↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/113

88. 我が家の小さなお姫様①

時系列は最終話直後の話です。

 エレナが生まれてから、一か月ほどが経った。出産直後は寝台から起き上がるだけでも周囲に止められていたアリシアも随分と身体が戻り、今では部屋の中を自由に歩き回れるようになっている。まだ以前と同じように一日中動き回ることはできないものの、娘を抱いて過ごす時間も増え、二人目ということもあって赤ん坊の扱いにも慣れたものだった。


「ふぇ……ふぇぇぇぇ……!」


 朝から部屋に響き渡った泣き声を聞きながら、アリシアは寝台へ向かった。エレナは生まれた時から本当によく泣く子で、お腹が空いても眠くても泣き、ようやく眠ったと思って寝台へ置けば、それが気に入らないとばかりに目を覚ますこともある。アリシアが抱き上げて胸元へ寄せ、慣れた手つきで背中を撫でていると、廊下から小さな足音が近づいてきた。


「ママ、エレナ泣いてる!」


 勢いよく入ってきたエドガーは、真っ先にアリシアの腕の中を覗き込んだ。一か月も一緒に暮らしていれば妹の大きな泣き声にも慣れているはずなのだが、聞こえてくるたびに気になるらしく、近くにいればこうして様子を見に来る。泣いている顔まで可愛いと思っているのか、心配そうに眉を下げながらもエレナから目を離そうとはしなかった。


「大丈夫よ。この子は今日も元気に泣いてるだけだから」


 アリシアに言われて安心したらしく、エドガーは近くに置いてあった小さな布のおもちゃを手に取った。エレナが生まれる前、自分で選んだものである。小さな音を鳴らしながら妹の前で動かしてみると、エレナは一度そちらへ目を向けたものの、兄の努力に応える様子もなく再び泣き声を上げた。エドガーは少し残念そうにおもちゃを下ろしたが、アリシアからもう少し大きくなれば遊んでくれると教えられると、大切そうに元の場所へ戻している。


 アリシアが部屋の中をゆっくり歩きながらあやしているうちに、エレナの泣き声も次第に小さくなっていった。先ほどまで真っ赤にしていた顔も落ち着き、母親の腕の中で眠たそうに瞬きを繰り返している。もうすぐ眠りそうだと思っていたところへ扉が開き、今度は仕事をしているはずのローゼンが姿を見せた。


「……落ち着いたのか?」


 その一言で何をしに来たのか分かってしまい、アリシアは呆れた目を向けた。エレナが生まれて以来、ローゼンは娘の泣き声が聞こえると決まって気にするようになり、執務の合間に時間ができれば様子を見に来るようになっている。今日も仕事を抜け出してきたのだろうと問いかければ、ローゼンは少し様子を見に来ただけだと答え、眠りかけている娘の顔を確かめるように近づいてきた。


「毎回来なくても大丈夫よ。私もいるんだから」

「分かっている」

「その割には、昨日も一昨日も来た気がするんだけど」

「……偶然だ」


 アリシアはそれ以上追及しなかった。そんな都合のいい偶然が三日も続くはずはないが、本人が認めないのなら好きにさせておけばいい。それよりもエレナを起こさないことの方が大切で、アリシアが再び腕の中へ目を向けると、そのすぐ隣ではエドガーも同じように妹を見つめていた。


 いつもならエレナの小さな手へ指を差し出したり、眠るまで隣で眺めたりしているエドガーが、今日は何か言いたそうにしている。アリシアがどうしたのかと尋ねると、エドガーはしばらく妹を見たあと、自分も抱いてみたいと言った。これまで抱きたがることはあっても、まだ身体が小さすぎるからと見送ってきたが、一か月が経ってアリシア自身にも余裕が出てきている。もちろん四歳のエドガー一人に任せることはできないものの、横から支えてやれば問題はなかった。


