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1-27 星の導きと毒の刺客

時は経過して週末の土曜日。

水希と約束した日を迎えた俺は、鏡の前に立って、今日の服装を決めているところだった。

普段から女の子と二人で遊びに行くことがないため、どのような服装が今の流行りなのか、非常に悩みどころで困難を極めているところだった…

「あら?珍しく鏡の前で服選びに興じていられるなんて…どうしたんですか勇飛様?」

鏡の前で服装を悩んでいる俺に気づいたガブリエルが声を掛けてきた。

「あぁ、今日は水希と遊びに行く約束をしててさ…女の子と二人で遊びに行く機会なんて滅多になかったから、どんな服装が無難なんだろうなと思って…」

「な、な、な、なんと…それは一大事ですよ勇飛様!なぜこの私に何の相談も無しなんですか!?」

俺の話を聞いた途端にガブリエルが目の色を変え、興奮したように声をあげてきた。

「朝から騒がしいな…ゴキブリでも出たのか?」

ガブリエルの騒ぎ声を聞いたヘラクレスも俺たちの前にぬるりと姿を現した。

「ゴキブリじゃありませんよ。勇飛様が水希様と二人で遊びに行かれる約束をしてたんです!」

「へぇ~ってことは二人でデートってやつか?勇飛も隅に置けない奴だな!」

事情を知ったヘラクレスがニヤニヤと茶化すように返してくる。

「え?これってデートになるのか…?」

しかし、俺の素朴な疑問のように捉えた反応にガブリエルとヘラクレスが、「こいつマジで言ってるのか?」みたいな表情で、引いたように冷たい視線を向けてきた。

「当たり前じゃないですか勇飛様、何を今更そんなことを仰っているんですか!」

「おいおい…水希の嬢ちゃんもこれじゃ浮かばれねぇよ…ははは」

ガブリエルとヘラクレスに諭されて、ようやく今日の水希との約束がデートであることを理解した。

世の中で言うデートとは、付き合ってる彼氏彼女たちが遊びに出かけることをそう呼ぶものだと思っていたが、別に付き合っていない男女二人だけで遊びに行くことも世間一般ではデートと称されているようだ。

「とにかく…水希様の思いを無碍にはできません。デートの基本として身だしなみは大切です!ここは私に任せてください!」

そう言うとガブリエルは、無知な俺にデートとは何たるかを教授しながら、今日着ていく服装や髪型まで一緒にコーディネートしてくれたのだった。


ガブリエルに手伝ってもらいながら身支度を整えて家を出た後、約束の場所へと到着した。

どうやら水希はまだ来ていない様子であり、一足先に着いたようだった。

それもそのはずで、ガブリエルからの教えの1つに「待ち合わせの10分前には現地で女の子を待つべし」ということもあり、少し早めに着くように計算して家を出発したのだった。

駅前のベンチに腰を下ろし、水希が来るのを待つことにする。

少し待ったところで、約束の時間ちょうどに水希がこちらに向かって小走りで来る姿が見えてきた。

「はぁはぁ、ごめんなさい…待たせてしまいましたか?」

息を少し切らしながら向かってきた水希が待たせてしまったことに対して謝罪する。

「いや、俺もちょうど今来たところだから、全然待っていないよ」

待たせてしまった罪悪感を感じさせないように自然な言葉を返す。

「そうなんですね…勇飛君が座っているのが見えたから、もしかしてかなり前から待たせてしまっていたのではないかと心配したのですが…それなら良かったです」

呼吸を落ち着かせるようにほっと胸を撫でおろしながら安堵する水希。

「今日の勇飛君、すごくオシャレですね!」

俺の格好を見てそう思ったのか、服装と髪型について水希が褒めてくれた。

お節介(ガブリエル)の指導の下、シンプルな服装が良いとのことで、白地のTシャツを基に黒のテーラードジャケットとスラックスのセットアップで統一し、靴は動きやすさを重視したレザースニーカーをチョイスしていた。

