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1-28 六天魔王 毒竜ノアスタロト

水希の姿が見えなくなり、暫く一人でベンチに取り残される。

「…あ~もう~本当に見ていられません!!」

突然背後から聞き覚えのある大きな声が聞こえてきた。

驚いて声の方に振り向くと、そこには人間化した私服姿のガブリエルとヘラクレスの姿があった。

「お、お前らいつからそこに!?」

「勇飛様!!あなたは何て人で無しなのですか…どうして水希様のお気持ちを理解してあげられないのです!!」

俺の質問を無視したガブリエルが勢いのまま俺の肩を掴むと、感情的になりながら俺の頭を上下にグラグラと揺らして咎めてくる。

「悪いな勇飛、ガブリエルの奴がどうしても心配で仕方ないって感じで、お前たちにバレないように後をつけていたんだが…最後のあの雰囲気での対応には、さすがの俺も呆れて言葉も出ないぞ…」

「そうですよ、あの場は勇飛様から誘う流れなんです!!」

「た、確かにそれは俺も薄々そう感じてはいたんだけど…水希が何か言いたそうだったから…」

「それを女の子から言わせないように気を遣うのが、紳士たるべき姿なのですよ!」

「勇飛…お前も男なら、あの場はお前がリードしてやるべきだった」

「そ、そうだったのか…悪い、反省してるよ…」

二人から散々の言われようだが、言われてみれば全くその通りであり、自分の至らなさを痛感する。

「私たちに謝るのではなく、ちゃんと水希様にその気持ちを伝えてください。とにかく、水希様が戻って来られたら、次は勇飛様からエスコートして差し上げてください」

「男ならビシッと決めてこい勇飛!」

「あぁ、分かったよ…」

二人に後押しされながら、今度は自分がリードできるようにと意思を固めながら、水希が戻ってくるまで、これまでの自分の彼女に対する行動を反省するのだった。


「…遅いな」

その後、お化粧直しに向かった水希を待つこと、既に30分が経過した。

「なぁ、ガブリエル…お化粧直しってこんなにもかかるもんなのか?」

噴水を挟んで裏側のベンチに居座るガブリエルに問いかける。

「女性は身支度にも時間がかかるものなのですよ勇飛様…ですが、ここまで遅いと心配ですね」

「…勇飛に愛そうつかして帰っちまったとか?」

「どうでしょう、水希様もそこまでするお方ではないと思いますが…」

ヘラクレスが少し揶揄うように言うが、さすがにそれはないだろうとフォローするガブリエル。

「そうか…さすがに心配だから、ちょっと様子を見に行ってみるか」

戻ってこない水希を捜しに行くため、ベンチから立ち上がった時だった。

「お前が桐城勇飛だな…」

突然どこからか謎の声が呼びかけてくる。

「誰だ!?」

その声に反応すると目の前の空間が歪み、闇の回廊が姿を現す。

その闇の回廊の奥からは只ならぬ魔瘴気の気配を感じた。

「お前が待っている水希流華はここへは戻ってこない。この俺が奴の身柄を預かっているからな」

声と同時に闇の回廊の中から一人の男が姿を現す。

「お前、悪魔使いか?水希に何しやがった?」

男から漂う魔瘴気を前に悪魔使いであることを確信し、身構えながら男の正体を問いかける。

「まぁ、そう身構えるな。今ここでお前と戦うつもりはない。ちゃんと場所を用意しているからな」

男は嘲笑うようにこちらを見下しながら返す。

その余裕の笑みが、まるで他の悪魔使いとは違うといった力の差を示しているようにも見えた。

「勇飛様、この男…これまでの悪魔使いとは何かが違います…気を付けてください!」

「あぁ、ガブリエルの言う通りだ。この男からはこれまで感じたことのない魔瘴気を感じる…これほどの魔瘴気を持った人間と契約した悪魔は…一体何者なんだ」

