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一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


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96. 一目惚れした騎士の隣で

 アリスとノアの結婚式の日は、雲一つない晴天に恵まれた。朝から支度を整えていたアリシアは、鏡の前で最後に髪を確認しているミレイユを眺めながら、先日アリスの家で交わした会話を思い出していた。


 今日の装いは、王妃として人前へ出る時のものとはまるで違う。宝石をいくつも使った髪飾りもなければ、王家の紋章が入った装飾品も身につけていない。選んだのは王都の女性が祝いの席へ出る時に着るような、ごく普通のドレスで、髪も普段より簡素に整えてもらっていた。


「これなら、見ただけで王妃様だと気付かれることはなさそうですね」

「ええ。今日はこれくらいがちょうどいいわ」


 すると、出発する頃合いを見計らってたらしいエドガーが部屋へやって来た。


「ママ!」


  いつもとは違う母親の格好を不思議そうに眺めた後、すぐに笑顔になる。


「きょう、アリスお姉ちゃんの結婚式?」

「そうよ。これから行ってくるわ」

「ぼくも行きたかったなあ」

「帰ってきたら、どんな結婚式だったかいっぱい教えてあげるわ」


 エドガーは少し残念そうにしながらも頷いた。今日はローゼンとともに王宮へ残ることになっている。


「アリスお姉ちゃんに、おめでとうって言っておいて!」

「ええ。ちゃんと伝えておくわ」

「ノアお兄ちゃんにも!」

「もちろん。二人に伝えておくわね」


 アリシアが頭を撫でると、エドガーは満足そうに笑った。その後ろからローゼンも姿を見せ、アリシアの格好を一度眺める。


「良い服装だね。似合ってる」

「そうかしら?これならあまり目立たないと思うわ」

「ああ。だが、護衛からは離れないでくれ」

「ええ。ちゃんと分かってるわ」


 以前なら一人で王都を歩くことも珍しくなかったが、今は立場が違う。今日がお忍びであっても、護衛を置いて一人で出歩くつもりはなかった。


「二人にもよろしく伝えてくれ」

「ええ。帰ったらローゼンにも話してあげる」

「ああ。楽しみにしている」


 娘を抱っこしている夫と息子に見送られ、アリシアはミレイユや護衛とともに王宮を出た。



 ◇



 結婚式が行われる場所へ到着すると、すでに多くの招待客が集まっていた。祝いの日にふさわしい衣装に身を包んだ人々が行き交い、あちらこちらから楽しげな話し声が聞こえてくる。


 その中へ混じっても、アリシアへ特別な視線を向ける者はいなかった。何人かがすぐそばを通り過ぎていったものの、誰も足を止めない。王宮で暮らす者や貴族の中には顔を知っている者もいるため絶対に気付かれないとは言えないが、少なくとも王妃が正式に参列した時のような騒ぎにはなっていなかった。


 今日は前へ出る出番などない。アリスの友人として招かれ、親友が結婚するところを見届けるために来たのだから、それで十分だった。


 式が始まる前に、アリシアは人目を避けながらアリスのもとへ向かった。


 案内された部屋の扉が開き、その奥に立つ親友を見た瞬間、アリシアは思わず足を止めた。


 淡い色の花嫁衣装が、アリスの身体を包んでいた。丁寧に整えられた髪には繊細な飾りが添えられ、普段よりも華やかな化粧が施されている。それでも別人のようには見えない。いつもの明るい表情を浮かべたアリスが、今日だけの花嫁衣装を身につけてそこに立っていた。


「アリシア!」


 こちらに気付いたアリスが嬉しそうに振り返り、衣装を見せるように両腕を少し広げる。


「どう?」

「……綺麗よ。すごく似合ってるわ」

「本当?」

「ええ。今日まで見せてくれなかった理由が分かった気がする。こんなに綺麗なら、当日まで楽しみにしていてよかったわ」


 アリスは嬉しそうに笑った。数日前までいつも通り向かい合って茶を飲んでいた親友が、本当に花嫁になったのだと思うと、アリシアまで胸が弾んでくる。


「ノアにはまだ見せてないの」

「あら、じゃあノアも今日初めて見るのね」

「ええ。どんな顔するかしら」

「きっと驚くわよ。私だって、言葉が出なかったもの」


 その答えが嬉しかったのか、アリスはますます楽しそうな顔をした。ノアへ花嫁姿を見せる瞬間が待ち遠しくて仕方がないらしい。


 やがて式の開始が近づき、いつまでもここにいるわけにもいかなくなった。アリシアがそろそろ戻ろうとしたところで、アリスが呼び止める。


「アリシア」

「何?」

「ちゃんと見ていてね」

「ええ。もちろんよ」


 アリシアは笑顔で頷き、花嫁となった親友をもう一度見てから式の会場へ向かった。




 ◇




 ほどなくして式が始まった。


 先に現れたノアは、普段の騎士服とは異なる正装に身を包んでいた。第二近衛騎士として働いている時とは違う姿でありながら、その表情はいつもの彼らしく真面目で、どこか落ち着かない様子も見える。


