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一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


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38. オリーファとの茶会

 茶会の日、アリシアは約束通りエドガーを連れず、一人でオリーファのもとへ向かった。部屋を出る前にはローゼンから改めて気をつけるよう言われており、あまりにも露骨な警戒ぶりを思い出すと少し呆れてしまう。それでも、今回の招待に何の意図もないとはアリシアも考えていなかった。ただ、最初から相手を敵だと決めつけてしまえば、見えるものまで見えなくなる。だからこそ、必要以上に身構えず、自分の目で確かめるつもりでいた。


 案内された部屋では、すでにオリーファが待っていた。庭園に面した窓から柔らかな日差しが差し込み、卓の上には二人分の茶器と、小さな焼き菓子や果実を使った菓子が並べられている。少なくとも、見た目だけなら緊張するような場ではなかった。


「久しぶりね、アリシア。来てくれて嬉しいわ」

「お久しぶりです、オリーファ様。ご招待ありがとうございます」


 オリーファは穏やかに微笑み、向かいの席へ座るよう促した。四年ぶりの再会だというのに、変に驚く様子もなければ、敵意を見せることもない。その態度だけを見れば、昔とそれほど変わっていないようにも思えた。


 茶が注がれ、最初は本当に当たり障りのない話から始まった。最近の王都の様子や、季節の移り変わり、王宮の庭園が以前とは少し変わったこと。四年ぶりに戻ってきた以上、暮らしに戸惑うことも多いのではないかと尋ねられ、アリシアも素直に頷いた。


「北部とは何もかも違いますから。今でも慣れないことはありますよ」

「そうでしょうね。長く離れていたもの。北部では、ずっと同じ村にいたの?」

「ええ。小さな村ですけど、暮らしやすいところでした」

「王都とは随分違うのでしょう?」

「確かに違いました。でも、私は嫌いじゃなかったです。静かでしたし、村の人たちにも良くしてもらいましたから」


 そこから、話題は自然に北部での生活へ移っていった。どのような場所に住んでいたのか、何をして暮らしていたのか、王都との交流はあったのか。アリシアは隠す必要のない範囲では普通に答えた。村で薬を作っていたことも、エドガーと二人で暮らしていたことも、今さら秘密にするような話ではない。


「薬を作っていたのね。昔からそういうことは得意だったと聞いているわ」

「最初から上手くできたわけじゃありませんけどね。村で必要とされるものを少しずつ覚えていった感じです」

「生活に不自由はなかったのかしら?」

「まったくなかったと言えば嘘になりますけど、困るほどではありませんでした」

「王家から毎月送金されていたのでしょう?」


 その言葉に、アリシアは少しだけ目を上げた。


「ええ。ありましたよ」

「それだけで生活していたの?」

「物品は少々使っていましたが、お金には手を付けませんでした。私自身も働いていましたから」

「まぁ、素晴らしいわね」


 特に感情を込めることなく答えるアリシアはカップへ口をつけた。


 ただ、そこで少しだけ違和感を覚える。


 一つ一つを切り取れば、不自然な質問ではない。四年間も姿を消していた人間に、その間どう暮らしていたのか尋ねること自体は普通だろう。だが、オリーファは思っていた以上に細かいところまで確認してくる。


「エドガー様も、その村でお生まれになったの?」


 やがて、当然のようにその名前が出た。


「ええ。北部で生まれました」

「今は四歳だったかしら?」

「そうです」

「ずっと村で育てていたのね」


 オリーファは穏やかな調子のまま、エドガーが生まれた頃のことや、村でどのように育てていたのかを尋ねてきた。


「一人で育てるのは大変だったでしょう?」

「一人だったわけではありません。村の人たちには随分助けてもらいました。具合が悪い時に見てもらったこともありますし、食べ物を分けてもらったこともあります」

「そう。良い人たちに恵まれたのね」

「はい。それは本当に。今でも感謝しきれません」


 そこだけは素直に答えられた。


 北部での四年間は決して楽なものではなかった。けれど、不幸だったとも思っていない。エドガーと出会い、村の人々に支えられながら過ごした時間は、アリシアにとって大切なものだった。