ガブリエルとヘラクレスも突如現れた悪魔使いの男が、これまで対峙してきた悪魔使いとは比べ物にならないほどの力を持った人物であると感じている様子だった。

「お前の目的が俺だというなら、水希は何も関係ないはずだろ。なぜ彼女を巻き込んだ?」

「ふっ、あいつはお前を誘い込むために利用してやっただけさ。女を助けたければ後を追ってくるがいい。まぁ、その体が持てばいいがな…」

そう言い残すと男は再び闇の回廊の中へと姿を暗ましていった。

「おい、待ちやがれ!!」

男の後を追うように目の前の闇の回廊へ飛び込もうとした時だった。

「いけません、勇飛様!!」

闇の回廊へ入る直前で、ガブリエルが俺の腕を掴んで引き止める。

「ガブリエル、離せ!なんで止めるんだ!?」

「神使いである貴方が、神滅の力で生み出された闇の回廊に触れることは、その身を危険に晒すものなのです。私たち聖天六神であっても、神滅そのものが根源となる闇の回廊の中では、その力に飲まれてしまうリスクが高く、最悪の場合、存在を闇に消滅させてしまうということをゼウス様より教えを被っております」

ガブリエルが言うには、神魔と相反する神滅を神様や神使いが直接触れることは、その身を亡ぼす危険に繋がることを意味し、闇の回廊に入ったところで、安易に進むことができるわけではなく、闇の中を彷徨いながら、やがて神滅に飲まれて消滅してしまうのだという。

「焦る気持ちは分かるが勇飛、いくら何でも闇の中に突っ込むのは無謀な行為だ」

ヘラクレスも珍しく冷静に判断し、引き止めることを促してくる。

「じゃあ、このまま水希を見捨てろってことか?ここで躊躇している間にも、水希に何かあってからじゃ遅いだろ!」

ガブリエルとヘラクレスが心配して止める気持ちも分かるが、今回に限っては二人の声を素直に聞ける状態ではなかった。

こんな形で水希が楽しみにしていた今日という日の思い出を壊されてしまうのかという思いに対する怒りと、自分のせいで彼女を巻き込んでしまったことに対する自責の念に悔まれてしまったことが、考えるよりも先に行動に移していた。

「悪いが俺はあいつの後を追う!」

「あぁ、勇飛様!!」

「よせ、勇飛!!」

二人の制止を振りほどき、男の後を追うように闇の回廊へと飛び込んだ。

勇飛が飛び込んだと同時に、闇の回廊の入口が閉ざされるように小さくなり、やがてガブリエルとヘラクレスの目の前から消滅した。

「噓でしょう…こんなことって…」

「あぁ…まさか…こんなこと在り得るのか…」

取り残されたガブリエルとヘラクレスは、目の前で起きた現象に、ただ唖然とするしかなかった。

それもそのはずであり、聖天六神と契約した神使いと言えど、まだ日の浅い勇飛の力だけでは、闇の回廊に触れた瞬間に体は闇に蝕まれ、存在が闇に飲み込まれてもおかしくはないとガブリエルとヘラクレスは予知していたからだった。

しかし、二人の思いとは裏腹に、契約の魔具から未だ神魔の共鳴を感じ取ることができており、勇飛の存在が消えた様子は感じられなかったのだった。


ガブリエルたちの制止を振り切り、男の後を追うようにして闇の回廊の中へと踏み込んだ。

そこは外からの光がすべて死に絶えたような、静寂で冷たい世界だった。

闇の回廊の中に男の姿は見当たらず、一寸先まで暗黒に包まれた世界が広がっている。

背後の入口が閉ざされ、四方の感覚が闇に溶けていき、やがて自分の指先さえ見えないほどの濃い闇が、体の中を侵食するような感覚に陥った。

しかし何故だろうか…ガブリエルたちが言っていたように、存在が闇に飲み込まれるほどの恐怖はなく、不思議とこの世界の感覚に対して、体がどこか懐かしさを覚えているようにも感じた。

