35. ミレイユ、第二近衛騎士団へ
ミレイユさんの回です!!
アリシアの使いで、ミレイユは第二近衛騎士団の詰所を訪れていた。ユリウスへ直接渡す必要のある書類があり、そのついでに別の場所へ運ぶ予定の備品も受け取ることになっている。
もっとも、ユリウスと顔を合わせるのはこれが初めてではない。ミレイユがアリシア付きの侍女になってから、王宮内ですれ違ったことは何度もあったし、エドガーを通して言葉を交わしたこともある。ユリウスがアリシアやエドガーの様子を気に掛けていることも知っていた。ただし、いつもは廊下や庭園などで短く話す程度で、ミレイユがこうして第二近衛騎士団の詰所まで直接訪ねてくるのは珍しかった。
詰所の奥では、ユリウスが机に向かって書類を確認していた。ミレイユの姿に気づくと、少し意外そうに顔を上げる。
「珍しいね。今日はこっちまで来たのですね」
「はい。アリシア様から、こちらをユリウス様へ直接お渡しするよう頼まれまして。それと、ここで預かっている備品も受け取ることになっています」
「なるほど。じゃあ、先に書類を見せてもらってもいいですか?」
ミレイユが書類を差し出すと、ユリウスはその場で内容を確認した。いくつか必要なことを尋ねられ、ミレイユもアリシアから聞いていた通りに答える。仕事上の確認はすぐに終わり、このまま備品を受け取って帰るだけかと思われた。
ところが、書類を脇へ置いたユリウスが、ふと思い出したように尋ねる。
「そういえば、アリシア様は最近どうですか?前より王宮で過ごしやすくなってます?」
その話題が出た瞬間、ミレイユの表情がぱっと明るくなった。
「はい!以前よりずっと自然に過ごされるようになりましたよ。最初の頃はまだ北部へ戻りたいお気持ちも強そうでしたけど、最近は王宮でも落ち着いていらっしゃいますし、エドガー様もすっかり馴染まれています。それに……ローゼン様とも、前よりお話しする機会が増えましたね」
「へえ。そうなんですね」
「三人でお食事されることも珍しくなくなりましたし、エドガー様ももう普通にパパって呼んでいるのですよ!」
話しているうちに、ミレイユの機嫌はどんどん良くなっていく。本人としては近況を説明しているだけのつもりだったが、アリシアとローゼンの距離が少しずつ縮まっていることが嬉しいのは、隠しようがなかった。
ユリウスはしばらくそんなミレイユを見ていたが、やがて少し笑った。
「ミレイユさんって、本当にアリシア様のこと大切にしていますよね」
「えっ?」
「話してる時、すごく嬉しそうですから。それに、ローゼン様との仲が良くなってるのも、かなり嬉しいんじゃないですかね?」
「そ、それは……」
図星だったらしく、ミレイユは少しだけ頬を赤くした。
「もちろん、アリシア様には幸せになっていただきたいですし……ローゼン様とのことも、うまくいけばいいなって思っています」
「やっぱりですか」
「でも、勝手に決めつけてるわけじゃありませんからね!」
「分かってるよ。見守ってるだけなんでしょ?」
「そうです。それです!」
ユリウスの言い方が妙に的確で、ミレイユは少しだけむくれた。もっとも、否定する気はなかった。アリシアが笑っている姿を見るのは嬉しいし、ローゼンと話している時に以前ほど険しい顔をしなくなったことも、ミレイユにとっては喜ばしい変化だった。
話が一段落したところで、今度はユリウスがミレイユ自身のことを尋ねた。
「ミレイユさんの方はどうですか?最近、前より忙しそうに見えますけど」
「そうですね。アリシア様のお世話だけじゃなくて、来客の対応をしたり、他の侍女の方たちと予定を合わせたりすることも増えました。でも、忙しいのは嫌じゃないです。アリシア様のそばで働けるのは嬉しいですし」
「私的には、最初の頃より、ずっと慣れた感じがしますよ」
「本当ですか?」
「はい。前はもう少し緊張してることが多かったけど、最近はちゃんと周りも見えてるし、仕事にも慣れてきたんだろうなって思ってましたよ」
ミレイユは少し驚く。ユリウスとは以前から顔を合わせていたとはいえ、そこまで自分の仕事ぶりを見られているとは思っていなかった。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、ちょっと自信になります」