 オリーファは一度カップを持ち上げ、ゆっくりと茶を口に含んだ。そして、まるで先ほどまでの話の続きを尋ねるような自然さで口を開く。


「でも、エドガー様がお生まれになった時、どうして王宮には知らせなかったの?」


 アリシアの表情が僅かに変わった。

 ここまでとは明らかに違う質問だった。


「当時はもうローゼンとは別れていましたから。私は王宮を離れていましたし、エドは自分で育てるつもりでした」

「けれど、王家に関係する可能性のある子でしょう? 生まれたことだけでも知らせるという選択はあったのではないかしら」

「……あの時の私には、そんなことを考える余裕はありませんでした。それに、王宮へ知らせる必要があるとも思っていませんでしたから」


 当時の自分は、突然すべてを失ったような状態だった。王宮を離れ、北部で妊娠を知り、そこからエドガーを産んで育てた。王家に知らせるべきだったのではないかなどと、今になって外から簡単に言われたくはない。


 オリーファはアリシアの変化に気づいたのか、それ以上その話を追うことはなかった。


「そう。ごめんなさいね。責めるつもりではないのよ」

「ありがとうございます。分かっていますよ」


 答えながらも、アリシアは完全には納得していなかった。


 オリーファはすぐに話題を変える。


「ところで、最近は陛下ともよく一緒にいらっしゃるそうね」


 今度は別の意味で、アリシアの手が止まった。


「……よくご存じですね」

「王宮にいれば自然と耳に入ってくるものよ。三人で食事をしたり、庭を歩いたりしているのでしょう?」

「まあ……そういうことはありますけど」

「エドガー様も、もう陛下を父親として受け入れているのかしら?」

「そうですね。今はもう普通にパパって呼んでます」


 その呼び方を口にすると、どうしても少しだけ気恥ずかしい。以前ほど驚かなくなったとはいえ、エドガーがローゼンを父親として受け入れている事実には、今でも時々不思議な気持ちになる。


「王宮では、あなたと陛下がいずれ復縁するのではないかという噂もあるみたいだけれど」

「……それも聞いてるんですか」

「ええ。かなり噂になっているみたいよ」


 アリシアは少しだけ居心地が悪くなった。本人たちはまだ何も決めていないというのに、周囲だけが勝手に先の話をしているからだ。


「まだ、やり直すと決めたわけではありません」

「では、王宮に残っているのはエドガー様のため?」

「少なくとも今は、エドのことを一番に考えています」


 エドガーがローゼンと一緒にいたいと思っていることも分かっている。王族として生きることになるのかどうかはまだ決まっていないが、少なくとも今すぐ自分の都合だけで北部へ連れ帰るつもりはなくなっていた。


 オリーファは少しだけ目を細める。


「では、陛下ご本人についてはどう思っているの?」

「…………」


 再会した直後と今とで、ローゼンを見る気持ちがまったく同じかと聞かれれば、それも違う。


 エドガーと遊ぶ姿を何度も見てきた。自分の意思を尊重しようとしていることも少しずつ分かるようになった。何気なく二人で話す時間も増え、以前なら避けていたはずの二人きりの時間でさえ、今では必ずしも嫌ではなくなっている。


「……そんなに簡単に言えることじゃありません」

「そう」


 オリーファはそれ以上追及しなかった。

 ただ、穏やかに笑っているだけだった。


 その笑顔を見ながら、アリシアはようやく一つのことに気づいた。


 四年間、どこで暮らしていたのか。なぜエドガーの存在を王宮へ知らせなかったのか。今、ローゼンとどの程度まで関係が戻っているのか。そして、ローゼン本人をどう思っているのか。


 オリーファが知りたいのは、昔話ではなく、自分とローゼンが、再び夫婦になる可能性があるのかを確かめようとしていた。


 そう考えれば、これまでの質問が妙に繋がって見えた。


 アリシアはカップを卓へ戻す。


「……オリーファ様」

「何かしら?」

「どうして、私たちの今後をそこまで気にされるんですか?」


 初めて、こちらから真正面に問い返した。


 オリーファは僅かに目を細めたものの、笑みを崩すことはなかった。


「王宮に関わる者として気になるだけよ。あなたが戻ってきてから、色々と状況も変わったでしょう?」

「そうですか」


 アリシアはそれ以上追わなかった。


 今ここで問い詰めたところで、簡単に本心を見せる相手ではない。それくらいは分かる。


 ただ、ローゼンがあれほど警戒していた理由については、少しだけ理解できた気がした。


 しばらくして、オリーファが静かにカップを置いた。


「……それでは、アリシア。エドガー様について、もう一つだけ確認しておきたいことがあるの」

「……何でしょう?」


 オリーファは意地の悪い笑みを浮かべるのだった。

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