「この感覚いったいどこで…いや、今はそんなことよりも出口はどこにあるのか探すことが先か」

なぜ自分が闇に飲み込まれない理由はさておき、まずは男の元に繋がっている出口を探すことに集中する。

その後、出口を探して闇の回廊の中を歩き続けるが、一向に出口らしきものは見つからず、唯々闇の中を彷徨い続けるだけだった。

「ダメだ。全然ここから抜け出す方法が分からねぇ…ったく、あの男、目的地の出口ぐらい用意しとけよ」

まんまと男の挑発に乗って、この中に踏み込んでしまったのは自分自身の責任でもあるが、当てのない闇の中を永遠に彷徨うことになるかもしれないと思うと、少しばかり絶望感を抱いてしまう。

「このまま本当にここから出れない可能性もあるのかな…」

暗闇の中で一人諦めたようにため息をついた時だった。

『こっちよ…』

突然頭の中に女性らしき人の声が響く。

その声に反応して顔を上げると、目の前で微かな灯火のように光が揺れていた。

それは闇に絶望する中で現れた一筋の希望のように、それが微かな光であっても、その存在感は大きく放たれていた。

こちらの反応に気づいた微かな光は、ゆっくりと闇の奥へと導くように進んで行く。

「あの光はいったいどこから?ってか、今の声もどこかで…」

目の前の光から語られてきた女性の声も、どこかで聞いたことのあるような感覚だったが、光に導かれるように今はその後を追っていくことにした。

光に導かれるまま奥へと進み、暫くしてある場所に辿り着くと、目の前の光が役目を終えたかのようにパッと消滅した。

その後、目の前の闇の空間が縦に裂け、外から一筋の光が差し込んできた。

どうやらこの回廊の出口に辿り着いたようだった。

「闇に輝く光のままにとでも言うべきか…何にせよ助けてくれたことに感謝しないとな」

お礼を言う間もなく消滅した微かな光に感謝の気持ちを心の中で伝え、外の光に導かれるように闇の回廊の中から脱出するのだった。


闇の回廊の中から無事に脱出すると、そこは遊園地から少し離れた場所にある湖だった。

辺りはすっかりと日が落ちて夜となっていたが、雲一つない星空と半月の光が、ゆっくりと波打つ湖の表面と辺り一面を照らしていた。

「驚いたな。まさか悪魔使いでない者が、自力で闇の回廊から抜け出してくるとは…」

声のする方に視線を向けると、湖の中心で小さな島のように浮かぶ陸地の上に男が立っていた。

その隣には意識を失って倒れている水希の姿も見えた。

「水希!?テメェ、今すぐそこから離れろ!」

「まるでお姫様を助ける王子様のようだな。だが、お前では王子様にはなれんよ」

激昂する俺の姿を見るなり、さらに男が煽るように言い放つ。

「勇飛様!!」

「勇飛!!」

声と共に上空から青色の光と橙色の光が隣に降り落ちてきた。

現実世界に戻ってきたことで、俺の神魔(こんせき)を追って来れたのか、ガブリエルとヘラクレスも合流する。

「勇飛様、ご無事で何よりです。まさか本当に闇の回廊から、自らの力で脱出されるなんて思いもしませんでした…」

「ったく、闇に飲まれたら一生戻って来れなかったかもしれないんだぞ。心配させやがって!」

「あぁ、色々とあったが、何とかこの通り無事だ。心配かけて悪かったな」

心配してくれた二人を無視して、一人で突っ走ってしまったことを謝罪する。

「ククク、これで役者は出揃ったようだな」

男は不敵な笑いを見せると、ゆっくりと被っていたフードを脱ぐ。

「改めて自己紹介をしようか。俺の名は毒島紫苑(ぶすじましおん)。天魔のNo.(ナンバーズ)5だ」

紫苑と名乗る男は、20代前半に見える成人男性であり、その言動からは想像もできないような、かつては高潔な貴族か神職であったかのような、整った顔立ちをしていた。

その整った顔の片目は人間のままだが、もう片方は悪魔に憑りつかれたかの如く金色の瞳に変色し、まるで何かに侵され続けている代償を比喩しているようにも見える。

