70. 四年前の真実
ローゼンは、どこから話せばいいのか迷った。四年前のことを思い返せば、今でも胸の奥が重くなる。けれど今回は、過去の記憶へ沈むためではない。目の前にいるアリシアへ、自分の口で伝えるためだった。あの時は何一つ説明せず、一人で決めてしまった。だからこそ今度は、都合の悪い部分だけを省くようなことはしたくなかった。
ローゼンは、婚礼の夜に父から呼び出されたことから話し始めた。そこで突然離縁を求められたこと、レインフォート家の領地で見つかった金脈を理由に、一族そのものへ疑いを向けられていたこと、そして拒めばアリシア自身だけでなく両親や親族まで反逆者として処刑すると脅されたことも、隠さず伝えた。そのうえで、自分がなぜ何も知らせなかったのかまで話した。家族が危険に晒されていると知れば、アリシアは必ず何かしようとする。父のもとへ直接訴えに行くかもしれないし、金脈を差し出せば済むならそうしようとするかもしれない。自分一人が何かを背負えば家族を守れると思えば、本当にそうしようとすることも、ローゼンには容易に想像できた。
だから、話し合うことすらしなかった。何も知らせず、自分だけが悪者になればいいと思った。アリシアに嫌われ、自分から離れ、王宮からも父からも遠ざかってくれれば、それが一番安全なのだと考えたのだった。守ろうとした気持ちそのものは嘘ではない。それでも、そのためにアリシアから選ぶ権利まで奪ったことも事実だった。
アリシアは、話の途中でほとんど口を挟まなかった。ただ静かに聞いていた。ローゼンも、四年前の出来事を細かくなぞるような話し方はしなかった。あの夜に何が起きたのか、自分が何を恐れ、何を選んだのか。それだけを、今度こそ誤魔化さずに伝えた。
話しているうちに、ローゼン自身にも分かってきた。あの時は、それしか方法がないと思い込んでいた。アリシアを守るには、自分から突き放すしかないと信じていた。けれど今こうして言葉にしてしまえば、その判断がどれほど一方的だったのか嫌でも見えてしまう。危険だからという理由で、彼女が何を知るかも、どうするかも、自分一人で決めた。夫婦になったばかりの相手へ何の相談もせず、守るという名目で、その人生を勝手に変えたのだった。
すべてを話し終えたあと、部屋の中はしばらく静かだった。水を張った器から落ちる雫の音と、熱のため少し荒くなったローゼンの呼吸だけが聞こえる。アリシアは膝の上で手を握ったまま俯いていた。何を言われても受け入れるつもりだったし、今さら許してほしいなどと言えるはずもなかった。
やがて、アリシアの目から一筋だけ涙が零れた。本人も泣くつもりはなかったのか、一度だけ瞬きをしてから手の甲で頬を拭う。それでも次の涙はすぐに溢れてきた。ローゼンはそれを見ても手を伸ばさなかった。拭ってやりたいと思っても、自分から触れていいとは思えなかった。
しばらくして、アリシアがようやく顔を上げた。
「……馬鹿ね。本当に大馬鹿だわ」
それが、すべてを聞き終えたアリシアの第一声だった。
「私を守ろうとしてくれたことは分かったわ。私が家族のことを知ったら、何かしようとしたっていうのも……たぶん、その通りよ。でもね。だからって、一人で全部決めていいことにはならないでしょう」
アリシアは涙を拭いながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「私は四年間、何も知らなかったのよ。どうして突然嫌われたのかも、何が駄目だったのかも、ずっと分からなかった。私が何かしてしまったのか、結婚したことを後悔されたのか、あの日のことを何度思い出しても答えなんて出なかったわ」
ローゼンは黙って聞いていた。その一つひとつが胸へ深く刺さったが、それでも目を逸らさなかった。四年前は、彼女の顔を見れば決意が崩れると思って逃げた。今度まで同じことをするわけにはいかなかったのだ。
「私にも選ばせてほしかった。危ないから駄目だって、あなた一人で決めるんじゃなくて、怖くても一緒に考えてほしかった。私たち、あの日に夫婦になったばかりだったでしょう?」
「……」
「だったら、せめて夫婦としてみて欲しかったわ」
「……すまない」
ローゼンはそれしか言えなかった。
アリシアはしばらくローゼンを見つめていた。
「あなたが私を愛していたことと、私が傷つかなかったことは別よ」
「……分かっている」
ローゼンは否定しなかった。愛していたから、守りたかったから、その気持ちが本物だったとしても、アリシアが受けた傷まで消えるわけではない。むしろ愛していたからこそ、何の説明もなく捨てられたことが余計に彼女を傷つけたのかもしれなかった。
アリシアはしばらく何も言わず、寝台の上のローゼンを見つめていた。四年前、自分を突き放した男もまた、一人で苦しんでいたのだと今なら分かる。だからといって、すぐに全部を許せるわけではないし、四年間がなかったことになるわけでもない。それでも、今のローゼンまで拒絶したいとは思えなかった。
やがてアリシアは椅子からゆっくり立ち上がり、寝台のそばへ寄った。ローゼンは何をするのか分からず、その顔を見上げる。
次の瞬間、アリシアは熱のある身体を気遣うように、そっとローゼンを抱き締めた。
ローゼンは固まった。何をされているのか理解するまで、一瞬時間がかかった。抱き返したいと思うより先に、自分にはそんな資格があるのかという迷いが込み上げ、腕を動かすことさえできなかった。
アリシアはローゼンの肩へ顔を寄せたまま、小さく息を震わせた。
「……本当に馬鹿なんだから」
ローゼンは何も返せなかった。胸の奥に溜まっていたものが一気に込み上げてきて、まともに声を出せる気がしなかった。
しばらくして、アリシアの腕が少しだけ強くなる。
「愛してるわ。ローゼン」
四年間、もう二度と聞くことはないと思っていた言葉だった。
許されたという意味ではないことくらい分かっている。傷が消えたわけでもないし、二人の関係がそれだけですべて元通りになるわけでもない。それでも、あの日からずっと失ったと思っていたものが、完全に消えていたわけではなかった。
ローゼンは何も言えないまま、ようやく恐る恐る腕を上げた。アリシアの背へ触れ、強く抱き締めることはせず、触れてもいいのか確かめるようにそっと腕を回す。
アリシアは、その腕を拒まなかった。むしろローゼンの肩へ顔を寄せたまま、抱き締める力をほんの少しだけ強めた。四年間、何度考えても分からなかったことが、ようやく胸の中で一つに繋がった気がした。
そして何よりアリシアは嬉しかった。
自分は、あの時も愛されていたことが。




