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一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


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52. 三人の帰る場所

 北部滞在の翌朝、エドガーは朝食を終えるなり、昨日遊んだ村の子どもたちのところへ行きたがった。せっかくの里帰りなのだからとアリシアも止めず、身分を伏せて同行している護衛を少し離れた場所につけて送り出す。エドガーは嬉しそうに駆けていき、ほどなく昨日と同じ子どもたちの輪へ混ざると、そのまま村の中を走り回り始めた。


 その姿を見送ったあと、アリシアは以前使っていた採取用の籠と道具を取り出した。北部を離れてから使う機会は減っていたものの、手に取れば妙に馴染む。ローゼンが何をするのかと尋ねると、アリシアは籠の中を確認しながら答えた。


「久しぶりに薬草を採ってくるわ。せっかくここまで来たんだもの。王宮へ持って帰れる分くらいは集めておきたいの」

「解毒剤か?」

「ええ。使わないで済むなら、それでいいの。でも、必要になってから作り始めたんじゃ遅いでしょう」


 血縁確認に使われた水へ細工をした人物はすでに特定されている。しかし、背後関係を詳しく調べる前に、その男は歯へ仕込んでいた毒を使って命を絶った。誰かに口を封じられた可能性も否定できず、少なくとも王宮の中には毒を使うことへ躊躇しない者がいる。それだけは確かだった。実行役が死んだからといって、問題そのものまで終わったとはアリシアには思えない。


 王宮にも解毒剤の備えはある。それでも、アリシアがこれまで作ってきたものについては、自分で材料の状態を見て選び、調合した方が安心できる。北部なら質の良い薬草が生える場所も分かっているため、今のうちにできるだけ確保しておきたかった。


 ローゼンもその判断に異論はなかったが、そのまま自分も行くと言い出したため、アリシアは少しだけ眉を上げた。


「薬草を採りに行くだけよ?」

「分かっている。せっかくここまで来たんだ。付き合うよ」

「……まあ、邪魔しないならいいけど」


 そこまで言われれば、強く断る理由もない。結局、二人で村の外へ向かうことになった。


 発展した村の中心部を離れると、周囲の景色は以前とそれほど変わっていなかった。村の中の道は広く整えられ、新しい家や店も増えていたが、山へ続く細い道や森の木々、畑の向こうに広がる景色には昔の面影がそのまま残っている。アリシアも歩いているうちに、ここで薬を作って暮らしていた頃の感覚を少しずつ思い出していった。


 道端に使える薬草を見つければ足を止め、葉の色や大きさ、傷みがないかを確かめてから籠へ入れていく。何でも採ればいいわけではない。まだ若すぎるものや状態の悪いものは避け、同じ場所から採り尽くさないよう必要な分だけ残していく。王宮へ持ち帰って一定量の解毒剤を作るつもりではいるものの、次に来た時にも同じ場所で採れるようにしておくのが、ここで暮らしていた頃からのやり方だった。


 ローゼンは最初こそ何を見ればいいのか分からない様子だったが、アリシアの籠を持ちながら、使えそうな草を見つければ勝手に採らずに見せてくる。似た葉を持つ別の草を何度か間違えたものの、違うと言われれば素直に戻すため、アリシアも途中から簡単な見分け方だけ教えるようになった。


 王宮で国王として執務をしている時とはまるで違い、山道で籠を持ちながら真剣に薬草を探しているローゼンの姿は、どうにも場違いだった。アリシアは何度か可笑しくなったものの、わざわざ口にしてからかうことはせず、そのまま二人で穏やかに採取を続けた。


 少し山側へ入ると、以前よく使っていた採取場所へ着いた。人の往来が少ないため薬草も十分に残っており、アリシアはしゃがみ込んでは状態の良いものを選んでいく。ローゼンもそれが身を守るために使われるものだと分かっているため、余計なことを言わずに手伝っていた。


 やがて道の状態が少し悪くなった。前日の雨が残っているのか、土が湿って滑りやすくなり、岩の間を下らなければならない場所もある。アリシアにとっては何度も歩いた道なので特に躊躇はなかったが、先に下りたローゼンが振り返り、自然に手を差し出した。