男の肌は死人のように青白く、血管が黒ずんで浮き出ており、特に胸元から首筋にかけて、黒い蔦のような紋様が這っているように見える。

その青白い肌色を強調するかのように、身体を締め付けるような高い襟の黒衣を身に纏い、両手には白い手袋を着用していた。

「天魔だと?お前、勇勢(アニキ)の言ってた特別な悪魔使いの一人だったのか」

「どうりで他の悪魔使いとは違う、只ならない瘴気の力を感じたわけですね」

「あの時に天魔と呼ばれてた勇飛の兄貴と神牙って奴の仲間ってことか。油断できない相手だな」

天魔の名を聞いたガブリエルとヘラクレスも警戒して身構える。

「そうか…お前が勇勢様の弟だったか」

「お前、俺のことを知っていたのか?」

「あぁ、噂には聞いていたが、聖天六神と契約した神使いになって、俺たち悪魔使いを倒し回っている目障りな鼠だということをな」

「はっ、お前らこそ、弱さに負けて悪魔に魂を売り払い、私利私欲のために人間たちを貶めている下種野郎(げすやろう)たちじゃねぇか」

「ふっ、お互い理解しあえない存在だ。それに俺が興味あるのは、お前たちが今から目の前で絶望しながら消えていく様を見ることだけだ」

そう言うと紫苑は、右手の人差し指と親指で摘まんだ飴玉のような球体を見せつける。

「勇勢様から頂いた餞別を使うまでもないと思っていたが…気が変わった。最初から全開で行かせてもらう」

紫苑が摘まんでいた球体を右手の中に移動させると、球体を砕くように拳を握り締める。

球体が砕かれると同時に紫苑の右手の中から、大量の瘴気が溢れ出る。

漏れ出した瘴気が、忽ち円を作るように周囲に広がっていき、ドーム状の空間を作り出すと、その場にいる全員を飲み込んだ。

「これはいったい…?」

「これは悪魔の(デビル)聖域(サンクチュアリ)と呼ばれるものでね。俺たち天魔が、人間界で最大限の力を発揮できるようにと、勇勢様が考案された魔具の一つだ」

悪魔の聖域が拡大を終えると、瘴気で作られた壁に黒い稲妻を走らせながら、不気味な空間を演出し始める。

「ガブリエル、ヘラクレス、お前たちは大丈夫か?」

先程の闇の回廊に近い雰囲気を感じ、咄嗟に二人の無事を確かめる。

「はい、今のところは大丈夫ですが…この空間、我々神にとっては、あまり居心地の良いものではありませんね」

「そうだな…徐々に体内の神魔が削られていくような感じだ。ここでの戦いが長引くのは、危険が伴うだろうな」

二人とも今は平気なようだが、瘴気が密集して漂う空間の中、長く居座ることに危機感を察知していた。

「瘴気に侵食される前に奴を倒さないとな。短期決戦でやるぞ!」

「果たしてそう上手くいくかな。俺の契約した悪魔の前に貴様らは為すすべもなく朽ちていくのだ」

紫苑の体内から溢れ出る瘴気の量が、これから姿を見せようとする悪魔の力を強調しているのが分かる。

「現れろ、六天魔王(ろくてんまおう)アスタロト!!」

紫苑の呼びかけに応えるかのように背後の空間が漆黒に染まり、大気を歪ませながらその悪魔は姿をゆっくりと現した。

その姿はまるで妖艶な女性でありながら、頭部に2本の紫色の角を生やしており、その輪郭は常に紫煙のような毒気に縁取られ、陽炎のような揺らめきを見せている。

瘴気で具現化した漆黒の絹で出来た薄衣のような衣装を纏い、その濡れたような玉虫色の光沢を放つ肌の隙間からは、絶えず猛毒の呼気が漏れ出し、足元に垂れ落ちたその毒気が、先ほどまで湖だったものを黒く染まった沼へと瞬時に変貌させていく。

そして何よりも圧巻なのは、その背中から生える竜の翼のように見えるものは、竜の翼というよりも毒蛾の羽を数千枚と重ねられたような禍々しさを持ち、羽ばたくたびに甘美な死の香りが混ざった燐粉を雪のように周囲に振り撒いていた。

目の前に現れた彼女こそ、魔界において六天魔王の称号を持つ上位種の悪魔、毒竜ノアスタロトだった。

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