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一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


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45. 王都祭へ④

 警備を終えたノアが加わってからも、一行はそのまま王都祭を回り続けた。夕方が近づくにつれて昼間とは少しずつ雰囲気が変わり、通り沿いの店先には明かりが灯り始めている。人の流れも昼ほど慌ただしくはなくなったが、楽器の音や店主たちの呼び声は変わらず、祭りの賑わいが収まる様子はない。


 アリスもようやくノアと一緒に祭りを回れるようになったのが嬉しいらしく、昼間に見つけた店をあれこれ教えながら歩いていく。


「ノア、向こうに面白いお店があったのよ。

「ずいぶん楽しんでるみたいだね」


 警備中とは違い、ノアも今は周囲へ気を張り続ける必要がない。アリスやエドガーの話を聞きながら普通に祭りを楽しんでおり、アリシアとローゼンはそんな三人の少し後ろを歩いていた。エドガーがまだ元気なら、わざわざ急かして帰る必要もない。今日は最初から、あの子に好きなだけ祭りを楽しませるために来たのだから。


 しばらく歩いていると、やがて人の集まった大きな広場へ出た。中央では楽団が演奏しており、その周囲で祭りに来た男女が自由に踊っている。王宮の舞踏会のように格式張ったものではなく、手を取り合ってきちんと舞う者もいれば、音楽に合わせて身体を揺らしているだけの者もいた。エドガーは初めて見る光景が珍しいのか、アリスと一緒に少し前まで進み、広場の中央を興味深そうに眺めている。


 一曲が終わり、大きな拍手が起こった。楽団が少し間を置いて次の演奏を始め、その旋律が流れた瞬間、アリシアの表情がほんの僅かに変わる。


 聞き覚えがあった。


 特別珍しい曲ではない。王都では舞踏会でも祝いの席でも何度か演奏されるものだから、この場で奏でられたところで何の不思議もない。それでもアリシアにとっては、ただの一曲ではなかった。四年前、まだローゼンと婚約者だった頃、二人で舞踏会へ出た夜に同じ曲で踊ったことがある。アリシアが何気なく隣を見ると、ローゼンもこちらを見ていた。目が合っただけで、相手も同じことを思い出したのだと分かったが、どちらからも四年前の話を持ち出すことはなかった。


 そんな二人の事情など何も知らないエドガーは、広場で踊る人々をしばらく見たあと、急に振り返った。


「パパとママは踊らないの?」

「私たち?今日は舞踏会じゃないのよ。別に全員が踊らなくても――」


 そう言いかけたアリシアの横で、ローゼンが静かに手を差し出した。誘っているだけで、アリシアが断ればそのまま引くつもりなのだろう。


 アリシアは差し出された手を見つめた。


 四年間、一度もローゼンとは踊っていない。再会してから距離は少しずつ縮まってきたし、三人で食事をすることも、こうして一緒に出掛けることも増えた。それでも、向かい合って手を取り、昔のように踊るとなると話は別だった。しかも流れているのは、よりにもよってあの頃と同じ曲である。すぐには手を取れなかったが、エドガーが期待に満ちた顔で二人を見ていることもあり、アリシアは少し迷った末に小さく息を吐いた。


「……少しだけよ」


 そう言って、ローゼンの手へ自分の手を重ねた。


 広場へ入った直後だけは、どうしても少しぎこちなかった。久しぶりに向かい合い、片方の手を重ね、もう片方を添える。その距離そのものにアリシアの身体が慣れていない。ローゼンもそれを察しているのか、必要以上に引き寄せることはせず、最初はゆっくりと曲へ合わせた。けれど、数歩進んだ頃には不思議なほど違和感が消えていた。四年も経っているのに、身体は昔の感覚を覚えているらしい。


 ローゼンが次にどちらへ足を出すのか。どの瞬間に歩幅を変えるのか。手が僅かに上がれば、その次に自分が回るのだということまで、いちいち目で確かめなくても分かる。ローゼンも同じなのだろう。アリシアの動きを無理に導くことはせず、互いの呼吸を合わせているうちに、四年ぶりとは思えないほど自然に足取りが揃っていった。


