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持たざる者からの宣告  作者: 大悪紅蓮菩薩
17/27

見定める者-5


あれからどれほどの時間がたったのか。それとも刹那の間しか時は過ぎていないのか。

それまで意識を失っていたアノスにはわからない。

分かるのは彼が目を覚ました場所が、屋敷の屋根の上でも、オゼリィの倉庫でもない巨大な一室であること。

そして窓から差し込む日の赤さから、今が日没の時分であるということだけだった。


「ここはいったい。私は殺されたのではなかったのか」


 ハダルは賊、すなわちアノスの抹殺を命じられたと言っていた。

結果アノスは敗北し、ハダルが勝利を収めた。

ならば今こうして彼が目を覚ましている状況はどういうことなのか。


「記憶が曖昧だ。あの後なにがあった?」


 ハダルによって意識を奪われた後にもかすかに残る記憶があった。

暗い海の中で、なにかに向けて声を上げた記憶。

しかし、霞みがかったように思い出せない。

アノスは腑に落ちないものを感じながらも寝かされているベッドから起き上がろうと身を起こした。


「なんだ?」


 起き上がる際に手首から感じたかすかな痛み。

見ると両腕の手首がなにかに押さえつけられていたかのように赤くなっていた。


「手錠がかけられてたんだよ。念のためだってハダルがしつこくてね」


 突如背後から響いてきた声にアノスは刀を取り出し臨戦態勢をとる。

しかし形成した刀を手にした途端、その重さを支えきれず彼は床に倒れ伏した。


「君には、声をかける人に刀を向けなければならないルールでもあるのかい? 

