第二十五話「僕の予言は当たるんだから」
「疲れているのにごめんなさい」
ようやく両親から解放されて部屋へ向かう途中、コスモはラッサムに謝った。
「いや、いいさ。俺の方こそ、本来なら夕食前まで国王と話しをするつもりだったのに、途中で退席してすまなかった」
「それは気にしないで。それに、お父様達もラッサムがいない時に聞きたかったこともたくさんあったみたい。私の本音、とか」
「コブルスルツでの生活のことか?」
「そう。不自由はしていないか、寂しくはないか、とか何度も何度も聞かれたわ」
コスモはやれやれ、といったように芝居がかった溜息をついて、ラッサムに笑ってみせた。
「大丈夫、みんな良くしてくれるし私は幸せよ。だから安心してって、もう夢に出てきそうなくらい同じことを何度も言ったわ」
ラッサムは耐えきれず吹き出すと、
「そうか」
と、目を細めて笑った。何だろう、いつもは無愛想なラッサムが今日は表情豊かな気がする。疲れた表情、寂しそうな表情、それに笑顔まで。笑えばこんなに格好いいのに、なんてもったいないのだろう。
ラッサムの泊まる客間の前に来るとコスモはラッサムと向き合って、
「今日は休んだほうがいいわ。少し顔色は良くなったみたいだけれど、まだ疲れている感じがするし、明日は夜にパーティもあるのだから体力は戻しておいた方がいいわ」
と、告げた。
「しかし……」
ラッサムは先程までの笑顔を消して目を伏せた。その表情が何を意味するかわからないまま、
「ね?」
と、コスモはラッサムを促した。
「わかった」
ラッサムはおやすみ、と告げて客間の中へ消えていった。自分から促したのに閉まった扉を見ると少し寂しい気持ちになったコスモはふるふると頭を振ると、背筋を伸ばして慣れたケンリウムの廊下を歩き始めた。
***
コスモがその足で向かったのは自室ではなく、兄のグリーゼの部屋だった。ノックをして足を踏み入れると、コスモの訪れを予期していたかのようにテーブルにティーセットが用意してあった。
グリーゼの思い通りになってしまったことにコスモは苦い顔をしつつグリーゼの向かいの椅子に腰を下ろした。
「まったく、父上達がコスモを独占するものだから、ろくに話もできなかったよ。ようやく落ち着いて話せるね」
ケンリウムはコブルスルツのように従者は多くないので、グリーゼは自らの手でコスモに紅茶を淹れてくれた。コスモはお礼を言って、よく見慣れたカップを両手で包み込むように持った。
「それにしても、ラッサムとは上手くいっているようで安心したよ」
「どこを見てそう思われたのですか?」
コスモは眉を潜めた。
「おや、違ったかい?」
質問に質問で返されたことにむっとして、コスモは、
「わかりません」
と、だけ言ってぷいっとそっぽを向いた。グリーゼはくすりと笑って果実酒を舐めるように少量口に含んだ。
「ラッサムの様子が前と違ったから」
ぽつりと落とされた言葉にコスモは視線をグリーゼに戻した。
「それは今日、ラッサムが疲れていたからではないですか?ケンリウムに来るために仕事を無理して片付けていましたから」
「疲れているのとは別物だよ。コスモは感じないのかい?」
グリーゼはコスモの瞳をその奥に潜む感情を読み取るようにじっと見つめた。
「確かに……少しだけ、ですが今日は感情が豊かなような気がします」
「あのラッサムが感情豊か。それはものすごい変化じゃないか」
「しかし……前回、兄様がコブルスルツ城にいらしてから、私達の関係は何も変わっていません。ラッサムが私のことをどう想っているかも、まだ……」
コスモは唇をきゅっと結んで俯いた。
「まったく、ラッサムは奥手だねぇ。婚約者にすら自分の気持ちを打ち明けられないなんて」
グリーゼは大げさに首を振って手に持ったグラスを傾けた。
「コスモの気持ちはどうなんだい?あれから変化はあった?」
「それも……わかりません」
コスモは叱られた子供のように俯いたままそう答えた。
「じゃあ結婚はやめてケンリウムへ戻ってくる?」
「それは……」
パッと顔を上げるとしたり顔のグリーゼと目が合って、コスモは再び俯いた。グリーゼはくすりと微笑むと、
「まぁ、心配しなくても大丈夫そうに見えるよ。それにね、コスモ。僕が予言してあげるよ」
と、言ってピッと人差し指を一本、顔の前で立てた。
「きっとすぐに何かが起こる」
「何か、って何ですか」
コスモは不審な顔を隠しもせずグリーゼを軽く睨んだ。
「それはお楽しみだよ」
「もう、また適当なことを」
「適当なんかじゃないさ。僕の予言は当たるんだから」
グリーゼは手を伸ばしてコスモの頭を撫でた。
「安心して楽しみにしているといいよ」
コスモはそのグリーゼの言葉をまったく信じていなかったが、その予言が当たったのはそれからすぐのことだった。




