43. 王都祭へ②
エドガーが見つけた大道芸の人だかりへ、一行はそのまま向かった。通りの中央では芸人たちが次々と技を披露しており、輪を投げたり、細い棒の上で器用に体勢を保ったりするたびに大きな歓声が上がっている。エドガーとアリスは少し前まで進み、成功するたびに揃って拍手を送っていた。アリシアとローゼンは少し後ろに立ち、二人が人混みに紛れないよう見守る。
しばらくすると、芸人の一人が観客の子どもに手伝ってもらいたいと声をかけた。何人かが手を挙げる中、エドガーも興味を示し、アリシアを振り返る。
「僕もやっていい?」
「危ないことはしないのよ。ちゃんと芸人さんの言うことを聞いてね」
嬉しそうに頷いたエドガーは前へ出て、小さな輪を渡された。合図に合わせて投げるだけの簡単な役だったが、芸人がその輪を見事に受け取り、周囲から拍手が起こると、エドガーも得意そうに頭を下げる。戻ってきた時には、顔いっぱいに笑みを浮かべていた。
「ちゃんとできたよ!」
「ああ。よくできていた」
「すごかったわよ。ちゃんと合図も見てたじゃない」
ローゼンは自分のことのように嬉しそうで、アリシアも笑ってエドガーの頭を撫でた。
大道芸を見終えると、今度は露店が並ぶ通りへ移る。食べ物だけではなく、木工品や布細工、子ども向けの玩具も数多く並んでいた。その中でエドガーが足を止めたのは、木彫りの馬や小さな剣、人形などを扱う店だった。
「これもいいけど……こっちもほしいな」
真剣に悩むエドガーの横で、ローゼンが何気なく口を開く。
「気に入ったものを何個か買えばいい」
「一つだけよ」
「一つか?」
「一つです。自分で選んだ方が大事にするでしょう?」
アリシアに言い切られ、ローゼンはそれ以上反論しなかった。アリスまで一緒になって選び始め、エドガーはかなり悩んだ末に小さな木彫りの馬を手に取る。
「これにする!」
「決まったのね。じゃあ、大事にしてよね」
「うん!」
買ってもらった馬を大事そうに抱える姿を見れば、一つだけにしたのも正解だったのだろう。ローゼンも今度は何も言わなかった。
その後は食べ物の屋台が並ぶ一角へ向かった。焼いた肉の香ばしい匂いと甘い菓子の香りが混ざり、エドガーは再び忙しそうに周囲を見回す。気になった店の前へ三人で並ぶと、店主はローゼンとアリシア、その間にいるエドガーを見て自然に笑った。
旦那さんと奥さんも一緒なら、大きい方がいいですよ。坊ちゃんと三人で分けられますから」
アリシアの動きがほんの一瞬だけ止まった。
ローゼンも聞いていたはずだが、何も言わない。以前ならすぐに違うと訂正していたかもしれないが、今回はアリシアもそのまま料理へ視線を戻した。
「……じゃあ、それを一つください」
少し離れたところにいたアリスは、その変化にすぐ気づいたらしい。楽しそうな視線を向けられ、アリシアが眉を寄せる。
「……何よ」
「いいえ。何でもないわ」
それ以上聞けば余計なことを言われそうだったので、アリシアも追及しなかった。
祭りの通りをさらに進んでいると、今度は警備中のクラウスとディートリヒに出会った。エドガーは二人を見つけると、すぐに買ったばかりの木彫りの馬を見せる。
「見て! 僕が選んだんだよ」
「よくできていますね。気に入ったものが見つかって何よりです」
「パパはいっぱい買っていいって言ったけど、ママが一つだけって言ったの」
そこまで聞いたクラウスの口元が僅かに緩んだ。
「アリシア様がご一緒で安心いたしました」
「どういう意味だ」
「そのままの意味でございます」
ローゼンが不満そうにする横で、エドガーは今度はディートリヒにも馬を見せた。ディートリヒも普通に応じ、細かな彫りまでよくできていると褒める。二人は警備中なので長くは留まらず、すぐに巡回へ戻っていった。
一行も再び祭りを歩き始める。その途中、ミレイユが何度か焼き菓子の屋台へ視線を向けていることにユリウスが気づいた。
「気になります?」
「え?」
「先ほどから何度か見ていたので。ちょうど休憩してもいい頃ですし、寄りましょう?」
「……わ、私、そんなに見ていました?」
「少しだけね」
少し恥ずかしそうにしながらも、ミレイユは嬉しそうに頷いた。菓子そのものより、自分が気にしていたことにユリウスが気づいてくれたことの方が妙に心に残る。
いくつか焼き菓子を買ったところで、一行は人通りの少し落ち着いた場所を見つけて休憩することにした。エドガーは自分が食べているものを少しずつ皆へ分け、アリスやミレイユ、ユリウスにも勧める。そのうち、アリシアが持っていた焼き菓子へ目を向けた。
「ママ、それおいしい?」
「ええ。甘すぎなくて美味しいわよ」
「パパにもあげたら?」
言われてアリシアは隣を見る。ローゼンは片手にいくつかの包みを持ち、もう片方には途中でエドガーから預けられた木彫りの馬を持っていた。
「今は手が空いてないでしょう」
「じゃあ、ママが食べさせてあげればいいよ」
アリシアの手が止まった。
「……私が?」
「うん。パパ、両手いっぱいだから」
エドガーにとっては、それ以上の意味などないのだろう。ローゼンが自分で食べられないのなら、アリシアが食べさせればいい。ただそれだけのことだった。
アリシアは手元の焼き菓子を見たあと、隣のローゼンへ視線を向ける。ローゼンもこちらを見ていたが、余計なことを言えば話がややこしくなると分かっているのか、黙って待っていた。
その向こうでは、アリスが何も言わずに二人を見ている。
「……アリス。今、絶対変なこと考えてるでしょう」
「ま、まさかー。私は何も言ってないわよ?」
「……分かったわよ。一口だけだからね」
誰に言い聞かせているのか自分でもよく分からないまま、アリシアは焼き菓子を持った手をゆっくりローゼンの方へ伸ばしたのだった。




