第13話
山を下り初めてから一週間。
僕達は最後の山を下ろうとしていた。
ここまでくるのにいくつの山と谷を越えたのだろうか。思い出せないし、思い出したくもない。
魔物の群れと戦っていないのに、もう無理! と何度も挫けそうになったことか。
「ゆっくりきたけど、たまにはこんな旅も良いよね♡」
「ゆっくりじゃないから! ほんと死ぬかと思ったから」
「ひどいなぁ、シオンはけっこう気を使ったんだよ。本気なら二日の距離なの」
あれを二日?
初日こそシオンはゆっくり歩いていたよ。でも翌日からは僕に合わせるのが面倒になったのか、結構容赦のない行軍だった気がする。人と猫では歩幅が違うとか、そういうことじゃないんだ。
例えばそれは、二日目のこと。
僕達は山登りを初めて最初の谷の前まできた。
「凄く深そうだね」
「えー、そんなことないの」
「だって足場もほとんどないよ。猫の僕は兎も角、シオンがここを下りていくのは危険すぎる。ここは無理をしないで別の道を探したほうがいい」
「大丈夫、大丈夫。あれを見て」
シオンが指さす先には、絶壁のような崖を慎重に下っていく一匹の鹿がいた。
「ケイ君、昔の偉い人は言いました。『鹿が通えるならば、人も通えよう』と」
「誰だよ、そんな無茶なこと言った奴!」
「大丈夫、大丈夫。僕達はそこまで無茶はしないよ。その昔の偉い人は騎兵70騎と共に駆け下りるなんて無茶したけど、僕達は騎乗する必要ないの。大丈夫、楽勝♪ 楽勝♪」
「……ほんとう?」
シオンは腰の手をあてて、えへんを胸を反る。
ちなみに胸は揺れない。
無い袖は振れないのだ。
言葉に困る僕をシオンは嬉しそうに見つめる。
悪戯を思いついた悪ガキのような表情だけど、シオンがやると不思議と憎たらしくない。
仕方ないなぁ、分かったよ、やるよ。
僕はほんとシオンに甘いらしい。
「あの場所は有名なショーカットできる道なの。ケイ君はシオンの真似をして後からついてくればいいよ~」
「ショーカット?」
僕が問いをなげる間もなく、シオンは谷底へ向かって飛び降りた!
「……えっ」
呆気にとられる僕。
シオンはロープかなにかを木や壁に投げて、落下速度や方向を調整しながら、簡単そうに降りていく。
「こんな感じでいけるよ~」
シオンはあっという間に谷底まで降りると、満面の笑みを浮かべながら無邪気に手を振ってくる。あの笑みは男を――いや生き物を狂わせる。どんな困難も可能と錯覚させて、力と勇気を奮い立たせてしまうんだ。
僕みたいにね。
「ええーい、ままよ!」
ほんと、死ぬかと思ったよ。
思い返せば人里へ下りる前、兎と鴉と狼達に散々小言いわれたなぁ。
「いいかウサ。決してシオンに迷惑をかけるなウサ」
「這いつくばっても付いていくカラス」
「あとシオンに変なことでもしたら、喰ってやるオオカミ」
こんな感じで警告されたけど、あれはこういう意味なのね。
シオンと二人? きりで旅をするのが不愉快だったのかと誤解していたけど、本気の警告だったとは。
今度会った謝っておこう。
色々あったけど僕達は砺波の郷まで、もう間もなくの距離まで来ていた。




