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一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


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97. 王妃の親友の元王女

 アリスとノアの結婚式から、ひと月ほどが過ぎた。季節は少しずつ進み、王宮の庭園では夏の盛りに咲いていた花が減り始め、代わって秋を迎えるための手入れが進められている。アリシアも王妃としての日々に戻り、午前は各地から届いた報告書に目を通し、午後にはレオナードや担当官と顔を合わせる生活を送っていた。


 そんな毎日の中でも、結婚式の日のことを思い出す機会は何度かあった。王宮でノアの姿を見かければ花嫁姿のアリスを前にして固まっていた彼を思い出し、アリスから手紙が届けば、二人が並んで誓いを交わした光景が浮かぶ。新婚生活を始めたアリスからは以前と変わらない頻度で手紙が届いており、結婚したからといって二人の友情まで変わることはなかった。


 その日も、午前の仕事を終えたアリシアの机には一通の手紙が置かれていた。見慣れた筆跡で名前が記されており、封を開く前から差出人が誰なのかは分かる。少し空いた時間に読むつもりで手に取ったアリシアは、窓から差し込む昼前の日差しの下で封を切り、便箋を広げた。


 書き出しには、新しい家での暮らしについて書かれていた。ノアは以前と変わらず第二近衛騎士として王宮へ通い、アリスもこの国での生活を続けている。結婚前から長く想い合っていた二人でも、一つの家で暮らし始めれば初めて知ることは多いらしく、そんな日々をアリスは楽しんでいるようだった。


 読み進めていたアリシアの目が、便箋の半ばで止まった。


 そこから先に書かれていたのは、新婚生活とはまったく別の話だった。結婚式を終えて間もない頃、アリスのもとへ母国から正式な書状が届けられたらしい。アリス自身も受け取った時には何かの間違いではないかと思ったほどで、長らく途絶えていた故郷からの知らせは、それほど意外なものだった。


 アリスは隣国の第四王女として生まれた。彼女がこの国を訪れたのも、元を辿れば両国の関係を深めたい母国の意向によるものであり、その中心に置かれていたのが当時独身だったローゼンとの婚姻だった。


 国境を接しているからといって、二つの国が常に深い関係を築いていたわけではない。商人や旅人が行き来し、互いに使節を送り合う程度の交流は続いていたものの、王家同士を直接結びつける縁はなかった。アリスの母国では以前からその状況を変えようとする動きがあり、ローゼンが王位に就いてからは、婚姻によって確かな繋がりを作ろうとする考えが強くなっていた。


 そのために送り出されたのが、結婚できる年齢を迎えていた第四王女のアリスだった。


 母国ではかなり期待されていたらしい。王妃候補としてローゼンに気に入られれば、娘が王妃になるだけではなく、王国との間に王家同士の血縁が生まれる。使節を何度送るよりも強い結びつきを得られると考え、アリスがこの国へ向かうまでにも様々な準備が進められていた。


 ところが、当のアリスはローゼンではなく、一人の騎士に恋をした。


 王都で出会ったノアへ一目惚れしたアリスは、自分が何のためにこの国へ送り出されたのかを理解した上で、それでも彼を選んだ。何度も自分から会いに行き、想いを伝え、ノアの返事を聞く前に王都の往来で口づけまでしたという話を、アリシアも初めて出会った日に本人から聞かされている。


 やがてノアもアリスの想いに応え、二人は互いを選んだ。その知らせが母国へ届けば、当然ながら歓迎されるはずもなかった。ローゼンとの婚姻を期待して送り出した王女が、王宮に仕える騎士との結婚を望んだのだから、アリスは与えられていた役目を自ら手放したことになる。


 アリスは王女として用意された将来よりもノアを選び、その結果として母国から勘当された。王族として生まれながら王家を離れ、この国に残って一人の女性として生きていく道を選んだのである。それでもアリシアが知るアリスは、自分の選択を悔やんではいなかった。