髪型も今流行りのセンターパートに緩いウェーブを取り入れたニュアンスパーマを付け、自然な仕上がりになるようなセットをしていた。

全てガブリエルの受け入りと言ってしまえばそれまでだが、流石は彼氏持ちなだけのこともあり、今の流行りや女性受けの良いセンスを抑えているといったところだ。

「プライベートでは普段からそういう服装が好きなんですか?」

「あ、あぁ…割とシンプルな色合いで決めることが多いかな」

服のセンスなんて今日の今日はじめて意識した程度だが、とりあえず水希の話に合わせるように返す。

「すごくいいと思います!…あ、あの…私の服装は変じゃないですか?」

水希がおどろおどろした表情でこちらを見つめてくる。

水希も普段見ないコーディネートで決めているようで、白のワンピースにデニム系のジャケットを組み合わせており、遊園地で歩き回ることを意識してか、靴は動きやすそうな白のスニーカーを履いていた。

髪型もワンピースに似合うようなハーフアップとポニーテールを組み合わせたようなセットであり、普段の水希とは一風変わった大人びた女性の雰囲気を出していた。

「そ、そうだな…似合っていると思うよ」

女の子の服や髪型のセンスに乏しい自分が情けないと言わんばかりに当たり障りのない感想となってしまう。

「ありがとうございます。勇飛君の服のセンスがいいから、勇飛君の好みに合わなかったらどうしようかなって思ったのですが、気に入ってもらえて嬉しいです」

水希の機嫌を損ねることなくこの場を乗り切ることに成功したが、ガブリエルのおかげで、普段から服のセンスがあるものと誤解を持たれてしまったため、最新の流行りについて今後は勉強しておこうと改めて思う今日この頃だった。

「今日はとても楽しみにしていましたので、さっそく星光の(ルミナスステラ)遊園地(パーク)に向かいましょうか」

「あぁ、そうだな。そろそろ行こうか」

こうして卒ないやり取りをこなしつつ、水希の先導についていくように目的の遊園地へと向かった。


水希と勇飛が合流した同時刻。

駅の待ち合わせ場所から数メートル離れたカフェの屋外テラス席にて、アイスティーを片手にサングラスと日除け帽子を被った金髪の美女とその向かいの席で月刊誌を広げながら同じくサングラスをかけた銀髪褐色系男子が彼と彼女のやり取りを遠くから目撃していた。

「勇飛様の朴念仁(ぼくねんじん)…水希様が今日のためを思って選んだであろう服装で来ているというのに、何てお粗末な感想を…」

サングラスをかけた金髪美女ことガブリエルが、手元のグラスをカタカタと震わせながら、声を震わせている。

「おいおい、あまり気配(オーラ)を出しすぎると二人に気づかれるぞ」

向い側の席に座る銀髪褐色系男子ことヘラクレスが、ガブリエルを宥めるように言う。

今朝の勇飛とのやりとりを見て、心配でしかなかったガブリエルは、バレないよう内緒で後をつけることを決行していたのだった。

ヘラクレスもあまり乗り気ではなかったが、ガブリエルに巻き込まれて今に至るのであった。

「いえ、女性の気持ちを理解できる男性こそ、モテる男性の第一歩なんですよ。水希様の今日の服装ですが白いキャミワンピに水色のデニムジャケットを組み合わせ、履物は白いスニーカーを選んでいます。流行りの服装をしっかりと抑えながらも白色のワンピースで女性らしい綺麗な清楚感を出しながら、遊園地デートであることを考慮して動きやすいスニーカーを合わせています。髪型もハーフアップ風のポニテで、女の子の可愛らしさに加え、服装に合わせて少し大人びた要素もしっかりと出しています。今日の彼女の姿を一目見るだけで勇飛様とのデートに気合を入れていることが伝わってくるというのに…あの御方は何故それに気づけないのです…」

まるでどこかの恋愛評論家の如く、水希の服装と髪型を高く評価する一方で、気の利いた感想ひとつも言えない勇飛の姿を見て失望するガブリエル。

「初デートでそこまで気づく領域に達してたら逆にすごいだろ…少しは大目に見てやっても…」

「いえ、些細な変化や行動心理に気づくことだけでも女性は嬉しく思うのです。今日のデートが終わったら、勇飛様には女性心とは何たるかを改めて指導する必要がありそうですね」