 曲の途中、ローゼンの手が上がる。アリシアは何も考えず、その手を支点に身体を回した。裾が軽く広がり、再び正面へ戻れば、そこには当然のようにローゼンがいる。昔、何度も繰り返した動きだった。考えて思い出したわけではない。身体が勝手に覚えていたのだ。そのことに気づいた瞬間、アリシアの胸の奥が少しだけ騒がしくなる。四年間会っていなかった。それでも、この人と踊っていた頃の感覚は消えていなかった。


 広場の外では、エドガーが嬉しそうに二人を見ていた。アリスも隣で静かに眺め、ミレイユは今にも顔を綻ばせそうになりながら、ここで余計なことを言えばアリシアが一気に意識してしまうと分かっているのか何も言わずに見守っている。ユリウスとノアも、四年ぶりとは思えない二人の息の合い方に少し驚いた様子だった。


 やがて曲が終盤へ入る。その流れも、アリシアは覚えていた。四年前も同じところでローゼンの手を取り、同じように身体を預けた。差し出された手へ反射的に応じた瞬間、二人の視線が重なる。


 アリシアは最後まで手を離さず、ローゼンと共に曲を踊り切った。


 演奏が終わり、周囲から拍手が起こると、二人も自然に足を止める。ローゼンは四年前のことを口にせず、アリシアも何も言わない。少しだけ息を整え、互いに手を離したところへ、待ちきれなかったエドガーが駆け寄ってきた。


「すごかった!パパもママも上手だったよ。二人とも、ずっと同じように動いてた!」

「そんなに珍しいものでもないわよ。でも、楽しんでもらえたならよかったわ」


 あまりに嬉しそうなので、アリシアもつい笑ってしまう。ローゼンもエドガーへ応じ、そのまま三人で話しているうちに、先ほどまでの少し特別な空気も祭りの賑わいへ自然に溶けていった。


 広場を離れると、すぐ近くに祭りの記念品を扱う店が並んでいた。エドガーは木彫りの馬をすでに持っているにもかかわらず、今度は小さな飾りや細工物を興味深そうに眺める。ただし、自分のものを増やしたいわけではなかったらしい。


「ママとパパも、一個ずつ持って帰ろうよ」

「私は別にいいわよ。エドが持ってれば十分でしょう?」

「三人ともあった方がいいよ。今日、みんなで来たから」


 珍しく譲らないため、結局それぞれ小さな品を一つ選ぶことになった。無理に同じものへ揃えることはせず、エドガーは小さな飾り、アリシアは簡素な細工の入った小物、ローゼンも祭りの記念になる品を一つ選ぶ。それでも三人とも同じ日に選んだものを持って帰るというだけで、エドガーは満足そうだった。


 少し離れたところでは、アリスも店の商品を眺めていた。やがてノアに似合いそうな小物を見つけると、迷いなく本人へ差し出す。


「これ、あなたに似合いそうだから持ってて」

「僕は別に何もいらないよ。それに君が自分のものを選べばいいだろう」

「私がノアに渡したいの。だから受け取ってくれればいいのよ」


 そこまで言われれば断り続ける方が難しく、ノアは少し困ったようにしながらも最後には受け取った。アリスはそれだけで満足そうにしており、その後も当たり前のように隣へ並んで祭りを回っている。


 さらにしばらく歩くうち、空はかなり夕方らしい色へ変わっていった。さすがのエドガーにも一日中歩き続けた疲れが出始め、先ほどまでなら店を見つけるたびに足を向けていたのに、今は何度か眠そうに目を擦っている。


「そろそろ帰りましょうか。朝からずっと歩いてるもの」

「まだ大丈夫!」

「そう言いながらさっきから何回あくびしてるのよ。今日はもう十分楽しんだでしょう?」


 その直後にまた大きなあくびが出てしまい、エドガー自身も何も言えなくなった。ローゼンも今日は十分楽しんだのだからと帰ることに賛成し、一行は祭りを切り上げることにした。


 途中で帰る方向が分かれるため、アリスとノアとはそこで別れる。アリスはアリシアへ、今日は一緒に祭りを回れて楽しかったことを伝え、また近いうちに王都で会おうと話した。アリシアも普通に応じ、次に会う時はもう少し落ち着いた場所にしようなどと話している。その横でノアもローゼンやユリウスへ挨拶を済ませ、あとは二人で帰っていくだけかと思われた。


