シオンが散村の人達に見せた気遣いも、単に彼女が人が良いというだけではないかも。シオンは理由を語らないけど、思っていた以上に内面は大人なのかもしれないね。
空堀にかけられた橋を通り、町の入り口をくぐろうとしたら、2体の人形が僕達を一瞥した。動くと予想しなかったので正直驚いた。どうやら門番の役割を果たしているようだけど、身分証の開示や通行料は求められない。通常運転なのかザル警備なのか判断に苦しむ。
それはそれとして、4~5メートルはある筋骨隆々の巨像から見下ろされると、かなりの迫力がある。
随分余裕があるじゃない?
襲われないとわかれば、そりゃ観光気分になるよ。
「あれは仁王像だよ~」
『魔力を感じなかったから置物かと思ったけど、ちゃんと動くんだね』
とっさに念話に切り替えて返答する。
直接会話できないのが不満みたいでシオンは膨れ顔をするけど、我慢してもらうしかない。
『どこに人の目があるかわからないから諦めて』
『えー』
『えー、じゃないよ。代わりに抱き上げられるのを認めてあげるから、ね?』
『それ、ケイ君がされたいだけなの』
『そっ、そんなことないよ』
『でも、良い提案なの~』
待ってましたと言わんばかりにシオンから抱き上げられて、足とか頬とかモフられた。僕の表情が緩んでしまう。これではどちらのご褒美かわからないけど、気にしないことにしよう。
『あの仁王像は法師の人が三日三晩寝ずにがんばって法力を込めた力作なの。入門チェックとしてなかったけど、それはシオンのことをこの街の住人だと認識しているからなの。仕事してないようにみえるけど、知らない人がきたらちゃんと止めるよ~』
中々に高性能な人形のようだ。
『一度手合わせしたことあるけど、かなり強かったの」
『戦ったんかい!』
どちらが勝ったのかはあえて聞くまい。
シオンは聞いて欲しそうにうずうずしているけど、気付かないふりをする。
門をくぐって目にした砺波の町は、碁盤の目のように道は整備された構造だった。四方に櫓が設置されているけど、半鐘が設置されていることから、単純な防御施設というより火事に備えた施設も兼ねているのかも。
道は綺麗に整地されているけど、石畳みで舗装されていない。これでは砂埃とか上がるけど、誰かが掃除しているのか意外に綺麗だ。シオンに指摘すると、式神達が掃除していると教えてくれた。
式神とは陰陽師が使役する鬼神なんだってさ。
召喚獣に近い存在?
シオンの説明によると、ちと違うらしい。
召喚術は異なる場所から契約する対象を呼び出し使役する魔術だけど、陰陽師は占星術に基づいた呪術らしい。占星術と召喚術にどのような関係性があるのか興味があるけど、詳しい事情はシオンもさっぱりだってさ。
不思議だけど異世界ならばそういうものかも。
重要なのは式神が町の掃除をしているってこと。
この手の召喚は面倒な手順を踏み、使い魔として契約しなければいけない。しかも契約できるのは大抵一人に対して一体だけなので、都市の清掃みたいな雑事をさせるには不向きなのだ。自宅の家事くらいなら問題ないだろうけど――使い魔にもプライドがあるので、無理にやらせようとしたら拒否されるのがオチ。召喚者と使い魔の関係は、両者の信頼とか力の差に左右されるのだ。甲斐甲斐しく世話を焼いているうち、極稀に恋愛関係に発展するケースもあるらしい。
都市の清掃なんて無茶をするのには、多数の使い魔を使役できる大魔法使いとか魔術学園ぐらいなはずだけど、砺波では日常なのだ。凄腕の陰陽師達がいるのだろう。町の規模にそぐわない贅沢といえば、筋骨隆々の人形は気になる。
製作者の趣味かなぁ。
えっ、神様を模した像なの?
危ない危ない。
神様はどこで聞き耳を立てているか分からないのだ。
誤解されかねない単語を口にするとこだった。
『仁王像からは魔力を感じなかったけど、それでも動くんだね』
『……ケイ君。前から指摘しようと思っていたけど、日ノ本には魔術とか魔力を使える人はいないよ』
『えっ、でも仁王像は動かせるんだよね?』
『さっきも言ったけど、あれは法師とか陰陽師の人達の技術で魔力は関係ないの。大魔術師を自称する人もいるけど、その手の人たちも実は法師とか陰陽師。日ノ本だけじゃなくて中華エリアや天竺エリアにひろげても、魔術についての書き込みをみたことないの』
『でも僕は魔術を使えるけど……』
『シオンは魔力を感じないから断定できないけど、多分どのエリアにも魔力の元になるものが存在しないんじゃないかな? ケイ君が魔術を使えるのはケイ君自身の特性と、なにか特別な道具を触媒にしていると思うの」
『触媒?』
思い当たるふしがある。
ふさふさの毛で隠しているけど僕の首には瑠璃色の首輪がついている――正確にはマルドゥク様に付けられたというべきだけど。そういえば言ってたなぁ。「『日出ずる国 日ノ本オンライン』にマナが存在せずとも、神器が触媒となることで魔術を行使できよう」と。
流して聞いていたから忘れていたよ。
マルドゥク様、ちゃんと仕事してるじゃん。
偉い。
心の中で褒めてあげよう。
『その表情だと、思い当たることがあるみたいだね』
『問題ばかり引き起こす僕の依頼主が良い仕事をしてくれたよ』
『良い人で良かったね』
人じゃなくて神様なんだけど突っ込まないでおこう。
僕達はすれ違う冒険者や荷車の脇を抜けながら、シオンの目的地である口入屋の前まで来た。




