94. 王宮に届いた招待状
午前の執務室には、今日も王妃の確認を必要とする書類や手紙がいくつも運び込まれていた。アリシアは机に向かって一通ずつ内容を確かめ、必要なものには署名を入れていく。少し離れた場所ではミレイユが届いた封書を仕分けていたが、その途中で一通を手に取ると、差出人を確認して嬉しそうに顔を上げた。
「アリシア様。アリス様からですよ」
「アリスから?」
ミレイユから受け取った封書には、確かにアリス・ウェールズの名が記されていた。いつもの手紙より丁寧に整えられた封を見た時点で、アリシアには中身の予想がついていた。期待しながら開いてみると、最初に出てきたのは正式な招待状だった。
そこにはアリス・ウェールズとノア・フェルゼンの名前が並び、二人の結婚式の日取りが記されている。結婚することは以前から聞いていたし、式の準備が進んでいることもアリスから届く手紙で知っていた。けれど具体的な日についてはまだ決まっておらず、アリシアも知らせが届くのを待っていた。
「ついに決まったのね」
アリシアは嬉しくなり、招待状の日付をもう一度確認した。まだ少し先ではあるものの、待ち望んでいた友人の結婚式である。王宮での予定を調整する必要もあるため、後でレオナードにも伝えておかなければならない。
封筒にはもう一通、アリシア個人へ宛てた手紙も入っていた。そちらを開いてみれば、日取りを決めるまで思った以上に時間がかかってしまったことや、決まった途端に本当に結婚するのだという実感が湧いてきたことなどが、アリスらしい言葉で綴られている。
式について相談していた頃から、アリスには何度も言われていたことがある。結婚式の日は王妃としてではなく、自分の友人として来てほしい。今回の手紙にも最後に同じことが書かれており、アリシアは思わず口元を緩めた。
「何度言われなくても、そのつもりよ」
王妃になった以上、本当に肩書きを置いて出かけることなどできない。護衛も必要になるし、招待客の中にはアリシアを王妃として見る者もいるだろう。それでもアリシア自身がどんな気持ちでその場にいるかは別の話であり、アリスの晴れの日に王家を代表して出席するつもりは最初からなかった。
アリシアが結婚式の日取りを伝えると、ミレイユは自分のことのように喜んだ。すぐに衣装の話を始めようとするあたり、正式な知らせを待っていたのは彼女も同じだったらしい。
「では、衣装もそろそろ決めませんと!」
「張り切るのはいいけど、結婚するのは私じゃないのよ」
王妃が出席する以上、あまりに簡素な装いを選ぶことはできないが、花嫁より目立つような格好は論外だった。アリシアが念を押すと、ミレイユはもちろん分かっていると答えながらも、すでに何着か候補を思い浮かべているらしい。これ以上話せば今から衣装選びが始まりそうだったため、アリシアは残っている書類へ視線を戻した。
午前の仕事を終えた後、アリシアは招待状を持ってローゼンの執務室を訪れた。二人の結婚についてはローゼンも以前から知っており、アリシアが友人として式へ出席することもすでに話してある。今回伝えるべきなのは、ようやくその日が決まったということだった。
「アリスたちの結婚式、日取りが決まったわよ」
差し出された招待状を受け取ると、ローゼンは記された日付へ目を通した。アリシアが楽しみにしていたことを知っているためか、ようやく決まったんだなと穏やかに返し、自分の机に置かれている予定表にも目を向ける。
ローゼンが確認したのは、アリシアがその日に王宮を離れて問題がないかということだった。今のところ外せない公務は入っておらず、仮に予定が追加されたとしても日程を動かせるよう、レオナードにも早めに知らせておけばいい。
「予定通り、私一人で行ってくるわね」
「ああ。護衛は連れていってくれ」
「分かってるわよ。そこまで置いていこうとは思ってないわ」
国王夫妻で出席すれば、アリスたちの結婚式へ必要以上の警備を求めることになる。ローゼンが出席しないことも以前から二人で決めており、王家からの祝いは別に用意する予定だった。
ローゼン自身もそれに異論はないらしく、当日の護衛についてだけ確認すると招待状をアリシアへ返した。ところが受け取ろうとしたところで、彼が少し考えるように日付を見つめていることに気づいた。
「どうしたの?」
「いや。少し羨ましいと思っただけだ」
「結婚式が?」
「君が友人として呼ばれていることが」
予想していなかった答えに、アリシアは一度手を止めた。ローゼンは国王になってから、誰かのところへ行く時も必ず国王として迎えられる。幼い頃から王子だった彼にとって、それ自体は珍しいことでもないはずだが、アリシアのように肩書きより先に名前を呼んでくれる相手は多くない。
アリシアは招待状を受け取ると、帰ってきたら式の様子を全部話してあげると約束した。どんな衣装だったのか、アリスがどんな顔をしていたのか、ノアが緊張していたのかまで覚えて帰ってくると言えば、ローゼンも楽しみにしていると笑った。
その日の夜、アリシアは自室の机に座り、アリスから届いた手紙をもう一度広げていた。結婚すると聞いた時から楽しみにしていたはずなのに、日付が記された招待状を目の前にすると、友人が本当に花嫁になるのだという実感が一気に強くなる。
アリシアは新しい便箋を取り出し、ペン先へインクを含ませた。日取りを知らせてくれたことへの礼など、書きたいことはいくつもある。それでも最初に伝えたいことだけは、便箋を前にするよりずっと前から決まっていた。
「おめでとう、アリス」
誰もいない部屋でそう口にしてから、アリシアは友人への返事を書き始めた。今度会う時には、アリスは結婚式を目前に控えた花嫁になっている。その姿を想像すると、自然とペンを持つ手が弾んだ。