「ノア」


 アリスに呼ばれ、ノアが振り返る。


「どうしたのです?」


 次の瞬間、アリスが一歩近づき、そのまま不意打ちで軽くキスをした。


「…………」


 ノアが完全に固まった。アリスが離れてからもしばらく動かず、数秒遅れて何をされたのか理解したらしい。顔が一気に赤くなる。


「な、何をしているんですか!?みんな見てるでしょう!」

「恋人なんだから、キスくらいするでしょう?いいのいいの!」


 アリスはまるで動じていなかった。


 アリシアもさすがに目の前で始まるとは思っておらず一瞬驚いたが、すぐ隣にエドガーがいることを思い出した。反射的に後ろから両手を伸ばし、その目を塞ぐ。


「え?ママ、見えないよ」

「今は見なくていいの。すぐ終わるから」

「何が?」

「何でもないわよ」


 突然視界を奪われたエドガーは不思議そうだったが、眠気もあってか大きく抵抗することはなかった。一方のノアは、アリシアたち全員が見ていたことに気づいてさらに赤くなっている。先ほど騎士団の仲間たちに恋人がいることを知られたばかりだというのに、今度は別れ際に大勢の前でキスまでされ、完全に調子を崩されたらしい。


 ミレイユも思わず二人を見ていたが、その隣でユリウスはノアの慌て方を少し不思議そうに眺めていた。


「……恋人同士でも、あそこまで驚くものなんですね」

「ユリウス様、それはたぶん人前だったからだと思います」


 ミレイユが答えると、ユリウスはなるほどと素直に頷いた。


 アリスはまだ赤いノアを気にすることもなく、その腕を取る。


「じゃあ、帰りましょう」

「……本当に君は……。皆さん、今日はありがとうございました。それでは失礼します」


 ノアはもう一度慌てて挨拶をし、そのままアリスに連れられるように歩き出した。二人が離れたところで、アリシアもようやくエドガーの目から手を離す。


「もういいわよ」

「何があったの?」

「何もないわ。ほら、帰るわよ」


 エドガーはすでに歩き出しているアリスとノアを不思議そうに眺めたが、結局何が起きていたのか分からないままだった。アリスは最後まで平然としており、ノアだけが落ち着かない様子のまま、二人は祭りの人混みへ消えていった。


 その姿を見送った直後、エドガーがまた大きなあくびをした。さすがにもう限界らしく、先ほどまで元気だった足取りも重くなっている。ローゼンが抱き上げると、エドガーも今日は嫌がることなく、そのまま父親の肩へ頭を預けた。祭りの中心から離れ、王宮へ戻る道へ入る頃にはすっかり目を閉じている。


 アリシアは眠ったエドガーを抱くローゼンの隣を歩いた。その少し後ろをミレイユとユリウスがついていき、背後から聞こえていた祭りの音も一歩進むごとに遠ざかっていく。


 二人で今日のエドガーの様子を思い返しながら歩く。大道芸で拍手をもらった時の得意そうな顔も、玩具を一つだけ選ぶため真剣に悩んでいた姿も、三人で記念品を選んだ時の嬉しそうな様子も、どれも楽しそうだった。


 やがてローゼンが、眠っているエドガーを少し抱き直しながら口を開いた。


「また機会があれば、三人でこうして祭りへ来たいな」

「エドなら来年も絶対行きたがるでしょうね。今日だけでこれなんだから、来年は朝からもっと大変そうだわ」

「エドガーのことではなく、君はどうだった?」


 思っていなかった問いに、アリシアはすぐには答えなかった。


 今日一日を思い返せば、エドガーに付き合うためだけに歩いていたわけではない。自分も屋台を見て、食べて、笑った。久しぶりの王都祭そのものを楽しんでいたし、何より四年ぶりにローゼンと手を取り、昔と同じ曲で最後まで踊った。


 その全部を否定するほど、もう意地を張る気にはなれなかった。


「……別に、嫌じゃないわよ」


 それだけ答えた。エドガーのためだったから、などと付け足して誤魔化すこともしない。


 ローゼンもそれ以上は追及せず、ただその言葉を受け取った。


 眠ったエドガーを抱いたローゼンと、その隣を歩くアリシア。四年前とまったく同じところへ戻ったわけではない。それでも、昔と同じ曲で自然に足取りが揃うほど身体に残った二人の呼吸と、三人で過ごす時間をアリシア自身が少しずつ楽しみ始めていることだけは、もう誤魔化せなくなっていた。

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