第14話
山での旅を終えた僕達は、稲穂が頭を垂れる田と田の間にある農道を歩いていた。
稲刈りをしているのか、かなりの数の人達が田に出ているのが見える。あの数なら親類縁者総出だろうな。
稲刈りは長時間にわたって腰を屈める作業で、体に相当の負荷をかけるはずなのに、働く人たちの表情はどれも明るかった。
「シオンさんは相変わらず可愛いね」
「ありがとう~」
シオンの姿を気付いた農民達は、手を止めて次々声をかけてきた。
「どうだね、うちの倅の嫁に来ないかね」
「こいつ抜け駆けしやがって。おらの嫁っこにどうだね」
「わしのところなら牛を五頭――いや十頭送るんじゃが」
「みんな、ごめんね♡」
「「「やっぱ駄目か!」」」
「あんたら、シオンさんを困らせるでね」
「いいじゃねぇか、声をかけるくらい」
人気者なのはわかるけど、ここぞとばかりに求婚してくる輩はどうなんだろう。
「……山狩りの成果はどうだったね」
一人だけ口を開かなかった老人が思い詰めた表情で問いかけてきた。
みんなが本当に聞きたかったのはこれなんだろう。
事情を知らない僕とシオン以外の表情から、一斉に笑顔が消える。幼い子供は泣きだし、女たちは男の後ろに隠れる。男は男で無力感に打ちひしがれているのか、俯いて拳を震わせた。
シオンはその問いに親指立てて答える。
「ほっ、本当か?! 村を襲ったグリズリーは相当の数がいたはずじゃが――」
「本当だよ~ 山々にいたグリズリーは粗方倒してきたから、今年は郷に下りてこないんじゃないかな?」
半信半疑な村人を安心させるため、リュックの中からグリズリーから切り出した肝を並べていく。
そいつが十数。
「「「「やったー!!!」」」
「ありがとう、ありがとう」
「華奢な娘子なのに、とんでもない腕ぷしだの」
「やっぱりの倅の嫁に来ないかね」
「いやいや、是非おらの嫁っこに」
シオンの手に血がつくほど胆熊は新鮮で、先ほど処理したみたいだ。謎の技術で防腐処理していたのもしれないけどねぇ。でも驚いたのは僕だけで、村人は誰も指摘しない。
うーん。
子供達も疑問を口をしないようだから、日ノ本では一般的な技術かもしれない。
日ノ本オンライン恐るべし。
「熊胆は調の対象だから税として納めるけど、シオンが自由にできる分からわけてあげるの。薬として使うなり、売って村の受けた被害の補償にでも使って、ね?」
「ありがたいですが――」
「それに爺様はもういい歳。良い薬は必要なの」
「人を爺呼ばわりするでね。ワシはもう10年は生きるわ!」
シオンの視線の先には、先ほど山狩りの結果を聞いてきた老人がいた。
70歳ほどの爺さんは年齢の割にしゃんとしているように見えるが、村人には思い至るところがあるのだろう。シオンの指摘以降、この申し出を断る声は聞こえなくなった。
この老人は口は悪そうだが、案外人望のある長老的人物なのかもしれない。
「それに熊胆は持ってると匂いがつくし。ね、お願い」
上手い。
単なる同情とかではなくて自分のメリットを強調する手際。このように切り出されては断る道理はない。シオンはノリが軽いので、少し頭が緩い子なのかと思っていたけど、この認識は改めたほうがいいらしい。
「すまんのう。熊胆の御返しにはならないが、今日は祝宴を開かせてくれないかの?」
「ごめんね。口入屋さんに成果を報告したら、ケイ君を家に案内しないといけないの」
「ケイ君?」
「これから一緒に住む同居人だよ」
展開の速さについていけない僕を無視して、シオンを僕を持ち上げて村人たちに紹介する。『同居人』の単語に嫉妬で顔を真っ赤にした男性達がいたけど、猫の僕をみて納得の笑みを浮かべた。
「新しい同居人は大事にしないとな。なあ、皆の衆?」
