第二十四話「コブルスルツでの生活は楽しいわ」
アッサムとの夜の密会の後、程なくしてラッサムとケンリウムに帰る日がやってきた。数日ケンリウムに行くために、ラッサムの仕事は嘘ではなく本当に忙しそうで、夜のお茶の時間を共にすることができなかった。
コスモの気持ちは自分でも驚くほどすっきりとしていて穏やかにケンリウムへ向かう日を迎えられた。アッサムと話しても何も解決しなかったどころか謎は深まるばかりなのに不思議なことだった。自分でも気が付かないくらいアッサムに約束のことを聞きたくて、ようやく言えたことですっきりできたのだと思った。
あれからアッサムは表面上何も変わらなかったが、ラッサムに対してはあの夜見たような怒りの表情を見せることがあった。しかし、それは心からの嫌悪ではなく、一時的な兄弟喧嘩のようなものだということは見ていてわかった。怒りを滲ませつつもラッサムの仕事の忙しさを気遣い、自分にも少し仕事を振るように申し出たりしていたからだ。
そうは言っても何だかんだ仲のいい兄弟の喧嘩は珍しいもので、コスモとミーティアはこっそり顔を見合わせて首を傾げた。コスモはその原因に自分がいるのではないかと思ったが、一体何が理由でアッサムが怒っているのかさっぱりわからなかったのでどうすることもできなかった。
ケンリウムへ向かう馬車へ乗り込むと、ラッサムは座席に腰を下ろしてぎゅっと目を閉じた。
「大丈夫?ケンリウムへ行くために無理をさせてごめんなさい」
隣に座ったコスモが声をかけると、ラッサムはハッと顔を上げた。
「いや、俺の方こそ夜のお茶の時間も取れず、すまなかった」
謝って来たラッサムの顔に普段の無表情とは違う深い悲しみが見て取れて、コスモは慌てて頭を振った。
「ううん、このケンリウムへ行くためのことだもの、仕方ないわ。今回は避けられているわけじゃないってわかっていたから、この前のように怒ったりしていないし」
必死にそう言うと、ラッサムは疲れた顔に少しだけ安堵の表情を浮かべた。
「よかった」
何故かその表情と言葉にドキリとして、コスモは姿勢を正して前を見つめた。
コブルスルツからケンリウムまでは7時間もかかるので少し寝た方がいい、とコスモは言ったのに、ラッサムは頑なに目を閉じないまま流れる景色を見つめていた。いつもよりも破棄のない横顔に、そんなに疲れさせてしまったかとコスモは気を揉んだ。
ケンリウムが近づいてくると外を流れる景色も見覚えのあるものになってきてコスモは少し息を吐いた。それを察したように、
「ケンリウムへ帰るのは久しぶりだろう」
と、ラッサムが声をかけてきた。
「それほどでもないと思うけれど……まぁ、でもこんなにケンリウムを離れたのは初めてのことだから、そういう意味では、そうね」
コスモはコブルスルツにはない広い草原を見て、自分の心の中に懐かしい、という気持ちが生まれてくるのを感じていた。
「……コブルスルツにいて寂しいとか帰りたいと思うことはないのか?」
酷く寂しそうな声を出したラッサムを見ると、表情にまで寂しさが広がっていてコスモは狼狽えた。なんだろう、ラッサム、弱っている?
「いいえ、コブルスルツでの生活は楽しいわ。みんな良くしてくれるし、ミーティアもアッサムも、ラッサムもいるから。寂しくない」
コスモがそう言い切ると、ラッサムはまたあの安堵の表情を浮かべた。
「でも、自分が思っていたよりケンリウムの国土を見て懐かしくも思う。住んでいた時は田舎で何もなくてつまらないとすら思っていたのに」
「あ、ずっとケンリウムにいたいっていう意味じゃないわよ?」と、コスモは付け加えて言ってからまた窓の外に目を戻した。やっぱり自分のルーツはこの何もない田舎の小国、ケンリウムなんだということが身体にどんどん染み渡ってきた。
***
ケンリウムに着くと、グリーゼだけではなく父であるサン国王と母のリコラス王妃まで出迎えに出てきたのを見て、コスモは苦笑いを浮かべながらも温かい気持ちが胸からじんわりと広がっていくのを感じた。
そういえばラッサムの妃となることを決めてケンリウムを出た時にはコスモの頭の中はアッサムでいっぱいで、寂しそうな父と母にろくに気遣いの言葉も残さなかった。
そう思うとアッサムへの気持ちは叶わなかったのに、よくこんなにも穏やかな気持ちで帰省できたものだ。それはきっとこの隣りにいるラッサムのおかげでもある。疲れた表情を押し隠してキッと唇を結んだラッサムの横顔を見て、コスモはラッサムとケンリウムに来れてよかった、と思った。
両親とグリーゼの出迎えを受けてラッサムはきっちり挨拶をしたが、食堂に場所を移して紅茶を飲んでいるとどんどん疲れた表情に戻っていった。そんなラッサムを見ていることができず、コスモは両親に断りを入れて、ラッサムを半ば強引に客間へ押し込んだ。初めは渋っていたラッサムだったが、客間に入ると少し安心した表情を浮かべて休むことを承諾してくれた。
コスモが戻ると父は息子に仕事を押し付けて自らの身体を空け、母と共に三人で時間を過ごすことに決めていた。コスモは自分とグリーゼの突拍子のない強引な部分は父譲りだったのだと改めて思い、思わず笑みを零した。ケンリウムへずっといた時には鬱陶しいと思うこともあった両親だが、離れてみると大切にしてくれているんだと気がついて、コスモは二人が安心するまで質問に答えたりコブルスルツでの生活について話した。
結局、夕食まで質問攻めは続き、流石に疲れたと思いながら食堂へ行くと、少しだけ顔色のよくなったラッサムが既に座っていた。遅れてやってきたグリーゼと家族だけでの食事を楽しんだ。食事の間、今度は両親はラッサムを質問攻めにしていたが、時折グリーゼが止めに入ってくれて終始和やかな雰囲気で時間は過ぎていった。