 やがて人々の視線が、一斉に入口へ向かった。

 花嫁姿のアリスが現れる。

 その瞬間、ノアの表情が止まった。


 目を見開いたままアリスを見つめ、しばらく視線を動かさない。先ほどまでの緊張すら忘れてしまったような顔を見て、アリシアの口元にも自然と笑みが浮かんだ。


 アリスもすぐに気付いたらしい。ノアと目が合った途端、嬉しそうに笑っている。きっと先ほど自分に尋ねた答えを、もう十分に受け取ったのだろう。


 ゆっくりと進んだアリスは、やがてノアの隣へたどり着いた。


 アリシアは二人の姿を眺めながら、初めてアリスと出会った日のことを思い出していた。王都の広場でたまたま相席になった女性は、婚約者について尋ねられた途端、分かりやすいほど嬉しそうな顔をした。


 自分から何度も話しかけ、少しずつ距離を縮めていったこと。ようやく想いを伝えた日には、返事を待つより先に口づけまでしてしまったこと。アリシアは驚きながらも、その恋が実ったと聞いた時には自分のことのように喜んでいた。


 後になって、その相手が王宮で働く騎士だと知った。さらにアリス自身が隣国の第四王女であり、ローゼンの婚約者候補としてこの国へ来ていたことまで分かり、二人で互いの素性を知らなかったことを笑い合った。


 そんな二人が今、夫婦になろうとしている。


 式は滞りなく進んでいった。二人は向かい合い、これから夫婦として生きていくことを誓う。ノアは真剣な表情でアリスを見つめ、アリスもまた彼から目を逸らさなかった。


 誓いを終えた二人の距離が近づき、やがて唇が重なったのだった。




 ◇




 式を終えた後、アリシアは人が少なくなるのを待ってから二人のもとを訪れた。


 先ほどまで多くの人々に囲まれていた新郎新婦も、ようやく少しだけ落ち着いたらしい。アリスはアリシアを見つけると、すぐに嬉しそうな笑顔を見せた。


「アリシア、今日は本当にありがとう!」

「最初から最後まで、ちゃんと見てたわよ。それに、ノアがあなたを初めて見た時の顔もね」

「やっぱり驚いてた?」

「ええ。しばらくあなたしか見えてなかったみたい」


 アリスは嬉しそうにノアへ顔を向けた。突然話を振られたノアは少し照れたようだったが、否定する気はないらしい。


「とても綺麗だったので……」

「ふふっ。ありがとう、ノア」


 アリシアはそんな二人を微笑ましく眺めてから、改めて祝いの言葉を伝える。


「二人とも、おめでとう。ローゼンからもよろしくって。それからエドが、二人におめでとうって伝えてほしいって言ってたわ」

「まあ、エドガーが?」

「ええ。ノアにもちゃんと伝えてって言ってたわよ」

「ありがとうございます。今度お会いした時に、私からもお礼を申し上げます」


 ノアが答えると、アリスもエドガーにお礼を伝えてほしいと続けた。アリシアは二人からの返事をしっかり預かり、それからノアへ向き直る。


「ノア。これからもアリスと二人で、幸せにね」

「はい」

「もちろんよ。私だってノアを幸せにするんだから」


 アリスがすぐに続けた言葉に、アリシアは嬉しそうに笑った。


「ええ。二人なら大丈夫ね」


 ノアも穏やかに笑い、隣にいるアリスを見つめる。その視線に気付いたアリスも彼を見返し、二人は自然に笑い合った。


 やがて別の招待客が二人を祝うために近づいてきたため、アリシアは場所を譲った。少し離れたところまで歩いてから、もう一度だけ振り返る。


 初めて会った日、アリスは頬を緩ませながら言っていた。


 ――だって大好きなんだもの。私の一目惚れだったのよ!


 あの日、一目惚れした騎士を夢中で追いかけていた女性は、今日、その騎士の妻になった。


「おめでとう、アリス」


 アリシアは小さくそう口にして、親友とその隣に立つ騎士へ笑みを向けたのだった。

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