「そ、そういうものなのか…」

ガブリエルの謎の気概に圧倒されたヘラクレスは、ただ合わせるように反応することしかできなかった。

他人の恋愛感情にとやかく言うことでもないが、ヘパイストスに対してもそんな感じだと思うと、アイツも色々と大変そうだな…と心の内で思うヘラクレスだった。

そうこうしているうちに水希が先導を切って移動を始めているところが二人の視界に入る。

「そろそろ移動されるみたいですね。ここも勇飛様がエスコートするべきだと思うのですが、まぁいいでしょう…私たちも行きますよ」

「了解…ったく女心の理解って難しいものだな」

ガブリエルの言う女性心理の理解に頭を抱えながら、ヘラクレスも立ちあがると、水希と勇飛にバレない距離を保ちながら、ガブリエルと共に二人の後を追いかけた。


駅から電車で30分ほど移動した先に目的地である星光の遊園地があった。

ここ1年くらい前にできたばかりの新しいテーマパークであり、子供向けのアトラクションはもちろんのこと、星と光をテーマにしていることもあり、プラネタリウムや夜には町の夜景が一望できるような巨大観覧車も設置されており、休日のデートスポットとしても有名な場所だった。

「私、ここの遊園地には初めて来ましたが、色々なアトラクションがあって今からもう楽しみです!」

入場ゲートで係員にチケットを見せて入園すると、水希が入り口から見える園内の光景に目を輝かせる。

「あ、あそこにいるのはマスコットキャラクターのステラ君ですよ」

水希が示す方を見ると、当遊園地のマスコットキャラクターに認定されているステラ君(被り物を着た人)が子供たちと記念撮影をしている姿があった。

「ステラ君と記念撮影ができるみたいなんですね。良かったら記念に1枚撮ってもらいましょうよ!」

「あぁ、せっかくだし撮ってもらったらいいじゃないか?俺はここで待ってるからさ」

「勇飛君も一緒にですよ!!」

「え、俺もかよ。まぁ、いいけど…なんか恥ずかしいな」

子供たちの中に混ざって並ぶことに若干恥ずかしさを感じながらも、まるで子供のようにはしゃぐ水希が早く早くと一緒に列に並ぶよう手招きしている姿に呼ばれ、一緒に写真の列に並ぶこととなった。

しばらく並んでいると自分たちの番が来て、周りの子供連れの家族たちからの視線に照れくささを抱えながらも、水希と二人でステラ君との記念撮影ミッションを何とか達成するのであった。

「良い思い出の写真が撮れましたね。この写真、一生大切にします。あとで勇飛君にも送りますね」

自分のスマホに撮ってもらった写真を見ながら喜びの笑みを見せる水希。

「さぁ、ここからが本番ですよ勇飛君。次は向こうのアトラクションに行きましょう」

興奮冷めやらぬ水希に流されるまま、次のアトラクションへと向かった。

賞品で当てたチケットにはファーストパスの特典も付いており、ほぼ全てのアトラクションを数分程の待ち時間で案内されるため、今日1日で園内全てのアトラクションを制覇する勢いを見せる水希だった。

その後はランチをはさみながら時間の許す限り様々なアトラクションを廻り廻って、ジェットコースター等の絶叫系からコーヒーカップやメリーゴーランド等のゆったり系といった概ね人気のアトラクションを制覇したのだった。

