76. 後日談
オリーファが拘束されてから数日、彼女の私室や保管されていた書類、関係者が残していた記録の確認が進められた。それまで別々の事件として見えていたものも、調べれば調べるほど一つの目的へ繋がっていく。
四年前、オリーファが最初に狙っていたのは、先王そのものを殺すことではなかった。正妃を失って心身ともに弱っていた先王へ少しずつ毒を与え、さらに判断力を鈍らせ、自分の言葉へ依存させる。表向きには先王が国を治めていても、その傍らでオリーファの意向が通りやすい状態を作り上げ、王妃ではないにもかかわらず王宮内で大きな影響力を持とうとしていたことが、残された記録からも少しずつ見えてきた。
しかし、彼女が考えていたのは先王が生きている間だけではなかった。先王が亡くなれば、王位は当然ローゼンへ移る。ローゼン自身は王太子としての支持も強く、正面から王位を奪うのは現実的ではない。
そこでオリーファが狙ったのが、その次だった。自分の息子を王太子に押し上げることができれば、ローゼンの治世になっても王宮から完全に排除されることはない。次代の王となる者の母として影響力を持ち続け、その周囲へ自分に従う者を集めれば、王家の中心に居続けられると考えていたらしい。
そのためには、ローゼンに正統な後継者を作らせないことが何より重要だった。そして、オリーファが最も警戒していた相手がアリシアだった。
幼い頃からローゼンの傍にいて、長年想われ続けた末に正式な妻となった相手である。
二人の間に子どもが生まれれば、オリーファの息子が王位継承者として選ばれる可能性などほとんどなくなる。だからこそ四年前、オリーファは弱りきった先王の疑念を利用し、レインフォート家の金脈を理由にアリシアをローゼンから引き離すよう誘導した。アリシアさえ王宮から消えれば、少なくとも二人の間に王位継承者が生まれることはない。そう考えていたのだ。
そして実際に、アリシアは王宮を去った。
そこまでは、オリーファの思惑通りだった。
だが四年後、アリシアが戻ってきた時、その前提は完全に崩れた。
彼女には子どもがいたのだ。それも男児であり、ローゼンの実子である可能性が極めて高い。
四年前に王宮から追い出した時点で、すでにアリシアがローゼンの子を身籠っていたことなど、オリーファは想定していなかった。エドガーは、彼女にとって四年前からすでに存在していた最大の誤算だったのである。
アリシアが王宮へ戻って以降、オリーファの動きが急激に激しくなった理由も、それで説明がついた。最初はエドガーが本当にローゼンの子なのかという疑いを広げ、血縁そのものへ疑義を持たせようとした。それでも正式な確認が行われることになれば、その手続きへ妨害を仕掛ける。さらに実子だと認められれば、今度は王太子として認められる流れそのものを止めようとする。奇襲や、その後エドガー本人へ手を伸ばそうとしたことまで含め、根底にあった目的は変わっていなかった。エドガーさえ王太子にならなければ、自分の息子を次代の候補として残せる。そのためなら、王宮内に残っていた自派の人間も、政治的な混乱も、利用できるものは何でも使うつもりだったらしい。
もっとも、すべてをオリーファ本人が細かく命じていたわけではなかった。彼女に長く従っていた者の中には、その意向を推し量って独断で動いた者もおり、先走って行動した者もいた。
それでもオリーファは止めるどころか、自分に都合のいい結果が出ればそのまま利用していた。責任を免れる余地はなく、拘束後は彼女を中心としていた派閥も急速に崩れていった。関与の深さに応じて処分が進められ、王宮に長く残っていたオリーファの影響力は、ようやく完全に失われつつあった。
ローゼンは一連の報告書を読み終えると、そのまましばらく黙っていた。隣に座っていたアリシアも最後まで目を通し、やがて資料を閉じる。
「全く……これじゃあまるで、私達の結婚前のやらかしが、周りに回って正しかったって事になるじゃない」
アリシアはそう言って、ようやく少し笑った。その表情には、以前のような強い怒りはもうなかった。オリーファが何を考えていたのかを知っても、今さら驚くことは少ない。それよりも、四年前から続いていたものが本当に終わったのだという実感の方が大きかった。
それから数日が経つと、王宮にも少しずつ普段の空気が戻り始めた。ローゼンも溜まっていた仕事へ戻ったが、病み上がりだったこともあり、周囲からはまだ無理をしないよう言われている。本人も最初のうちは素直にしていたものの、いつまでも大人しくしていられる性格ではなかった。
その日、アリシアが部屋を訪れると、机の上には予定より明らかに多い書類が積まれていた。
「……またやってる」
「大丈夫、大丈夫だ。アリシア。心配しなくていい」
「『大丈夫だ。アリシア』じゃないでしょう!それ、今日やる予定じゃなかった書類も混ざってるじゃない」
「もう治ったから良いんだ」
「治ったかどうか決めるのは私よ」
「なぜ君が決めるんだ」
「この前まで熱出して寝込んでた人に言われたくないわ」
アリシアは当然のように机の前まで来ると、ローゼンが手を伸ばしかけていた書類を取り上げ、別の場所へ置いた。ローゼンも黙って見ているつもりはなく、まだ仕事はできると主張したが、アリシアは聞く耳を持たない。
「一日くらい減らしても国は滅びないでしょう」
「そういう問題ではない」
「そういう問題よ。貴方は昔から、できると思ったら何でも抱え込むんだから」
そこまで言い合ってから、二人はほとんど同時に口を閉じた。
妙に懐かしかった。
四年前より前にも、こういうことは何度もあった。ローゼンが無理をすればアリシアが勝手に止め、アリシアが何かをやりすぎれば今度はローゼンが口を出す。どちらも簡単には引かず、最後には何を言い争っていたのか分からなくなる。離れていた四年間の方が長い夢だったように思えるほど、今のやり取りは昔と何も変わっていなかった。
ちょうどその時、扉の向こうから小さな足音が近づいてきた。
「ママ?パパ?」
入ってきたエドガーは、二人の顔を交互に見たあと、不安そうに眉を下げた。
「喧嘩してるの?」
「してないわよ」
「していない」
声が綺麗に重なった。
二人とも一瞬黙り、先に吹き出したのはアリシアだった。
「……何よ、それ」
「君が同じことを言ったんだろう」
「貴方だって言ったじゃない」
ローゼンまで笑い始めたことで、エドガーはますます不思議そうな顔をした。それでも本気で喧嘩しているわけではないと分かったらしく、ほっとした様子で二人の間へ近づいてくる。
アリシアはそのままローゼンの隣へ座った。以前なら少し離れた椅子を選んでいたこともあったが、今はそんなことを考えもしない。エドガーが当然のように二人の間へ入り込み、ローゼンの腕へ寄りかかりながら今日あったことを話し始めると、アリシアもそこへ口を挟み、ローゼンも時々返事をする。
話している内容は本当にどうでもいいものだった。エドガーが昼食で苦手な野菜を残しかけたことや、庭で見つけた虫のこと、第二近衛の誰が一番高く持ち上げてくれたかという話まで続き、その途中でアリシアとローゼンがまた別のことで言い合いになる。それでも今度はエドガーも心配せず、二人の間に座ったまま楽しそうに笑っていた。
結局そのあとも、アリシアとローゼンはエドガーを挟んでくだらないことで言い合い、時々笑った。四年前なら当たり前だった時間が、いつの間にかまた当たり前のように戻ってきていた。
オリーファの子どもは追放される事なく、保護という形になりました。