「しかたねぇか」
「まあ、猫に嫉妬してもな」
……わかっていたよ、猫相手に嫉妬なんてしないことくらいさ。
田園風景を後にした僕達は町に向けて歩いていた。
「ケイ君、機嫌直しなよ~」
「……《《べつ》》に。僕、拗ねてないし」
「そうかな~」
「そうだよ」
シオンの肩に乗っかている僕は傍から見たら拗ねているかもしれないけど、断じてそれはない。単に疲れているのだ。頬ずりして誤魔化そうとしても無駄なんだから―むだ―いえ、むだじゃないです。
「あーでも言わないと納得してくれなくて、ね」
「わかったよ。僕の役目は虫除けなんだね」
「信頼しているよ、ケイ君」
「はいはい」
僕はいつ終わるか見通しのない旅の最中だけど、それでもマイホームは必要なのだ。どうせなら同居人は野郎ではなくシオンのような女性の方が好ましいし、今回はそれがたまたまシオンであり、たまたま彼女が美少女だっただけのこと。
このめぐり合わせは大事にしないとね。
いつまでも不貞腐れているのは格好悪いので、話題をかえるために気になっていたことを聞いてみる。
なお、シオンの肩から下りる気ないよ。
せっかくだから甘えてやるんだ。
「ところでさ、僕達がこれから向かう砺波の郷はまだ先なの?」
「? 砺波の郷はここだよ」
「えっ」
「ああ、わかった。田んぼで働いていた人たちは、柵で囲われた集落に住んでいると思ったんだね」
「違うの?」
「違うよ~」
シオンによると、これから向かう町に農民の家々はないらしい。
農民たちは水田の中に家を建て住んでいて、それが広範囲に点在しているのだそうだ。この形態を散居というらしく、その意味では僕達は集落の中を歩いていることになる。
「水田の近くに住むから水田の水狩りや収穫の効率性が上がるだって。あと家の周囲をカイニョと呼ばれる屋敷林で覆っているから、雨風や吹雪にも耐えられるんだよ~」
「僕はこういう集落形態見たことないなぁ」
「だよね~」
「シオンもないんかい!」
「シオンの住んでいるところでは見たことないよ~」
「集落を柵で覆わないということは、この辺はもしかして平和?」
「あっ」
平和の単語にシオンが慌てただした。
いつもはのほほんとしているシオンが慌てている姿は、正直微笑ましい。
無理もないか。
冒険者にとって平和やのどかは鬼門なのだ。理想は拠点となる都市の近くに、ほどほどに危険で稼げる場所があること。内も外も安全では商売あがったりなのだ。
砺波の郷について、あとで僕なりに調べてみた。
この郷は越国の中部に位置していて、砺波平野のど真ん中にあるという立地と、一年を通して枯れることのない水を湛える河川という好条件にめぐまれている。しかも民は好条件に甘えることなく良い働くらしい。
おかげで実りは多く、飢えて死ぬものはいないとか。
でもだ。
豊かさに不釣り合いなくらいに砺波が平和なのは、北には広大な海があり、南には険しい砺波連峰八部衆があるため南北からの侵入は困難なのと、越国の地形が大きく影響しているようだ。
越国は東西に細長く伸びた国で、その長さは日ノ本一。
この特徴な土地柄ゆえに迅速な人の移動が困難で、侵略側も防衛側も手を焼く地形だけど、砺波にとっては幸いようだ。侵略者が国境を突破しても、越国の中部に位置するため防衛側の軍勢が間に合う位置に砺波の郷は存在するんだってさ。
柵の内側に集落を造る必要がないのは他国の侵入や賊の心配がないのと、多分この集落が国が造られた後にできたからじゃないかな。
まあ、勝手な推測だけど。
平和な集落にグリズリーが襲いかかったという事実は、砺波の実情とは辻褄があわない。僕が知らない事情があるのだろうけど、それこそがシオンがここに滞在する理由なんだ思う。




