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一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


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64. 先王の死の謎②

 先王が亡くなる直前、濃い赤紫色の葡萄酒を口にしていたことが分かってから、ローゼンたちは当時の記録をさらに詳しく調べ直していた。レオナードが集めた資料には、先王の食事量や睡眠、服薬、来訪者、側仕えたちが残した短い報告まで日ごとに記されている。体調を崩してからは食事をほとんど取れない日も増えていたが、葡萄酒については量こそ少ないものの、何度も記録に残っていた。アリシアも最初は、先王自身が好んで求めていたのだろうと思っていた。もともと葡萄酒を好んでいたことは聞いているし、食欲が落ちていたなら、せめて好きなものだけでも口にしたかったとして不思議ではない。ところが、日付を追いながら記録を読み進めていくうちに、同じ名前が何度も出てくることに気づいた。


「……これ、何度もオリーファが勧めてるじゃない」


 アリシアが指先で示した箇所には、先王が自ら葡萄酒を望んだとは書かれていなかった。代わりにあるのは、オリーファの勧めによって少量口にしたという記録だった。別の日には、オリーファが持参した葡萄酒を飲んだとある。さらに数日後にも似た記述があり、先王の体調が悪化していく時期を通して何度も繰り返されていた。


 ローゼンとレオナードも該当する日付を確認したが、それだけで不自然だと決めつけることはできなかった。オリーファは当時から先王の身近にいた人物であり、先王がどのような酒を好んでいたのかも当然知っている。食欲を失った相手へ好物を勧めていたのだと考えれば、少なくとも表向きはおかしくない。


 ただ、医師の記録と食事の記録を簡単に照らし合わせてみると、先王の症状が大きく悪化した日の多くで、その少し前に葡萄酒を口にしていたことも分かった。すべての日が一致するわけではないが、偶然で片づけるには回数が多い。


「もし本当に毒だったなら、一度に殺そうとしたんじゃないのかもしれないわね。少しずつなら、病気が悪くなってるようにも見えるでしょう」


 アリシアの言葉に、レオナードも否定はしなかった。先王の症状は一直線に悪化していたわけではなく、朝には比較的落ち着いていたのに夜になって急に吐き気を訴えたり、手足に力が入らなくなったりする一方、翌日には多少持ち直した日もある。もし少量ずつ何かを与えられていたのなら、そうした波があったことにも説明はつく。


 さらに記録を追っていくと、オリーファが持参していた葡萄酒には一つの共通点があった。銘柄までは同じではないが、どれも色の濃いものが選ばれている。先王の好みに合わせていただけとも考えられる。しかし、紫色の毒が使われていた可能性を考えれば、その色は都合がよかった。


 そこでアリシアは、葡萄酒そのものではなく、先王がどこでそれを飲んでいたのかへ目を向けた。普段の居室や食堂で口にした日もあったが、記録の中には別の場所が何度か出てきていた。


「この私室って、どこのこと?」


 アリシアが尋ねると、ローゼンは少しだけ間を置いた。


「先王が使っていた小さな部屋だ。普段の居室とは別にあった」

「何のための部屋なの?」

「人を入れずに過ごすためだな。実際には、ほとんどオリーファと二人で使っていた」


 アリシアは顔を上げた。


 その私室には、先王とオリーファ以外は基本的に入らなかったらしい。掃除や準備のために使用人が出入りすることはあっても、二人が部屋を使っている間に側仕えや侍女が中へ入ることはなかった。先王自身がそれを望んでいたため、周囲もあえて立ち入らないようにしていたという。


 記録を見ると、オリーファが葡萄酒を持参したまま先王とその私室へ入った日も一度や二度ではなかった。中で何をしていたのか、どのように酒が注がれたのかを見ていた者はいない。もちろん、それだけなら夫婦に近しい男女が二人だけで過ごしていたというだけであり、当時誰も不審に思わなかったのも当然だった。


 だが、今になって見ると話は少し変わってくる。


 誰にも見られず、先王へ葡萄酒を渡せる時間があった。それも、何度も。


 アリシアはしばらく記録へ目を落としていたが、すぐにオリーファが何かをしたと決めつけることはしなかった。機会があったことと、実際に毒を盛ったことはまったく別の話だからだ。それでも、これまでより疑う材料が増えたことは確かだった。


 レオナードも同じ考えだったらしく、当時その葡萄酒を用意していた者や、オリーファのもとへ酒を届けていた使用人について調べる必要があると提案した。四年が経っている以上、すでに王宮を離れている者もいるだろう。それでも、誰がどこから酒を仕入れ、誰の手を経てオリーファのもとへ渡っていたのかを確認できれば、新しい手がかりになる可能性はある。


 三人はそのまま残りの資料へ目を通していった。日付が進むにつれて先王の状態は悪くなり、食事量も減り、起きていられる時間も短くなっていた。それでも、時折葡萄酒だけは口にしている。そしてその中には、オリーファが持参したものも何度も含まれていた。


 資料の終わり近くまで来たところで、アリシアの手が止まった。


 先王の容体が決定的に悪化する前夜の記録だった。


 その日、オリーファは夕刻に先王を訪れている。二人は例の私室へ入り、しばらくそこで過ごしていた。側仕えは中へ入っておらず、何を話していたのかも分からない。ただ、オリーファが自ら葡萄酒を持参していたことだけは記録に残っていた。


 そして、その酒を先王は口にしていた。

 

 翌朝、容体は急激に悪化している。


 それまでにも体調を大きく崩した日はあったが、この時だけは一度も持ち直さなかった。朝になってもほとんど意識が戻らず、水すら満足に飲めない状態になり、医師たちが処置を続けても回復することはなかった。そのまま日を追うごとに衰弱し、やがて亡くなっている。


 アリシアはその記録を読み終えても、すぐには何も言わなかった。


 オリーファが何度も先王へ勧めていた濃い葡萄酒。先王の症状が悪化する前に葡萄酒を口にしていた日が多かったこと。そして、二人きりで過ごせる私室があり、そこでオリーファ自身が持参した酒を先王へ渡していたこと。


 どれも一つずつなら説明はつく。先王が葡萄酒を好んでいたことも事実であり、オリーファがそれを知っていたのも当然だった。二人だけで過ごす私室があったこと自体も、毒殺の証拠になるものではない。


 それでも、最後の夜まで同じ事が続いていたことは無視できなかった。


 アリシアは記録を閉じず、そのまま最後の夜について書かれた箇所へ視線を落としていた。


「……この葡萄酒、どこから持ってきたのか調べた方がいいわね」


 ローゼンが短く答え、レオナードも頷いた。


 先王が毒殺されたと決まったわけではない。まして、オリーファが毒を盛ったと断定できる証拠もまだ何一つない。


 それでも、先王の死をただの病死として扱うことは、できそうになかった。

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