人生そんな気を張ってばっかりじゃ疲れちゃうよ?」


 いつからそこにいたのか。

無様に倒れるアノスを笑いながら助け起こすのは、彼を二層に呼びつけた張本人、エイカー・ヴォゲッドだった。

約束の場所に現れなかったことを詫びる様子もなく、啞然とするアノスを無視して彼はくだらない話を続けようとする。


「貴様の無駄話に費やす時間はない。早急に本題へ入るべきだ」


 エイカーが脈絡のない話を始めようとしたところに、それを遮る者が扉の向こうからやってくる。

アノスが意識を失う直前まで目にしていた人物。ハダル・ホド・ヴィトン。

同時に二人の騎士と対面することになったアノスは、今の状況を飲み込み切れずに、

ただ親しげに話す男たちを眺めることしかできなかった。


「やあ、ハダル。お疲れ様。話は通ったかな?」

「納得はしていない様子だったが、本部の決定と言われればどうすることもできないだろう」

「そうか。それならもう君の命が狙われることもないだろう。安心するといいよ」


 声を向けられているアノスは二人と距離を取りながら、この場からの脱出法を探っていた。

今の体の状態では戦闘を行うことなどできない。

ただでさえ二対一の状況下でまともな正面突破は不可能だった。


「あれ? もしかして警戒してる? 心配しないでよ、僕たちは君の味方さ」

「なに?」


 初めて出会った時から妙なことばかりを口にする。

自分を罠にかけるような真似をしておいて、仲間だとのたまうこの男にアノスは怒りを通り越して、頭が痛くなる思いだった。


「いやぁ、集合時間を伝え忘れてたせいでいろいろと大変だったみたいだね」

「ルアスを巻き込んでおいてよくそんなことが言えるものだ。

貴様とは長いが、いまだにその神経は測れんよ」


 エイカーの調子はいつものことなのか、慣れたようにそう語るハダル。

その様子を見たアノスはあることに気がつく。


「まて、僕『たち』と言ったな。この男が私の味方になるだと? 馬鹿を抜かすな」


 百歩譲って、行動が理解不能なエイカーが仲間になることがあったとしても、

先ほどまで本気で戦っていたハダルが素性も知れないアノスの仲間になるはずがない。


「もしハダルが君を必要としていないなら、わざわざ本部に掛け合ってまで君の命を救ったりしないよ。

彼が打診してカノイに命令を撤回させてなければ、今、君が立っていたのは処刑台の上だったかもしれない」


 その言葉が信じられずハダルを追求するように視線を向ける。

しかし彼は肯定も否定もしないまま、力強い足取りでアノスへと近づいていった。


「単刀直入に問う。貴公、エリヤ・スクルゥという女を知っているな」

「……お前は」


 その瞬間アノスはカノイの屋敷で見た絵画のことを思い出す。

エリヤと同じ絵の中にこの二人も描かれていた。


「私とヴォゲッドは十年前に起こった彼女の不審死について調べている。

貴公が私の部下と相まみえた時、彼女の名を口にしたことも知っている。

情報提供に協力してもらうぞ」

「勿論、拒否権は無いからね」


 有無を言わせないというように笑うエイカーを見てアノスは眉間にシワを寄せる。

二人が言うエリヤの不審死。

それを調べていたのはアノスも同じだが、それだけで簡単に彼らと協力を結ぶ気にはなれなかった。


「……エリヤはかつて騎士団に籍を置いていたと聞いた。

彼女が預言書と呼ばれるものの研究をしていたことも知っている」


 ソラハと出会ってから突然集まりだしたエリヤの情報。

ヒゲワシや収集家の口から耳にした話が真実であるかどうかは不明だが、

少なくともアノスには確認しておかなければならないことがあった。


「私の協力を得体の言うのなら一つ答えろ。

エリヤが王都にいた頃、彼女が研究していた『預言書』とはいったいなんだ」


 ソラハの父ニヘルと収集家が口にしながらも、いまだその全容が見えない預言書。

その研究にかかわり、その結果命を落とすことになったのだというなら、一刻も早くその本質を知らなければならない。


「この状況で交渉の真似ごととは、勇敢さと愚かさをはき違えているのか」


 素直に首を縦に振らないアノスに、ハダルは不機嫌そうな口調で一歩前に踏み出す。

彼もまた、エリヤの話を聞きだすために内心の焦りを隠せないでいた。


「まあまあ、協力というからには情報共有ぐらいしておかないとね」


 そんな友人の肩に手を乗せ押しとどめたエイカーはにこやかな表情を浮かべながら二人の間に割って入る。

ある意味、ハダルより信用ならないこの男にアノスは訝しげな目を向ける。

その視線をまっすぐに受け止めながらエイカーは口を開いた。


「預言書っていうのは、城の地下深く、かつて創られた大地の中心に刻み込まれた碑文のことだよ」


 いつからそこにあったのか、誰によって書かれたのかもわからない大地の碑文。

そこにはとても人の生では読み切れない量の言葉が書き連ねられていた。


「エリヤは、というより彼女が所属していた機関は、その言葉の真実性を調べていたのさ。

未来に言及した言葉や、我々の知らない事実を語る言葉のね」


 何者かによって書き出された膨大な文章。

そこに書かれたことが真実であるか否かを、実験し、実践し、精査することがエリヤの仕事だった。


「騎士団内では、あの碑文を神が書いたものだと信じて疑わない者が大半でね、彼女たちへの風当たりは強かった。

碑文を調べることは、神の言葉を疑うことになると言ってね」


アノスはその言葉に目を見開く。その言葉はエリヤを亡き者にした勢力を導き出す手がかりだった。


「僕たちは、預言機関の解体を目論んでいた者たちがエリヤを殺害したんじゃないかと考えている。

実際、機関は解体されて、研究は今も凍結されたままだ」

「つまり、身内に首謀者がいると」

「悲しいことにね」


 エリヤを殺害したのは、彼女が属していた騎士団の人間。その指摘に二人は頷く。

信仰によって自身の潔白を疑わない騎士が、同じ騎士に疑いの目を向けていることがアノスには意外だった。


「私やヴォゲッドは幸か不幸か、騎士団内で立場というものを与えられてしまった。

これを利用して情報を集めることもできるが、反面表立って活動することはできなくなった」

「そこで、君に協力してほしいのさ」


 話の流れからある程度予想がついていたとはいえ、その言葉はやはり衝撃的なものだった。


「スパイの真似事でもやらせようというのか」


 立場上動けない二人の代わりに、国を駆けずり回って情報を集める駒。

そんな都合のいい存在になれとエイカーは言っている。

アノスの問いに彼は満面の笑みで頷いた。


「悪い話じゃないだろう? 僕らは便利な駒を、君は有益な情報を得ることができる。

どちらにとっても不利益のない話だと思うんだけど」

「お前たちの言うことが真実であるならばな」


 しかしアノスは彼の甘言を鵜呑みにはしない。

彼が信じる者はエリヤ、ボラル、そしてソラハの三人だけ。

それ以外の者がなにを言ったとしても、そのすべてを信じることなどしない。


「身内に首謀者がいると言ったが、それがお前たちでない保証などどこにもないだろう。

それに、先ほどお前は私を陥れたばかりだ。そんな男の話を真面目に聞く気になどない」


 少なくともルアスがアノスの元へやってきたのはエイカーの差し金に違いなかった。

その指摘にエイカーは気まずそうに頭をかく。


「別に僕が直接君を迎えに行くだなんて言ってないんだけどなあ……。

まあそうじゃなくても、今日はどうしても外せない用事があってね。

この時間まで上層に戻ってこられなかったんだ」

「……なに?」


 この時間まで上層に戻ってこられなかった。

それはつまり、彼はアノスと入れ違いに下層へやってきたということ。

ハダルの口ぶりから、騎士の中でもそれなりの役職についていると思われるエイカー。

そんな男が下層になんの用事があったというのか、アノスはその時、脳裏に最悪の事態を思い浮かべた。


「……あの質屋さ、店の雰囲気は嫌いじゃないけど、もう少し内装に気を使った方がいいと思うんだよ。

店主もぶっきらぼうだし、店員や放し飼いの犬は暴れまわるしさ」


 その言葉ですべてを理解したアノスは力の入らない身体を無理やり動かしてエイカーの胸倉に掴みかかる。

しかしそれもたった一瞬のことだった。


「冷静な男だと思っていたが、表面上だけだったか」


 いつの間にか背後に回っていたハダルが無防備なアノスを拘束する。

こうなることを事前に見越していたのだろう。その対応は迅速だった。


「言っただろう? 拒否権は無いからねってさ」

「……貴様ッ」


 抵抗するアノスを見下ろしながらエイカーは笑みを絶やすことなく、あくまで友好的に話を進めようとする。

しかしその表情の裏に隠されたもの暗さを彼は垣間見た気がした。

神様が大嫌いだと言ったこの男。その原因が関係しているのだろうか。


「心配しなくても、君が協力さえしてくれればなにもしないさ。

どういう意味か、わかるよね」


すでに選択肢などなかった。なおも暴れるアノスの叫びは広い部屋に響き渡る。

今を象徴する二人を人質に取られた彼の悲痛な声は、しかし締め切られた屋外へは届かない。

窓から差し込んでいた夕日はゆっくりとその姿を消していった。


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