女子会の敵は大体恋愛話
午後八時二十分。
PMCヤタガラス本部から徒歩十五分。
繁華街の外れにある小さな個室居酒屋、その一室に――どう考えても居酒屋の客としては戦闘力が高すぎる四人が集まっていた。
九条ホオズキ。
一条寺アカネ。
篠宮レイナ。
御影紗夜。
ヤタガラスの女性主要メンバーが全員揃うのは珍しい。
だから今夜は、アカネの発案で正式に――
「はい。それでは第一回、ヤタガラス女子会を開催しまーす」
アカネがグラスを掲げた。
「乾杯!」
「かんぱーい!」
レイナが嬉しそうにジョッキをぶつける。
「……乾杯です」
サヤも静かにグラスを合わせる。
最後にホオズキが小さく息を吐いた。
「なぜ私まで参加する必要がある」
「代表だからです」
「理由になっていない」
「女子だからです」
「もっと理由になっていない」
それでもホオズキはグラスを合わせた。
四つのグラスが鳴る。
――カチン。
この瞬間だけ見れば、ごく普通の女子会だった。
もっとも四人とも入店した瞬間に非常口の位置を確認し、サヤに至っては厨房への出入口まで把握していたのだが。
◆
開始から三十分。
テーブルには焼き鳥、唐揚げ、刺身、ポテト、だし巻き卵。
そして何故か大量の枝豆が並んでいた。
「代表」
アカネが唐揚げを指差した。
「食べないんですか?」
「食べている」
「枝豆ばっかりじゃないですか」
「好きなんだ」
三人が止まった。
ホオズキも止まった。
「……なんだ」
「いや」
レイナがニヤニヤしていた。
「代表にも好きな食べ物とかあるんだなーって」
「私は何だと思われている」
「霞を食べて生きてそう」
「撃つぞ」
「休日に拳銃持ってないですよね?」
「持っている」
「持ってんの!?」
サヤが静かに烏龍茶を飲む。
「レイナさん」
「ん?」
「代表を煽る場合、射線には入らないでください」
「サヤまでそっち側!?」
「私は常に安全管理をしています」
「女子会で射線管理するなよ!」
アカネが腹を抱えて笑った。
ホオズキも呆れてはいたが、口元には僅かに笑みが浮かんでいる。
任務中なら絶対に見せない顔だった。
◆
さらに一時間後。
事件は発生した。
原因はレイナだった。
「じゃあさ」
嫌な予感しかしない顔で、レイナが言った。
「みんなの好きな男のタイプ、発表しようよ」
沈黙。
アカネが箸を置く。
サヤの手が止まる。
そしてホオズキは枝豆を剥いた。
「却下」
「早っ!」
「次の話題」
「代表逃げた!」
「戦術的撤退だ」
「女子会で戦術的撤退する人、初めて見たんだけど!」
アカネが面白そうに身を乗り出す。
「でも私もちょっと聞きたいですねえ」
「アカネ」
「仕事じゃありませんので、代表命令は無効でーす」
「覚えていろ」
「はいはい」
完全に包囲された。
ホオズキは三人を見る。
正面、アカネ。
右、レイナ。
左、サヤ。
脱出経路なし。
「……特殊部隊に包囲された時より面倒だな」
「最高の褒め言葉ですね」
アカネが笑った。
「じゃあレイナから」
「え、私!?」
「言い出しっぺでしょう」
「まあね」
レイナは顎に指を当てた。
「んー……強い人かな」
「普通ですね」
サヤが言った。
「ちょっとサヤ」
「もっと変なのが出てくると思っていました」
「私を何だと思ってんの?」
レイナは少し考える。
「でも筋肉とかじゃなくて。いざって時に逃げない人」
その言葉だけ、少し声が静かになった。
アカネもホオズキも、その意味を聞かなかった。
レイナには、かつて所属していた組織に見捨てられた過去がある。
だから――「逃げない」という言葉は、彼女にとって少し重い。
だが直後。
「あと顔」
レイナが付け加えた。
「台無しですね」
サヤが言った。
「大事でしょ!?」
「いま良い話だったのに」
アカネが笑う。
「顔は重要だよ!」
「具体的には?」
「イケメン」
「情報量ゼロですね」
「サヤ今日ちょっと辛辣じゃない!?」
◆
「じゃあサヤ」
「私ですか」
「逃げるなよー」
レイナがニヤニヤする。
サヤは少し考えた。
「……手が綺麗な人」
三人が止まる。
「手?」
アカネが聞き返す。
「はい」
サヤは人を見る時、顔より先に手を見る。
緊張。
恐怖。
敵意。
殺意。
そして武器を抜こうとする予兆。
人間は口では嘘をつけても、手には本音が出る。
「大きいとか?」
レイナが聞く。
「違います」
「指が長い?」
「そういう意味でもありません」
「じゃあ何?」
サヤはしばらく考え――
「人を傷つける必要がない時に、ちゃんと力を抜ける手です」
レイナが黙った。
アカネも黙った。
ホオズキだけが小さく頷いた。
「……サヤらしいな」
サヤは少し恥ずかしそうに烏龍茶を飲んだ。
するとレイナがぼそりと言う。
「なんか私だけ『顔』とか言ってたの、急に恥ずかしくなってきた」
「顔も大事ですよ」
「サヤ優しい!」