 そのアリスが、結婚を終えた今になって母国から許された。


 書状にはアリスとノアの結婚を祝う言葉が記され、かつて下された勘当についても解くことが伝えられていた。以前のように第四王女として宮廷へ戻ることを求められたわけではなく、ノアと別れることを条件にされたわけでもない。アリスがこの国でノアの妻として暮らしていくことを認めた上で、再び故郷との縁を結び直す内容になっていた。


 そこまで読んだアリシアは、便箋を持ったまま少し考え込んだ。アリスがノアと結婚したからといって、以前は認めなかった母国が突然考えを変えるとも思えない。ところが続きを読んでいくうちに、その理由も見えてきた。


 アリスの母国では、彼女が勘当された後も王国との繋がりを求め続けていたらしい。ローゼンとの婚姻によって得るはずだった関係を失った以上、使節の往来を増やし、交易を広げ、王家との関係を少しずつ深めるしかない。アリスが知らないところでも何度か働きかけが行われていたようだが、婚姻ほど直接的に両国を結びつける方法は簡単には見つからなかった。


 ところが年月が経つうちに、母国にとって思いもよらないところから変化が生まれていた。


 勘当した第四王女が、王妃と親友になっていたのである。


 アリスとアリシアが出会った時、二人は互いの身分を知らなかった。王都でたまたま同じ卓を囲み、アリシアは四歳になる息子について話し、アリスは大好きな婚約者について楽しそうに語った。後から互いの正体を知って驚いたものの、そこで生まれた縁は途切れず、二人は何度も顔を合わせるうちに親しい友人になっていった。


 今ではアリスは、王族以外で王宮へ出入りできる数少ない者の一人になっている。王妃であるアリシアを訪ねるために王宮へ足を運び、ローゼンやエドガーとも顔を合わせ、王宮に勤める者たちにも知られている。夫となったノアも第二近衛騎士として王家の警護を担っており、夫婦ともに王家の近くで暮らしていた。


 母国が欲しがっていた繋がりは、いつの間にかそこにできていた。


 もちろんアリスが両国の外交を担っているわけではない。国同士で交わされる条約に名を連ねることもなく、母国の利益を求めてアリシアへ近づいたこともなかった。王宮へ来る理由も、王妃と政治の話をするためではなく、親友であるアリシアに会うためだった。


 それでも、かつてローゼンとの婚姻によって二つの王家を繋ぐことを期待されていたアリスが、今では別の形で両国の間に立っている。


 母国では当初、アリスの選択を大きな失敗だと考えていたらしい。王女を送り出しながら婚姻を結べず、本人は一人の騎士を選び、そのまま国へ帰ることさえ拒んだのだから無理もない。それでも年月が経ち、アリスと王家との現在の関係が伝わるにつれて、母国でも彼女に対する見方が変わっていった。


 王妃アリシアと個人的な友情を結び、王宮へ出入りし、王家とも親しい関係を持つ元王女。その存在によって正式な外交が左右されるわけではなくても、両国の間には以前にはなかった身近な縁が生まれている。アリスの母国が何年も求めていた関係を、本人は国から命じられた婚姻とはまったく違う方法で築いていたのだ。


 アリシアは手紙を読み終えた後も、しばらく最後の一枚を眺めていた。


 初めて会った日のアリスは、目の前にいる女性がローゼンの妻だとは知らないまま、ノアとの恋を楽しそうに語っていた。アリシアも、相席した女性が隣国から送り込まれた第四王女だとは知らず、彼女の大胆な恋の話を聞いて笑っていた。


 二人の間に国の思惑が入り込む余地などなかったからこそ、今まで友情が続いているのだろう。


 アリシアは丁寧に便箋を折り、元の封筒へ戻した。次にアリスが王宮へ遊びに来た時には、きっと本人の口からもこの話を聞くことになるだろう。その時には親友が故郷との縁を取り戻したことを、改めて一緒に喜びたいと思ったのだった。

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