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一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


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8. ローゼンの強硬策(お姫様抱っこ)

「嫌よ!どうして貴方について行かなきゃいけないのよ!」


 アリシアはローゼンの手を激しく振り払った。突然現れ、エドガーが自分の子どもだと知った途端、今度は二人を王宮へ連れ帰りたいと言い出す。そのあまりにも身勝手な申し出を、素直に受け入れられるはずがなかった。


「私たちはここで暮らしているのよ。エドガーには友達もいるし、村のみんなにも可愛がってもらっているわ。それなのに、貴方の都合だけで全部捨てて王宮へ行けなんて、勝手なことを言わないで!」


 感情を抑えきれず、声が大きくなる。目の奥が熱くなり、アリシアはそれを見られまいと顔を背けた。しかし、服の裾を小さな手で引かれ、すぐに我へ返る。


「ママ……泣かないで」


 エドガーが不安そうに見上げていた。いつもなら元気よく動き回っている息子が、今は怯えたように身体を小さくしている。その姿を見たアリシアは慌ててしゃがみ込み、エドガーをしっかりと抱き寄せた。


「ごめんね。怖がらせちゃったわね。ママは大丈夫よ」

「おじさんにいじめられたの?」


 エドガーはローゼンを警戒するように見つめながら、アリシアの首へ腕を回した。その問いにどう答えるべきか迷っていると、ローゼンが僅かに表情を曇らせる。


「その人に困らされているだけよ。でも、エドが心配することはないわ。ママがちゃんと話をするから」

「ぼくも守る」


 エドガーはアリシアの腕から抜け出すと、小さな身体で母親の前へ立った。両腕を精いっぱい広げ、ローゼンから守ろうとしているらしい。ローゼンの腰にも届かないほどの背丈しかないが、その顔だけは真剣だった。


 ローゼンはしばらく黙ってエドガーを見つめたあと、ゆっくりと膝を折った。


「君は、ずっと守ってきたのか」

「うん。ママはぼくが守るの」

「そうか。立派だな」


 ローゼンに褒められ、エドガーは少しだけ得意そうに胸を張った。しかし、すぐにアリシアの前へ戻り、ローゼンをじっと睨みつける。


 ローゼンは立ち上がると、迷いを振り切るようにアリシアへ向き直った。


「すまない。君が嫌がっていることは分かっている。それでも、私は二人をこのまま置いて帰ることはできない」

「だから、どうしてなのよ。貴方はさっきから何も説明しないじゃない。理由も話さないまま、自分について来いなんて言われて、誰が納得すると思っているの?」


 アリシアが問い詰めても、ローゼンは答えなかった。言葉を探すように唇を開きかけたものの、結局は重い沈黙を返すだけである。その態度に、アリシアの苛立ちはますます強くなった。


「何も話さないくせに、自分の要求だけは通そうとする。そんな人について行くつもりはないわ。もう話は終わりよ」


 エドガーの手を取り、ローゼンへ背を向ける。これ以上話しても無駄だと思ったのだ。このまま夕食の支度を始め、ローゼンが帰るまで無視してやろうと考えた。


 だが、最初の一歩を踏み出すよりも早く、背後からローゼンの声が聞こえた。


「悪い、アリシア」

「何が悪いのよ。謝るくらいなら、さっさと――きゃっ!?」


 言葉の途中で身体が宙へ浮いた。背中と膝裏へ腕を回され、そのまま軽々と抱き上げられたのである。突然視界が高くなり、驚いたアリシアは反射的にローゼンの首へ腕を回してしまった。


 これではまるでお姫様抱っこだ。


 至近距離で視線が重なる。

 数秒ほど何が起きたのか理解できず、アリシアは目を見開いたまま固まっていた。やがて自分がローゼンに抱き上げられていると気付き、頬から耳まで一気に熱くなる。


「ちょ、ちょっと!何をしているのよ!」


 慌てて腕を離そうとしたものの、身体が傾きそうになり、再びローゼンの肩へしがみつくことになった。それがさらに恥ずかしく、アリシアは真っ赤になりながら身を捩る。


「下ろしなさい!今すぐ下ろして!こんなの聞いてないわよ!」

「先に言えば、大人しく抱き上げさせてくれたのか?」

「そんなわけないでしょう!」


 ローゼンはアリシアを落とさないよう腕へ力を込め、そのまま玄関へ向かって歩き始めた。背中と膝裏をしっかり支えられているため、どれだけ身体を動かしても抜け出せそうにない。