ランチの時間以外は休む時間もなく園内を歩き回ったため、既に疲労困憊といった状態だが、対する水希はまだまだ余裕の笑みで満喫したような表情を見せていた。

「私ばかり楽しんでしまっていますね…ずっと私の行きたいところに付き合ってもらってごめんなさい…勇飛君疲れていますよね?」

俺の様子を見て気を使わせてしまったのか、申し訳なさそうに水希から問いかけられてしまう。

「いやいや、そんな謝らなくても大丈夫だって。水希が楽しんでくれているならそれで良かったよ」

「そうですか…では、次は勇飛君が行きたいところを言ってください。特に行きたいところがなければ、全然休憩とかでも大丈夫です」

「そうだな…」

手元の園内マップを開きながら、まだ行っていないアトラクションを探しながら熟考する。

「じゃあこのプラネタリウムにでも行ってみるか。ここならアトラクションを見ながらゆっくりできそうな感じだし」

「いいですね。私も気になっていたので是非行きましょうか」

水希もどうやら気になっていたとのことだったため、園内マップに星の導きと記載されているプラネタリウムへと向かった。

プラネタリウムに着くと、ちょうど本日最終の投影時間に間に合ったようで、係員に案内されて館内に入館する。

重たい防音扉が閉まると外の喧騒は一瞬で遮断された。

リクライニングシートに深く身を沈め、投影が始まるのをしばらく待つ。

「…暗くなってきましたね」

水希が囁くと少しずつ視界が暗く染まっていく。

やがて、頭上のドームに吸い込まれるような藍色の景色が広がり、一粒、また一粒と宝石を散りばめたように星々が点灯していく。

ナレーションの穏やかな声と共に何万光年も先の神話の物語が始まった。

暗闇に包まれているせいか、視覚よりも触覚や聴覚が敏感になるように感じていた。

広大な銀河系が頭上をゆっくりと回転していく中で、天の川が俺たち二人の真上を通り過ぎていく。

その圧倒的な光の渦の前には、まるで言葉をも失うような感覚に陥った。

「綺麗だな…」

言葉を失う感覚だったにも関わらず、思わず口から言葉が零れ落ちる。

その言葉を発した直後、隣からふと熱を感じた。

座席の肘置き置かれた左手に視線を向けると、隣に座る水希の右手の小指が、そっと自分の左小指に重ねられているのが見えた。

偶々触れ合っただけなのかもしれないが、こういうシチュエーションも相まってか、少しだけ心臓の鼓動が速くなったのを感じた。

水希も気づいているとは思っていたが、重ねられた小指は解かれることなく、上映が終わるまでずっとそのままだった。

『…以上で本日の投影は終了となります。足元にお気をつけてお帰りください』

投影が終わり館内にアナウンスが流れると、ゆっくりと琥珀色の照明が館内を照らし、暗闇をかき消していく。

先ほどまで宇宙を旅していたような意識から、ふかふかしたリクライニングシートへと引き戻されていく。

こちらが気が付くと同時に、水希が重ねていた小指をそっと離していた。

離された瞬間に指先に触れる冷たい空気が、かえって先ほどまでの熱を鮮明にしているのを感じた。

「…すごかったですね」

隣で水希が右手を左手で包み込むように重ねながら、少し掠れた声で言う。

見上げると照明に照らされている水希の横顔が、いつもよりも大人びて見えた一方で、少し頬を赤らめた様子にも見えていた。

「そうだな…何だか現実に戻るのが勿体ないように感じるな」

まだ視界の変化に慣れない目で、真っ白に戻った天井に視線を向けながら、水希の言葉に返すと、ゆっくりとリクライニングシートから身を起こす。

水希も続くように起き上がると、ふとこちらを見つめるように視線がぶつかった。

しばらくお互いの視線が重なり合い、沈黙が続く。

暗闇の中で抱いていた感覚がふと甦り、少しばかり気恥ずかしさが込み上げてきた。

「あ、足元、まだ少しくらいから気をつけろよ」

このまま視線を合わせ続けることに耐えられなくなり、出口に向かうように水希に促す。

水希も黙ってこくりと頷くと、俺の後に続いて出口へと歩み始めた。

重い扉を開けてロビーに出ると、人々の話し声が聞こえてきて、日常へと戻った感覚が押し寄せてきた。

そのまま館内を出て、近くにあった噴水広場のベンチに二人で座り込む。

周囲を見渡すと日が落ちた時間となっており、所々の外灯が園内を照らし始めていた。

まだ、子供連れの家族の声が周りから聞こえてくるが、何故か水希との間の空気は、まだあの星空の静寂を引きずったままのように感じていた。

「…勇飛君、もう一つだけ私の我儘を聞いてもらってもいいですか?」

しばらく沈黙が続いた後、水希が先に口を開く。

「…あぁ、何だ?」

「最後に…その…」

何かをお願いしようとして言葉に詰まる水希の視線の先を見ると、そこにはライトアップされてキラキラと眩い存在感を表している観覧車があった。

「…あれに乗りたいのか?」

水希が言おうとしていたことを推測して代わりに投げかける。

その瞬間、水希が頬を赤らめながら動揺する。

「あ…えっと…いえ、別に深い意味はないんです…ただ…」

そしてまた、何かを言い続けようとして言葉に詰まる。

「あ、その…ちょっとお化粧直しに行ってきてもいいですか…すぐに戻ってきますので」

「え?あぁ…じゃあ俺はもう少しここで待っているよ」

そう言うと水希は、足早にその場を離れるようにして、お化粧直しに向かって行ったのだった。


勇飛にお化粧直しに行くと伝えた水希は、少し離れた場所にあったお手洗いに入り、鏡の前で項垂れる。

「…はぁ、私、どうして逃げちゃったんだろ」

洗面台の水が流れる音が響き渡る中で、ため息交じりに自分の行動を悔いるように呟く。

商店街でチケットを当てたその日から、今日という日をこの上ない好機と思い、勇飛とのデートに臨んでいた水希は、その気持ちを勇飛に悟られないように楽しむ気持ちを前面に表現していたが、プラネタリウムで二人きりの幻想的な時間を過ごしたことで、彼女の中の彼に対する好意と恋心が再び目覚めてしまい、気持ちの高まりを抑えることができなくなってしまったのだった。