「一人ではまだ駄目だけど、ママと一緒なら抱っこしてみる?」

「うん!ぼく、ちゃんと大事にするよ」


 嬉しそうに返事をしたエドガーを椅子へ座らせると、先ほどまでの勢いが嘘のように身体を固くした。腕をどうすればいいのか分からず、アリシアに言われるまま恐る恐る構えている。そんな息子の姿を見ていたローゼンまで近づいてきて、何かあればすぐ手を出せるような位置に立ったため、アリシアは父親と息子の両方を見ながら小さく息を吐いた。


 エレナの頭と身体を支えたまま、アリシアはゆっくりとエドガーの腕へ娘を預けた。腕の中へ妹が収まった瞬間、エドガーは息を止めたように動かなくなり、今まで何度も触れてきたはずの小さな顔を間近から見つめる。アリシアの手が下から支えているので危険はないのだが、本人は少しでも動けば妹を落としてしまうと思っているらしい。


「……軽い」


 ようやく口から出てきた感想に、アリシアは笑みを浮かべた。生まれた時よりは少し重くなったのだと教えてやると、エドガーは驚いたように妹を見直す。毎日顔を合わせているせいで変化には気づかなかったらしく、小さな身体がちゃんと育っていると知ったことが嬉しいのか、その表情まで少し誇らしげになっていた。


 腕の中でエレナが身じろぎすると、エドガーの肩が大きく揺れた。慌ててアリシアを見るものの、ずっと横から支えていると分かると、ようやく強張っていた身体から少しだけ力が抜ける。そのまま兄の腕に収まっていたエレナは何度か小さく瞬きを繰り返し、やがてゆっくりと目を閉じていった。


「ママ……エレナ、寝た」


 嬉しさを抑えるように声を小さくしたエドガーへ、アリシアはお兄ちゃんの抱っこが気に入ったのかもしれないと返した。途端にエドガーの顔が明るくなり、すぐ近くにいるローゼンへ妹の寝顔を見せようとする。それでも身体を動かせば起こしてしまうと思い出したらしく、顔だけを父親へ向けた。


「パパ、見て。ぼくが抱っこしたら寝たよ」

「ああ。上手だな、エドガー」


 父親に褒められたエドガーは、嬉しそうに妹へ目を戻した。自分の腕の中で眠っていることがよほど嬉しいらしく、何度見ても飽きない様子で小さな寝顔を眺めている。ローゼンもその隣から娘と息子を見ており、結局アリシアを含めた三人で一人の赤ん坊を囲む形になっていた。


 しばらくすると、エドガーの腕が少しずつ下がり始めた。四歳の身体でいつまでも同じ姿勢を保てるはずもなく、それでも本人は妹を離したくないらしい。まだ大丈夫だと言い張る息子を宥め、アリシアは眠っているエレナをゆっくりと抱き上げた。


 腕の中から妹がいなくなると、エドガーは名残惜しそうに両腕を見つめていた。そんな息子を見て微笑みながら、アリシアは眠った娘を寝台へ移そうと身体を屈める。背中が寝具へ触れたところでエレナの顔が僅かに歪み、嫌な予感を覚えた直後には、小さな口が大きく開いた。


「ふぇぇぇぇぇ……!」


 再び響き始めた泣き声に、エドガーはすぐ椅子から立ち上がった。もう一度自分が抱くと言い出した息子をアリシアが座らせている横では、ローゼンまで娘を抱こうと両腕を差し出している。つい先ほどまで眠っていたとは思えないほど元気に泣くエレナを抱き直しながら、アリシアは自分以上に抱きたがっている二人を順番に見た。


「……この子、抱っこしてくれる人には一生困らなさそうね」


 エレナはそんな母親の言葉など聞こえていないかのように泣き続け、エドガーは妹のそばから離れようとしない。ローゼンも仕事へ戻る様子を見せずに立っていたため、アリシアはしばらく黙っていたものの、とうとう娘をあやしながら扉の方へ顔を向けた。


「ローゼン。そろそろ仕事に戻りなさい」


 名残惜しそうに娘を見てから部屋を出ていく夫を見送り、アリシアは思わず笑ってしまった。


 腕の中で大きな声を上げる小さな娘と、その娘を可愛がりたくて仕方のない父親と兄。家族が一人増えた王宮の朝は、以前よりも随分と賑やかになっていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。