「ただし三十年後には変わります」
「急に現実突きつけるな!」
◆
「次、アカネ」
「はいはい」
アカネは日本酒を一口飲んだ。
「私は話が早い人ですね」
「仕事みたい」
レイナが言う。
「大事ですよ。察してほしいとか、俺の気持ち分かるだろとか、そういうの一番嫌い」
「分かる」
「言いたいことがあるなら言う。嫌なら嫌。好きなら好き。金を借りたなら返す」
最後だけ違った。
レイナが眉を上げる。
「恋愛の話だよね?」
「もちろん」
「途中から債権回収になってなかった?」
「気のせいです」
アカネは微笑んだ。
柔和な笑顔だった。
しかしヤタガラスで経理不正をやった人間が見れば、おそらく震える笑顔である。
「あと収入は?」
レイナが聞いた。
「安定している方が望ましいですね」
「出たCFO」
「借金は?」
「理由によります」
「ギャンブル」
「却下」
「車」
「返済計画によります」
「家」
「資産性も考慮します」
「もう融資審査じゃん」
サヤが静かに言った。
「一条寺さんと結婚する場合、信用情報の提出が必要そうですね」
「必要ですよ?」
「いるの!?」
◆
そして。
三人の視線が最後の一人に集まった。
ホオズキは無言で枝豆を食べていた。
「代表」
「……」
「代表?」
「聞こえている」
「好きな男性のタイプ」
「ない」
三人同時に言った。
「嘘」
ホオズキの眉が僅かに動いた。
「お前たち……」
レイナが身を乗り出す。
「強い男?」
「知らん」
「頭いい人?」
「知らん」
「年上?」
「知らん」
「年下?」
「知らん」
アカネが頬杖をついた。
「じゃあ、どういう人なら隣にいてもいいです?」
そこで。
ホオズキの指が止まった。
ほんの数秒。
考える。
そして静かに言った。
「……帰ってくる人だな」
三人が黙った。
ホオズキはグラスの氷を揺らした。
「どれだけ強くても構わない。弱くても構わない。金があろうがなかろうが、それもどうでもいい」
静かな声だった。
「出て行ったなら、帰ってくる。それで十分だ」
誰も茶化さなかった。
ホオズキにとって「帰ってくる」という言葉がどれほど重いのか。
三人とも知っていた。
何人もの仲間を送り出し。
何人もの帰還を待ち。
そして――帰らなかった者もいる。
だからこそ。
ホオズキが人に求める条件は、たった一つだった。
生きて帰ってくること。
しばらく沈黙が流れる。
そして。
「……」
「……」
「……」
ホオズキが顔を上げた。
三人ともニヤニヤしていた。
「なんだ」
レイナが言った。
「代表、意外と重い女?」
「撃つぞ」
「やっぱり銃持ってる!」
◆
女子会開始から三時間。
料理はほぼなくなり、グラスも空になっていた。
「そろそろ出ますか」
サヤが言った。
アカネが伝票を取る。
そして――固まった。
「……誰です?」
声の温度が一気に下がった。
レイナが警戒する。
「何が?」
「この一万二千円のボトル頼んだ人」
沈黙。
ホオズキ。
サヤ。
レイナ。
全員が互いを見る。
「私は頼んでいない」
ホオズキ。
「私も」
サヤ。
アカネの視線が最後の一人へ向く。
レイナが目を逸らした。
「……」
「レイナ」
「……」
「篠宮レイナ」
「……女子会だし?」
アカネが微笑んだ。
「経費では落としませんよ」
「え」
「自腹です」
「待ってアカネ」
「自腹」
「いや、チームの親睦っていう業務上の――」
「自腹」
「代表!」
レイナが助けを求める。
ホオズキは立ち上がった。
「今回の指揮権はアカネにある」
「裏切った!」
「私は経営者だ」
「冷たい!」
「十二年前のボトルを勝手に頼んだ人間に言われたくない」
「だって美味しそうだったんだもん!」
サヤも立ち上がった。
「レイナさん」
「サヤぁ!」
「……頑張ってください」
「見捨てないで!」
ホオズキが個室の扉を開けた。
アカネも伝票を持って続く。
サヤも一礼して出ていく。
残されたレイナが叫んだ。
「ヤタガラスに置き去りという言葉はないんじゃなかったの!?」
廊下からホオズキの声が返ってきた。
「戦場ではな」
「女子会にも適用してよ!!」
その夜。
篠宮レイナは一万二千円を失った。
しかし翌日。
ヤタガラス本部の共有チャットには、一枚の写真が投稿された。
四人で撮った集合写真だった。
いつもの鋭い目を少しだけ緩めたホオズキ。
満足そうに笑うアカネ。
珍しく柔らかな笑顔のサヤ。
そして中央で、満面の笑みでピースするレイナ。
投稿者は九条ホオズキ。
コメントは一行だけ。
《また行くか》
数秒後。
アカネ。
《賛成》
サヤ。
《私も》
そしてレイナ。
《次は経費で》
三秒後。
アカネ。
《却下》
さらに二秒後。
ホオズキ。
《却下》
最後にサヤ。
《却下です》
レイナ。
《三対一は卑怯だろ!!!!》
その日のヤタガラス本部は、珍しく朝から笑い声が絶えなかった。