「一人で歩けるわ」

「知っている。たが、滑るぞ」


 そう言われて足元を見れば、確かに思っていた以上に濡れている。意地を張って転ぶほど馬鹿らしいこともない。アリシアは少しだけ迷い、結局その手を取った。


 ローゼンは何も言わず、体重を支えるようにして下まで導いた。


 そのまま二人で先へ進む。


 最初のうちは足場が悪かったため、アリシアも手を握ったままでいることを特に意識していなかった。しかし少し進めば地面は平らになり、もう支えてもらう必要などない。それでも手は繋がったままだった。


 必要な量がある程度集まったところで、二人は少し休憩を取った。山の途中からは、昨日歩いた村の様子が見渡せる。新しい家や店が増え、以前より明らかに広くなっている一方、昔から残る家々や広場もその中に見える。


「昨日は驚いたけど……こうして見ると、昔の村がなくなったわけじゃないのね」


 アリシアは少し目を細めた。自分たちが離れたからといって、ここで暮らす人々の時間まで止まるわけではない。残っていたものを大切にしながら、その周囲へ新しい暮らしを作ってきた結果が、今の村なのだろう。


 ローゼンも同じ景色を眺めていた。自分が渡した褒賞金がきっかけの一つになったとしても、それをどう使うか決め、ここまで村を発展させたのは住民たち自身である。アリシアもその言葉には素直に頷いた。


 しばらく休んだあと、二人は集めた薬草を持って村へ戻った。


 近づくにつれて、広場の方から子どもたちの声が聞こえてくる。エドガーもその中にいた。王宮での暮らしも、これから王太子になるかもしれないことも忘れたように、昔からの友人たちと走り回っている。


 アリシアとローゼンはすぐには声をかけず、少し離れたところからその様子を見ていた。王太子になれば護衛も増え、今ほど自由に動ける時間は減っていくだろう。それでも何もかもを王太子という肩書きだけで塗り替えないと、二人で決めたばかりだった。


 今くらいは、好きなだけ遊ばせればいい。


 エドガーが遊び終えるまでの間、アリシアは採取した薬草を整理した。王宮へ持ち帰って乾燥させるものと、状態が良いうちに下処理をした方がいいものを分けていく。今回の里帰りが終われば、持ち帰った材料を使って解毒剤をまとめて作るつもりだった。


 やがてエドガーがこちらへ戻ってくる。籠いっぱいの薬草を見ると、村で暮らしていた頃にも何度も見ていたため特別珍しがりはしなかったが、ローゼンまで採取について行ったと知ると、そちらの方が面白かったらしい。父親が山で籠を持って歩いていた姿を想像して楽しそうに笑っている。


 午後は三人で村の中を歩いた。エドガーがまだローゼンへ見せていなかった場所をいくつか回り、昨日のように村人から昔話を次々聞くのではなく、最後の時間を三人でゆっくり過ごす。新しくできた店へエドガーが入りたがったり、以前からある道を見つけて得意そうに案内したりと、特別なことは何もない時間だった。


 夕方が近づくと、王宮へ戻るための準備を始めた。


 お忍びで訪れている以上、大々的な見送りにはならない。それでも帰ることを知った昔からの村人たちは自然と集まり、エドガーは昨日から一緒に遊んでいた子どもたちとの別れを惜しんだ。


「また来るからね!」


 そう約束しているエドガーに、アリシアは何も言わなかった。次がいつになるのかは分からない。正式に王太子となれば、今回ほど気軽に里帰りすることは難しくなるだろう。


 それでも、二度と帰れないわけではない。


 北部はエドガーが育った場所であり、アリシアにとっても大切な場所である。それはどんな立場になっても変わらなかった。


 馬車の荷物には、北部で採った薬草が大量に積まれている。王宮へ戻れば、それを使って解毒剤を作ることになるだろう。


 穏やかな村で過ごした時間と、これから起こるかもしれない事態への備え。


 三人はその両方を携えて、王宮へ帰っていったのだった。

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