第二十二話「ずっと友達だから」
アウスルツから戻ってきてから数日。変わらぬ日々を過ごしながら、コスモはずっとアッサムと二人きりになる機会を伺ってきた。しかし、自分の婚約者の弟でミーティアの婚約者であるアッサムと二人になる機会は驚くほど訪れなかった。日中はアッサムは公務をこなしていたし、夜はコスモはラッサムと過ごしている。どうにか夜の時間を空けられたとしても、アッサムはミーティアと過ごしているのだ。
そんな中、絶好の機会は突然やってきた。ミーティアが実家のパーティで元々帰省することになっていた日、ラッサムがセントラ国王と国内の有力貴族との会食に出かけることになったのだ。アッサムはミーティアの実家のパーティに参加する予定だったが、コブルスルツ城に残ってラッサムの出るはずだった会議に出席することになった。
このチャンスは逃せない。コスモはそう思い、密かに手紙を書いて誰にも見つからないようにアッサムに渡すようサーシャに頼んだ。サーシャは滞りなくアッサムに手紙を渡してくれた。
手紙には「夜、中庭で待っています」と書いた。コスモは一人での夕食を終えると、まだ会議で戻らないアッサムを中庭で待つことにした。
コスモは中庭の中腹にある、昔アッサムと過ごしたベンチに腰を下ろした。中庭で、と言えば、いくら約束のことを忘れたアッサムでもここに来てくれるだろうと思った。
暗がりで揺れる花を眺めながら、コスモは緊張で身体を固くしていた。ミーティアのためにもアッサムには真実を問いただす必要がある。その思いからアッサムをここへ呼び出したが、思えばラッサムの婚約者としてコブルスルツ城へ来てからアッサムと二人きりで話すなんて初めてのことだ。
アッサムに対する怒りの気持ちは萎えていないのに、二人きりで話せることに対して胸の高鳴りも感じている自分にコスモは複雑な思いを抱いていた。
自分がアッサムに対して恋慕の情を抱き続けることは、ミーティアのためにもラッサムとの今後のことを考えてもいいことではない。ミーティアの話を聞いてアッサムに失望した部分もあったのに、それでもなお燻り続けるこの想いに嫌気が差していた。
小さく溜息をついて、コスモは空を見上げた。空にはいくつかの星が見えたが、月は雲に隠れてその存在が見えなかった。
コスモは指先が痺れるくらいの緊張を抱えながら、何故自分はこんなにもアッサムのことが忘れられないんだろう、と我ながら不思議に思った。
子供の頃、コブルスルツ城に来て初めて出会ったアッサムは、コスモの中では好きな人というより「友達」だった。ケンリウムの姫として生まれたコスモは、いくら小国だといえども姫は姫なので立場の対等な友達はいなかった。仲良くしてくれる貴族の娘はいても、やはり姫という肩書が邪魔をして対等な存在にはなってくれなかった。
しかし、アッサムとラッサムは違った。初めから敬語抜きで話してくれたし、自分に過度な気使いもしなかった。それが心地よく、コスモにとってはこの上なく嬉しいことだった。
出会ったばかりの頃はアッサムの提案でこの広いコブルスルツ城で追いかけっこをしてよく遊んでいた。そういえばその時もアッサムはサーシャに「女の子にそんな動き回る遊びをさせて!」と、怒られていた。コスモはそれが楽しくて仕方なかったので、アッサムがサーシャに怒られるとわかっていながらも追いかけっこをねだったこともあった。
アッサムとコスモがあまりにも暴れまわるので、無理やりにラッサムも含めて三人で部屋に閉じ込められたこともあった。その時ですらアッサムは部屋の中での追いかけっこを提案し、やんわりと止めたラッサムも無理やり引き込んで三人で部屋で騒がしくしていたら、当たり前だがすぐに見つかって三人で怒られた。そうやってアッサムは怒られることの天才で、コスモもそれが楽しくて仕方がなかった。
その時はアッサムに恋心は抱いていなかった。変わったのは、そう、やはり中庭で夜に会うようになってからだ。
昼間はあんなに騒がしく、座っていても競うように自分の話しばかりするアッサムが、夜になると打って変わって聞き役に徹してくれた。中庭が気に入ったコスモに、図鑑で調べたという知識で花についていろいろと教えてくれることも楽しかった。落ち着いた雰囲気で話すアッサムと一緒にいると、遊んでいる時とは違う胸のドキドキがコスモを支配して、いつしかこれが恋だと自覚するようになったのだ。
あの時のように一人夜の中庭に来てアッサムを待っていると、コスモの気持ちも昔に戻っていくのを感じた。アッサムと過ごした中庭での時間はどれもキラキラと輝いていてコスモの深い部分を支配している。
ケンリウムで暮らしていて、夜にふと寂しくなることがあった。父も母も兄もいる。周りには世話をしてくれる人達がたくさんいて、コスモは姫として大切にされている。しかし、もし自分に姫という肩書がなくなってしまったら、自分の周りからはどれだけの人が去っていくことだろうか。自分は実は独りぼっちなんじゃないだろうか。星を見上げながらそんな想いが去来し、コスモはわけもわからず涙を流した。
そのことを、次にコブルスルツ城に来た夜に中庭でアッサムに打ち明けた。するとアッサムは「俺も同じようなことを思うことがある」と、少し低くなってきた声で言った。コスモが目を丸くすると「でも、大丈夫。コスモには僕も、ラッサムも、いる。僕達はコスモが姫じゃなくなっても、ずっと友達だから」と、優しく笑ってくれた。アッサムの髪が風でさらさらとなびいたその光景をコスモはずっと忘れずに大切に仕舞い込んだ。
それからコスモはケンリウムで夜、一人寂しく思う度にアッサムのくれたその言葉を引き出しから出してきて強く握りしめた。私は大丈夫。一人じゃない。
思えばその頃からだ。コスモにとってアッサムが特別な存在になったのは。
辛い時にはいつも思い出した。長い間アッサムがコスモの心の支えになっていた。だから、なのだろう。そう簡単にコスモの中からアッサムが出て行ってくれないのは。
「コスモ」
暗がりから声がしてコスモはハッと顔を上げた。気がつけばアッサムがすぐ側まで来ていた。
「こんなところにいたんだ」
アッサムはそう言って笑うと、すとん、とコスモの隣に腰を下ろした。