自分が少なからず好意を寄せていることについて、恐らく(ゆうひ)にも悟られてしまったのだろうと思う最中、この機会を逃してしまっては自分の思いを彼に伝えることができないと思った水希は、最後に思い切って観覧車に誘うことで、自分の思いを伝えようと決意をしたのだったが、いざ、彼と目が合った瞬間、心臓が大きく跳ねるような感覚に襲われ、「一緒に観覧車に乗りたい」というたった1つの言葉が喉元で何度もつかえてしまった。

結果、彼から自分の気持ちを代弁される言葉を返されてしまったことに耐えられなくなり、逃げ出すという選択肢を選んでしまった。

「そろそろ戻らないと勇飛君を心配させちゃうな…でもどういう顔で戻ったらいいんだろ」

待たせている勇飛の元に戻りたいと思うが、気まずさが足を止めてしまっている。

「こんな時、(ヒュペリオン)だったらなんて言ってくれるのかな…」

ふと、かつての相棒のヒュペリオンのことを思い浮かべる。

彼女が一人悩む時、以前はその隣にいたヒュペリオンが相談に乗ってくれていた。

そんな彼も半ば自分のせいで窮地に追いやられてしまい、今はその身を休めている状態である。

そんな時に彼女の前に現れたのが、勇飛という存在だった。

ヒュペリオンに代わり、彼女が窮地に陥った時に自ら率先して彼女を守ってきた彼の雄姿を見るうちに、心が惹かれ、また同時に、彼に対する憧れも抱くようになっていた。

自分も彼のように誰かを守れる勇気を持ちたい…しかしその力が今の自分には無いことが、彼女の最後の一歩を踏み出すことができない意思に影響してしまっているのだった。

自分が何時までも守られるだけの存在である限り、きっとまた、周りの人を傷つけてしまう。

今のまま勇気を持てない自分でいては何も変わらない…そう思った時だった。

『流華が信じる道を行けばいいんだよ。きっとそれが君のためになる』

まるでヒュペリオンが語りかけてくるように、頭の中で彼の声がよぎる。

「そうだよねヒュペリオン…勇気をもって行動しなきゃ何も変わらないよね…」

頭の中に響いた言葉に勇気づけられ、項垂れていた顔を上げた水希は、もう一度覚悟を決めた表情で鏡に映る自分の顔を見つめる。

「よし…勇飛君の元に戻ったら、もう一度私の思いを伝えよう」

思いを決め、踵を返してその場を後にしようとした時だった。

「水希流華…やっと見つけたぞ」

出口で待ち構えていた謎の男に声をかけられる。

その男はフードで顔を覆っており、はっきりと顔は分からないが、傍から見ても明らかに危険な気配を漂わせていた。

「え?どちら様ですか…んぐっ!?」

突然目の前に現れた男に水希が問いかけたその刹那、一瞬にして背後に回った男に、口元を抑えられ身体を拘束される。

「んっっっっ!!」

いきなり現れた男に襲われ、そのあまりの恐怖心から声を上げようにも、口元を男の手で押さえつけられ叫ぶこともできない水希は、何とかして男の拘束から逃れようと体を大きく暴れるようにして抵抗する。

「ククク、そう喚くな。お前への復讐をこんな一瞬では終わらせるつもりはない」

男が耳元でささやくと水希の鼻腔に何か甘い香りが駆け巡る。

男の装着している白い手袋からその香りが漂ってきたが、その香りを吸い込んだ瞬間、突如意識が朦朧とし始める。

「睡眠を誘発する毒素だ…毒と言っても死に至らしめるような毒ではない。少しの間、お前には囮として大人しくしてもらう」

「あ…あなたは…いったい…」

「ふっ、目が覚めた時にいずれ分かるさ。お前の大切なものを壊し、そして絶望を味合わせてからお前も始末してやる」

フードの中から男の金色に光る瞳が水希を射殺すように見つめる。

「その…顔…あなた…もしか…して…」

遠のいていく意識の中、一瞬見えた男の顔に見覚えがあることを思い出す水希だったが、睡魔を誘う毒素が体内に回り、そのまま意識を失った。

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