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一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


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71. 先王の遺品

 ローゼンの熱がほとんど下がったのは、それから少し経ってからだった。まだ完全に本調子とは言えないものの、寝台から起き上がって部屋の中を歩く程度なら問題はない。もっとも、本人がそう判断しているだけで、アリシアはまるで信用していなかった。少し長く起きていれば額へ手を当てられ、書類へ手を伸ばせば休めと言われる。四年前のことをすべて聞いたあの日以降、アリシアの中に残っていた大きなわだかまりが解けたこともあって、二人の距離は急速に昔のものへ戻りつつあった。


 もちろん、正式に再婚したわけではない。それでも以前のように互いの距離を探るような空気は薄れ、アリシアの方からローゼンへ触れることも増えていた。今日も寝台から起き上がろうとすれば当然のように腕を取られ、まだ少し熱があるのではないかと額へ手を当てられた。大丈夫だと答えても納得せず、ローゼンが執務机へ移動して書類を広げると、今度は隣の椅子を引き寄せて座る。肩が触れそうなほど近い距離だったが、アリシアはまるで気にしていなかった。


「……近くないか?」

「何が?」

「いや……何でもない」


 尋ねたところで、本気で分かっていないらしい。アリシアはそのまま書類を覗き込み、ローゼンの服の襟が少し乱れていることに気づけば、何の躊躇いもなく手を伸ばして直した。ローゼンは一瞬だけ身体を固くしたものの、追い払うようなことはしなかった。嫌どころか、むしろ嬉しい。ただ、四年間ずっと失われていた距離が急に戻り始めたことで、身体の方がまだ慣れていないだけだった。


 そんな中でも、止めておくわけにはいかないことがあった。先王の死についての調査である。これまでに分かっているのは、先王が晩年、濃い色の葡萄酒を頻繁に口にしていたこと。その酒をオリーファが勧めたり、自ら持ち込んだりしていた記録が複数残っていること。そして、血縁確認の一件や先日の奇襲で使われた毒が、いずれも紫色だったことだった。もちろん、これだけで先王の死と現在の事件を同じものだと断定することはできない。それでも、調べずに済ませられる段階ではなくなっていた。


「先王の遺品を確認してくる」


 ローゼンがそう告げた瞬間、隣にいたアリシアが顔を上げた。


「私も行くわ。いた方が薬関係は分かるでしょう?」


 当然のように言われ、結局、二人で先王の遺品が保管されている場所へ向かうことになった。


 保管庫には、先王が生前使っていたものの多くが整理された状態で残されていた。衣類や装飾品、古い書簡、日常的に使っていた食器類まで、種類ごとに分けられている。すでに必要な確認を終えたものもあったが、今回二人が探すのは晩年に私室で使われていた酒器だった。ローゼンにとって、父の遺品を一つずつ見ることには今でも複雑な感情があった。


 二人は保管記録と照らし合わせながら、先王が晩年に使っていた食器や酒器を確認していった。私室へ持ち込まれていたもの、食事の際に使われたもの、オリーファと過ごしていた部屋へ運ばれた記録があるもの。一見すればどれも普通の酒器であり、長く保管されていたこともあって多少の埃が付いているものもある。アリシアも最初は外観や材質を確かめる程度だったが、いくつか見ているうちに、ふと一つの酒器を手にしたところで動きを止めた。


「……どうした?」


 ローゼンが尋ねても、アリシアはすぐには答えなかった。酒器を目の高さまで上げ、内部を見るだけではなく、縁や底、装飾の細かな部分まで角度を変えながら確認し始める。その見方が明らかに先ほどまでとは違っていた。


「何か気になるのか?」

「少しね」


 アリシアは酒器から目を離さずに答えた。


「もし使われていた毒が、最初から葡萄酒に溶けた状態で用意されていたんじゃなくて、あとから何かを混ぜたものだったとしたら……酒器そのものに痕跡が残ってる可能性はないかしら」


 ローゼンも酒器へ目を向けた。


「洗われていてもか?」

「綺麗な場所ならほとんど残らないでしょうけど、細かい溝まで完全に同じとは限らないわ。もちろん、今の段階じゃ何も分からないけど」


 アリシアはそう言って、すぐに不用意に触れるのをやめた。今ここで何かが見つかったわけではない。長い年月が経っており、すでに何度も洗浄されている可能性もある以上、何も残っていない方が自然かもしれない。それでも、調べる場所を酒そのものだけに限定する必要はなかった。


