第二十三話「そんな……いや、待てよ。まさか……」
アッサムに怒りの気持ちをぶつけようと意気込んでいたのに、中庭で昔のことを思い出していたらすっかりその気持ちが大人しくなって、コスモはもじもじと手を擦り合わせた。チラリと横を見ると、アッサムはキョロキョロと中庭を見回していた。
「食事は取ったの?」
「いや、まだだけど、コスモを長く待たせたくなかったから」
「そう……ごめんなさい」
「いいよいいよ、お腹が空いて死ぬわけでもないし。それよりどうしたの、元気ないね」
アッサムは普段と変わらぬ明るい様子でコスモの顔を覗き込んだ。
「今日は兄さんがいないから?」
「えっ、ちがっ……そんなんじゃ、ないから」
コスモは自分でも驚くほど動揺してそっぽを向いた。アッサムはそんなコスモを見てくすりと笑って、
「それで、今日はどうしたの?兄さんのこと?」
と、本題を切り出した。
「いいえ、今日は……アッサムのこと」
「僕のこと?」
アッサムは心底驚いた様子ですっとんきょうな声を出した。
「てっきり兄さんがまた何かしたんじゃないかって、そう思ってたよ」
「また、って」
緊張を忘れてコスモは少し笑った。
「だって兄さん、せっかくコスモが来てくれたって言うのに素っ気ない態度ばかりしてるように思えてさ。僕も何度か言ったんだけどね」
「そうなの?」
コスモのいないところでアッサムがラッサムにそんな話をしているなんて思ってもみなかった。
「うん、もっとコスモに優しくした方がいい。贈り物をしたり、自分の気持ちを伝えたりしなきゃって。そしたら兄さん『コスモには花を贈ったことがある』なんて言ってたけど、もっと宝石とか、女の子が喜びそうなものあるだろ?」
「花でも十分嬉しかったわよ。それに、ミーティアだって私がラッサムに花をもらっているのを見て羨ましそうだったわ」
「え、本当に?」
アッサムは頭を掻いて、
「女心がわかってないのは僕の方だったか」
と、苦い顔をしてから二人で顔を見合わせて笑った。いつものひょうきんなアッサムだ。
「それで、アッサム」
コスモは姿勢を正して顔を無理やり真顔にしてアッサムに向き直った。
「その、ミーティアとのことなんだけど」
「うん」
アッサムも真面目な表情に変えてコスモとしっかり目線を合わせた。
「貴方、ミーティアのこと愛しているのよね?」
「もちろん」
即答で返事が返ってきてコスモの心の底がつん、と痛んだ。
「じゃあそれなのに何故、私とあんな約束をしたの?」
「え?」
要領を得ないアッサムの顔に向けて、
「どうしてミーティアを裏切るようなことをしたの?」
と、コスモはもう一度尋ねた。
「その約束って、コスモが城に来た日に言っていた?」
「そうよ」
怒りがむくむくと蘇ってきてコスモはアッサムを睨みつけた。
「アッサムは覚えていないみたいだけどね」
「ごめん、コスモ。その約束のことなんだけど、どんな約束だったか教えてもらってもいいかな?」
言いたくなんてない。言うつもりもなかった。しかし、ミーティアのために言わないわけにはいかない。コスモは少し間を置いてから口を開いた。
「4年前ここでした約束。その……結婚の」
「結婚!?」
アッサムは大きく目を見開いて固まった。
「そんな……いや、待てよ。まさか……」
口だけそう動かすと、一気に肩を落として「はあぁ~」と深い溜息をついた。予想外の反応にコスモは戸惑って首を傾げた。
「アッサム?」
「あぁ、コスモ。わかった。僕はすべて理解したよ」
そして、アッサムは思いっきり頭を下げた。
「まずは僕から謝る。ごめん!」
「え……」
コスモは唖然として自分に向けられたアッサムの後頭部をただ見つめた。
「このことは僕の口からは今は言えないんだけど、でも誓う。僕はミーティアを裏切ることも、コスモを傷つけるようなこともしていない」
何か口にしたいのに、アッサムの真剣で必死な声を聞いていると開いた口からは何も出てこなかった。
「そして、この先は僕がなんとかする。必ずコスモが幸せになれるようにしてみせるから」
アッサムはそう言うと、本当に申し訳無さそうな顔でもう一度謝って頭を下げた。
「僕からも一つだけコスモに聞きたいんだけど」
真面目な顔でアッサムはコスモに問いかけた。
「コスモは兄さんのこと、好き?」
「え……」
何故ここでラッサムの話が出てくるのか。わけがわからなくてコスモは視線を泳がせた。しかし、アッサムはその質問を取り下げる様子はなく、真剣にコスモを見つめ続けていた。
「……わからない」
ようやくコスモが口にした言葉はそれだった。
「自分の気持ちも、ラッサムの気持ちもわからない」
アッサムのことが好きなはずなのに、コスモはラッサムを好きではない、とは何故か言えなかった。
「そうか」
深く頷くと、アッサムは立ち上がった。
「本当に兄さんは……」
「え?」
コスモが聞き返すとアッサムは振り返ったが、その瞳はコスモが見たこともないくらい怒りが滲んでいて思わず狼狽えてしまった。
「本当にごめん。とにかく僕に任せておいて」
何もわからないし納得もできないのに、その気迫に押されてコスモは頷くことしかできなかった。




