37. オリーファからの招待状
ある日の午後、アリシアのもとへ一通の招待状が届けられた。王宮で暮らすようになってから、貴族や王宮関係者から手紙が届くこと自体は珍しくなくなっていたが、封蝋を確かめて差出人の名前を見た瞬間、アリシアの手が止まる。
「……オリーファ様?」
四年前までにも、オリーファとは何度か顔を合わせたことがあった。王宮の行事や茶会で同席したこともあるが、特別に親しかったわけではない。かといって険悪だった記憶もなく、当時のアリシアにとっては、王宮にいる多くの人物の一人という程度の認識だった。
だからこそ、今になって自分だけを茶会へ招く理由が分からなかった。
アリシアは封を開き、招待状へ目を通していく。文面そのものは丁寧で、久しぶりに王宮へ戻ったアリシアと一度ゆっくり話したいと書かれている。それ以上に踏み込んだことは何もなく、かえって意図が読み取りにくかった。
「今さら私に何の用なのかしら……」
そう呟いたところで、部屋の扉が叩かれた。
「アリシア、いるか?」
「いるわよ」
返事をすると、ローゼンが入ってくる。アリシアの手にある招待状へ気づいたらしく、何気なく視線を向けた。
「誰からだ?」
「オリーファ様よ。茶会に来ないかって」
「……オリーファから?」
その名前を聞いた瞬間、ローゼンの表情が明らかに変わった。
先ほどまでの穏やかな顔から笑みが消え、眉間に僅かに皺が寄る。あまりにも分かりやすい反応だったため、アリシアも思わず招待状から顔を上げた。
「何よ、その顔」
「行く必要はない。断って構わない」
「ちょっと待って。私宛ての招待でしょう? どうして貴方が行くかどうかまで決めるのよ」
「決めているわけじゃない。ただ、俺としては会ってほしくない」
ローゼンの声音はかなり真剣だった。
アリシアは少し眉を寄せる。
「そこまで嫌がるなら、理由くらい教えてくれてもいいんじゃない? 四年前だって、私とオリーファ様は何度か顔を合わせてるでしょう」
「四年前とは状況が違うんだ」
「どう違うのよ」
ローゼンはすぐには答えなかった。何かを言おうとして、結局そこまでは話せないと判断したように僅かに口を閉じる。
「……今、この時期にオリーファが君を招くこと自体が気になる。俺はあまり会ってほしくない」
「私だって、ただお茶を飲みたいだけだなんて思ってないわよ。今になって突然呼ぶんだもの。何か話したいことがあるんでしょうね」
「なら、なおさら断ってほしい」
「だから、どうして貴方がそこまで決めるのよ」
アリシアの声にも少し苛立ちが混じった。
ローゼンは一瞬言葉に詰まったあと、静かに答える。
「……すまない」
四年前のローゼンなら、こういう時にはもっと違う動きをしていた。危険から遠ざけるために必要なことまで説明せず、自分だけで勝手に決めてしまう。アリシアの意思を確かめるより先に、守るためだと言って選択肢ごと奪ってしまう。
その結果が、四年前の別れだった。
「……勝手に心配してれば?」
アリシアは頬を膨らませ、少しだけそっぽを向いた。
素直に「心配してくれてありがとう」などと言えるはずもない。それでも、ローゼンが自分を案じていること自体は、少しだけ嬉しかった。
ローゼンはそれ以上強く止めようとはしなかった。
「一つだけ、絶対に守ってほしいことがある」
「何?」
「エドガーだけは連れて行かないでくれ」
先ほどまでとは明らかに声音が違った。
アリシアもすぐに表情を変える。
「アリシア、言い分はよく分かった。オリーファと会うかどうかは、最後には君が決めればいい。だが、エドガーだけは会わせたくない。そこだけは聞いてほしい」
ローゼンはそこで一度言葉を切った。オリーファ本人だけではなく、その周囲にも様々な思惑を持つ者がいること。今のエドガーを直接会わせることが、誰にどう受け取られるか分からないこと。そのため、少なくとも今は不用意に接触させたくないのだと説明する。
その話については、アリシアも迷わなかった。
「それなら大丈夫よ。最初からエドを連れて行くつもりなんてないもの」
「……そうか」
「当たり前でしょう。何を話すのかも分からない茶会に、四歳の子を連れて行くわけないじゃない」
それを聞いて、ローゼンの表情が僅かに緩んだ。
アリシアはそんな様子を横目で見ながら、改めて招待状へ目を落とす。
四年前までのオリーファに、特別な感情を抱いたことはなかった。敵だと思ったこともないし、親しいと思ったこともない。だからこそ、今のオリーファが何を考えているのかは、アリシアにはまだ分からない。
それなら、自分の目で確かめた方がいい。
ローゼンからは断っても構わないと言われている。それでも、これからもしばらく王宮にいるのであれば、気になる相手を避け続けるわけにもいかない。ましてエドガーのことまで関わってくる可能性があるのなら、何も知らないままでいる方が嫌だった。
「……私、この招待を受けるわ」
ローゼンは驚かなかったものの、露骨に嫌そうな顔はした。
「そんな顔しないでよ。貴方が嫌う理由はよく分からないけど、私が間に入れば良いのだから問題はないと思うわ」
ローゼンはしばらく何も言わなかったが、やがて小さく息を吐いた。
「……分かった。無理だけはしないで欲しい」
「分かってるわよ」
「それからエドガーは――」
「連れて行かないって、さっき言ったでしょう?」
「一応、念のためだ」
「本当にもう……」
アリシアはもう一度招待状を開き、そこに記されたオリーファの名前を見る。
四年前には、特別な印象すらなかった相手。
けれど今は、ローゼンがここまで警戒する人物でもある。
「……オリーファ様、か」
そうして、アリシアとオリーファが初めて真正面から向き合う茶会が決まった。