 そこから二人は、酒器の見方を変えた。アリシアは内側だけを見るのではなく、縁や底、装飾の溝など、汚れが残りやすそうな場所を重点的に確認していく。ただし直接指で擦ったり、付着しているものをその場で取り除こうとはしなかった。古い埃なのか、それ以外の何かなのかは見ただけでは分からず、もし何らかの痕跡が残っていたとしても、ここで弄ればかえって調べにくくなるからだった。


 ローゼンはその様子をしばらく見守っていたが、やがてアリシアが一つの酒器の前で長く手を止めた。


「これ……」


 記録を確認すると、先王が亡くなる少し前まで私室で使っていたものの一つだった。他の酒器に比べて装飾が細かく、側面には複雑な意匠が施されている。日常的に使うには少し手入れの面倒そうな品だったが、先王が気に入っていたらしく、晩年にも何度か使われた記録があった。


 アリシアはその酒器を持ち上げることさえせず、置かれた状態のまま身を屈めて細部を確認した。


「何か見えるのか?」

「はっきり何かがあるわけじゃないわ。ただ、こういう形なら、もし微量に何か残っていたとしても不思議じゃないと思って」


 ローゼンも隣から覗き込む。するとアリシアも見やすい位置を作ろうと自然に身体を寄せ、二人の肩が触れた。


 ローゼンは一瞬だけ酒器とは別のところへ意識を持っていかれた。


 アリシアはまったく気づいていない。


 以前なら、こんな距離は当たり前だった。書類を一緒に読めば肩が触れることもあったし、同じ本を覗き込めばもっと顔が近づくことだってあった。四年間離れていただけで、こんなことにいちいち反応している自分の方がおかしいのだろう。


「ローゼン?」

「……何でもない」

「まだ熱あるんじゃないでしょうね」

「大丈夫だ。ありがとう」

「本当に?」


 アリシアは少し疑うような目を向けたものの、すぐに調査へ戻った。


「これだけは、そのままにしておきましょう。洗ったり磨いたりしない方がいいわ」

「調べられると思うか?」

「分からない。でも、何も残っていないと決まったわけでもないでしょう?」


 その通りだった。


 ローゼンはすぐに保管を担当していた者を呼び、この酒器には誰も触れず、洗浄や清掃も行わないよう命じた。移動させる場合も慎重に扱い、他の品とは分けて保管させる。今の段階では証拠と呼べるものではないため、扱いについて余計な噂が広がらないよう、事情を知る者も必要最低限に留めることにした。


 そのあともいくつか確認したが、これ以上その場で分かることはなかった。ローゼンとしてはもう少し記録を調べるつもりだったものの、保管庫を出たところでアリシアが立ち止まった。


「今日はここまでね」

「まだ時間はある」

「時間の問題じゃないわよ」

「もう熱は下がっているから大丈夫だ」

「ダメよ。病み上がりでしょう?」


 ローゼンが反論するより早く、アリシアは当然のように腕を取った。そのまま戻る方向へ歩き始める。


「自分で歩ける」

「知ってるわ」

「なら、これは必要ないだろう」

「別に必要だからしてるわけじゃないもの」


 どこかで聞いたような返答だった。


 ローゼンは少しだけ呆れたものの、結局その腕を振りほどくことはしなかった。四年前までなら、こんなふうにアリシアに世話を焼かれながら歩くことなど珍しくもなかった。疲れていると分かれば勝手に予定を減らされ、食事を抜けば怒られ、少しでも無理をすれば腕を引かれる。それを面倒だと思ったこともあったはずなのに、今はその感覚さえ懐かしかった。


 部屋へ戻ってからも、ローゼンは先ほどの酒器について考えていた。先王が亡くなってからすでに長い時間が経っている。今さら何かが残っている可能性など、決して高くはない。それでも、もし本当に先王の死に紫色の毒が関係していたのなら、長い間誰にも気づかれなかった痕跡が、遺品のどこかに残されている可能性はある。


 アリシアも同じことを考えていたらしい。保管庫から持ち出さずに隔離した酒器についての記録をもう一度読み、しばらく考え込んでから顔を上げた。


「もし粉で入れていたなら……まだ残ってるかもしれないわ。調べてみる価値はあるわね」

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