 それどころか、暴れるたびにローゼンの胸へ身体が近付いてしまう。昔より逞しくなった腕や、外套から漂う懐かしい石鹸の香りまで意識してしまい、アリシアの顔はさらに熱くなった。


「放して!聞いているの!?」

「聞いている。だが、今ここで下ろせば、君は私から逃げるだろう。二度と顔も見せてくれないかもしれない。だから今だけは、嫌われても離すつもりはない」


 ローゼンは真剣な顔で言い切った。その言葉に一瞬だけ胸が揺れたものの、アリシアはすぐに気を取り直し、拳でローゼンの胸を何度も叩いた。


「勝手なことを言わないで!そもそも、これではまるで……その……」


 アリシアが声を上げると、それまで二人を見上げていたエドガーがぱっと目を輝かせた。


「わあ!ママがお姫様になってる!!ママ、顔赤いよ?」


 必死に否定しようとするアリシアとは対照的に、エドガーはすっかり楽しそうな様子だった。ローゼンの周囲を小さな足で歩きながら、いつもより高い位置にいる母親を見上げている。


 家の外では、物音を聞きつけた騎士たちが集まり始めていた。先ほどまで室内から怒鳴り声が聞こえていたため、何か起きたのではないかと心配していたらしい。しかし、扉が開き、国王がお姫様抱っこをしたまま現れた途端、誰もが言葉を失った。


 先頭にいた若い近衛騎士は口を半開きにし、ローゼンとアリシアを何度も見比べている。後ろに並ぶ騎士たちも似たような反応だったが、国王の私事へ口を挟む勇気はないらしく、一斉に視線を逸らした。


「見ないふりをしているつもりでしょうけど、全員しっかり見ているじゃない!」


 アリシアが恥ずかしさに耐えきれず叫ぶと、騎士たちはますます露骨に空や地面を眺め始めた。その中で若い近衛騎士だけが我に返り、取り残されていたエドガーのもとへ駆け寄る。


「エドガー様、危ないので私と一緒に馬車へ参りましょう。これはあまり長く見続けるものでは……」

「なんで?」


 無邪気な問いを向けられ、若い騎士は返答に窮した。助けを求めて周囲を見回すが、他の騎士たちは誰一人として目を合わせようとしない。


「隊長、こういう時は何と説明すればよいのでしょうか」

「……君たちは他の対応にあたって下さい。この子は自分が連れて行きます。こういうのは得意ですから」


 若い騎士が途方に暮れている間にも、エドガーはローゼンのあとを追いかけていく。仕方なくその背後へ回り、迷子にならないよう両肩へ手を添えた。


 家の周囲には、今度は村人たちまで集まり始めていた。国王が村へ現れたというだけでも大事件なのに、その国王がアリシアを抱えて歩いているのである。驚くなという方が無理だった。


「陛下、何をなさっているんですか!」


 村の誰かが言う。


「見れば分かるだろう。抱き上げているんだ」

「ローゼン!村の人に真面目に答えなくていいから、今すぐ下ろして!」


 ローゼンは村人たちの視線を浴びても、歩みを止めようとはしなかった。腕の中で暴れるアリシアを落とさないよう抱え直し、そのまま馬車へ向かって進んでいく。


 アリシアは顔を隠すようにローゼンの胸元へ伏せそうになったが、そんなことをすれば自分から抱きついているように見えてしまう。かといって顔を上げれば、村人たちの好奇心に満ちた視線とぶつかる。どちらを選んでも恥ずかしい状況に、とうとうローゼンの胸へ額を押し付けた。


「……もう最悪」

「すまない」


 少しも悪びれず同じ答えを返され、アリシアは力なくローゼンの胸を一度だけ叩いた。


 その後ろでは、エドガーが若い近衛騎士の隊長と手を繋ぎながら、楽しそうに声を上げている。


 こうしてローゼンは、真っ赤になって抗議を続けるアリシアを腕に抱えたまま、何事もない顔で馬車へ向かっていった。そのあまりにも堂々とした強硬策に、止めるべき騎士たちでさえ、ただ黙って道を開けることしかできなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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