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一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


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73. オリーファを呼べ

 先王の酒器から紫色の粉が見つかり、その性質が現在の事件で使われた毒と極めて近いことまで分かったことで、これまで曖昧だった疑いは確信に近い形となった。それでも、ローゼンはすぐにオリーファを捕らえようとはしなかった。状況だけを見れば疑いは十分に濃いが、本人が毒を入れた瞬間を示す直接的な証拠までは残っていない。

 四年前、自分たちが確かな証拠もないまま疑われ、その結果として何を失ったのかを考えれば、同じやり方で誰かを断罪することだけは避けたかった。


 アリシアもそこは分かっていたらしく、机の上に置かれた酒器と記録をしばらく見比べたあと、これ以上同じものを調べ続けても急に決定的な証拠が出てくるとは思えないと判断した。


「……本人に聞けばいいんじゃない?」


 ローゼンはその言葉に顔を上げた。オリーファをここへ呼べば、こちらが先王の死について調べていることも、何かしらの手掛かりを掴んでいることも知られる。それでも、ここまで来て何もせずに終わらせるつもりはなかった。本人が何を覚えているのか、どう答えるのか、直接確かめる必要がある。


「呼べば、もう後には戻れないぞ」

「戻る必要ある?」


 迷いのない返事に、ローゼンは小さく息を吐いた。それからオリーファを呼ぶことを決めると、最初から罪人として捕らえるのではなく、先王の晩年について確認したいことがあるとだけ伝えるよう命じた。ただし、本当に先王の死に関わっていた場合、こちらが何を掴んでいるのか察した途端に逃げようとする可能性もある。そこで事情を知る近衛だけを水面下で配置し、部屋へ入ったあとはローゼンの許可なく退出させないよう準備を整えることにした。


 使いの者がオリーファのもとへ向かうと、アリシアはすぐに机の上を片づけ始めた。本人が来るまでにできることは、まだ残っている。


「ローゼン。先王が飲んでいたのと同じ種類の葡萄酒、用意できる?」

「ああ。それなら酒蔵に残っているはずだ」

「それと、もう一つ使わせてほしいものがあるの。この前の毒よ。ほんの少しでいいわ」


 ローゼンは一瞬だけ表情を変えたが、アリシアが何をしようとしているのかを聞くと、すぐに納得した。現在の事件で回収された毒をそのまま見せるだけでは、先王の酒器に残っていた粉との繋がりが分かりにくい。ならば同じ毒を乾燥させ、実際にどのような粉になるのかを皆の前で示した方が早い。さらにその粉を濃い葡萄酒へ混ぜれば、見た目で気づけるのかどうかもその場で確認できる。


 ローゼンは必要最低限の量だけを使うことを条件に許可を出した。ほどなくして、先王が好んでいたものと同じ種類の濃い葡萄酒と、厳重に管理されていた毒が運ばれてくる。アリシアは必要な道具を揃えると、毒をほんの僅かだけ取り分け、その一部を乾燥させた。水分が抜けるにつれて残ったものは細かな粉となり、先王の酒器の溝から採取されたものとよく似た状態になっていく。


「……やっぱり、かなり近いわね」


 アリシアは乾燥させた粉を小さな容器へ移し、先王の酒器から採れたものと並べた。色合いには年月による違いがあるものの、状態そのものはよく似ている。これだけで完全に同一のものだと言い切ることはできないが、少なくとも液体だった毒を乾燥させると、酒器に残っていたものと似た粉になることは確認できた。


 次にアリシアは、用意された葡萄酒を別の器へ少量だけ移した。かなり色が濃く、光へ透かしても向こう側がほとんど見えないほどだった。そこへ乾燥させた粉をほんの僅かに落とすと、粉はゆっくり沈み、やがて溶けていった。しかし、水へ溶かした時のようにはっきりと紫色が目立つことはなく、見た目だけでは毒が混ざったかどうかほとんど分からない。


 ローゼンも器を覗き込み、しばらく見比べてから小さく息を吐いた。


「これでは気づけないな」

「ええ。普通に出されたら、見ただけじゃ分からないと思うわ」


 アリシアはその結果も記録すると、最後に自分の解毒剤を机の上へ置いた。今回の準備は誰かを驚かせるためのものではない。オリーファ本人だけでなく、同席する者たちにも、先王の身に何が起きていた可能性があるのかを実際に見せるためのものだった。毒を乾燥させれば酒器に残っていたものと似た粉になること、その粉を水へ溶かせば紫色を示すこと、さらに濃い葡萄酒へ混ぜれば見た目では判別しにくくなることを、一つずつその場で再現するつもりだった。


 机の上には、先王の酒器、そこから採取された粉、現在の事件で回収された毒、その毒を乾燥させた粉、濃い葡萄酒、そして解毒剤が並んだ。最初からすべてをオリーファの目の前へ出しておく必要はないため、必要な時に順番に示せるよう位置を整えていく。


 その間にローゼンは、対面の場へ誰を同席させるかも決めた。証拠の確認が必要になる以上、近衛だけでは足りない。記録を扱う者や、必要であれば毒の性質を確認できる者も呼び、後から話が食い違わないよう複数の目で見届けさせることにした。オリーファとのやり取りそのものも、できる限り記録へ残すつもりだった。


 アリシアは準備したものを一つずつ確認しながら、葡萄酒の器を少し離れた場所へ置いた。毒を混ぜたものと安全なものが絶対に混同されないよう、置く位置も明確に分ける。解毒剤もすぐ手に取れる場所へ置き、万が一にも誰かが誤って口にすることがないよう注意を徹底した。


「これなら、実際に見せられるわね」

「ああ。言葉だけで説明するより分かりやすい」

「でしょう?先王の酒器に残っていた粉がどういうものだったのかも、葡萄酒に混ぜたらどう見えるのかも、その場で見てもらえばいいわ」


 ローゼンは頷いた。アリシアが用意しているのは、相手を陥れるための仕掛けではない。ここまで調べて分かったことを、その場にいる全員が同じ条件で確認できるようにするためのものだった。


 準備が終わる頃、使いに出していた近衛が戻ってきた。


「陛下。オリーファ様へお伝えしました。間もなくこちらへ参ります」

「分かった」


 ローゼンはそう答えると、改めて部屋の外の配置を確認した。オリーファが入ったあとは、許可なく退出させない。ただし本人が抵抗しない限り拘束はせず、最初から罪人として扱うようなこともしない。まずは話を聞き、その答えと目の前にある証拠を一つずつ照らし合わせる。


 アリシアも準備を終え、ローゼンのすぐ隣へ立った。


「大丈夫。今回は私もいるわよ」


 改めて告げられ、ローゼンは少しだけ口元を緩めた。


「ありがとう。アリシア」


 それ以上の言葉は必要なかった。


 四年前とは違い、今回は二人で同じものを見て、同じところまで辿り着いている。だからローゼンも、アリシアを遠ざける理由など考えなかった。


 廊下の向こうから、誰かが近づいてくる足音が聞こえ始める。


 あとは、本人から聞くだけだった。


「――オリーファを呼べ」

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