「本当にそう思っていますよ!無理に褒めてるわけじゃないですからね」
ユリウスの口調はいつも通り穏やかだった。
ミレイユは少し嬉しそうな顔をした。
「それこそ、ユリウス様はどうなんですか?第二近衛、最近ずっと忙しそうですよね。ちゃんと休めています?」
「まあ、それなりには。新人の指導もあるし、書類も増えてますから。隊長っていうと剣を振ってるイメージが強いかもしれないけど、実際は一日ほとんど机に向かってる日もありますよ」
「そんなにですか?」
「そんなに。正直、剣を持ってる時間より書類を持ってる時間の方が長い日もあるかもしれないですね」
少し冗談めかして言うユリウスを見て、ミレイユは小さく笑った。けれど、その顔を見ているうちに、つい口から言葉が出る。
「でも最近、少し疲れてるように見えてました」
今度はユリウスの方が少し驚いたようだった。
「自分では、そんなに顔に出してるつもりなかったんだけど。そこまで見られてたんだなと思って」
「そ、そんなに見てたわけじゃありませんよ。ただ、何となくです!」
慌てて否定したものの、言ってからミレイユ自身も気づいた。
何となく、で済ませていいのだろうか。
王宮ですれ違うたびに顔を見ていたから。以前と少し違うことに気づいたから。そう考えると、自分は思っていた以上にユリウスのことを見ていたのかもしれない。
「……でも、ちゃんと休んでくださいね。倒れたら大変ですから」
「ありがとうございます。ミレイユさん。気をつけますね」
ユリウスはそれ以上深く追及しなかった。そのことに少し安心しながら、ミレイユは用事を済ませるため、最後に預かる予定だった備品の箱へ向かった。
「これですね。では、こちらも持っていきます」
両腕で抱えようとする。
ところが、持ち上げた瞬間に思った以上の重さが腕へかかった。
「……重っ」
「やっぱり重いですか」
すぐにユリウスが気づいた。
「だ、大丈夫です。これくらいなら運べます!」
「無理しなくていいよ。貸してください」
「でも、お仕事の途中でしょう?」
「少しくらい平気です。そのまま運んで途中で落とした方が困るから。それに団長より、そう言った仕事も手伝えとのお達しがありましたから」
ユリウスはそう言うと、ミレイユが抱えていた箱を自然に受け取った。大げさに力を入れる様子もなく、そのまま片腕で安定させる。
「じゃあ、行こうか。どこまで運べばいいですか?」
「……あちらの棟までです」
「分かりました」
断り続ける方が不自然だと思い、ミレイユも隣へ並んだ。
二人で王宮の廊下を歩き始めてから、ミレイユはふと気づいた。
ユリウスは、思っていたよりずっと背が高い。
これまで何度も話したことはある。それでも、いつもは少し離れた場所で向かい合うことが多く、こうしてすぐ隣を並んで歩くことはほとんどなかった。改めて見れば、自分との身長差はかなりある。
しかも、自分なら両腕で抱えて慎重に運ばなければならない箱を、ユリウスはほとんど苦にしていない。穏やかで優しい印象が強かったせいで、今まではあまり意識していなかったが、近くで見ると肩幅もあり、身体つきも明らかに騎士のものだった。
――こんなに大きかったんだ。
何故か急にそんなことを意識してしまい、ミレイユは少しだけ頬が熱くなるのを感じた。慌てて視線を前へ戻す。
「そういえば、休みの日って何してるのです?」
「え?」
突然話しかけられ、ミレイユは少しだけ肩を揺らした。
「いや、以前から顔は合わせてるけど、仕事以外の話ってあんまりしたことなかったなと思っていまして」
その言葉に、ミレイユも確かにと思った。
二人は初対面ではない。むしろ王宮内では何度も会っているし、エドガーを通して言葉を交わすこともあった。けれど、そのほとんどは仕事やアリシアたちに関する話で、自分たち自身についてゆっくり話したことはほとんどなかった。
「私は、お休みの日なら王都を歩いたりしますね。アリシア様のお買い物に付き合うこともありますけど、自分だけの日なら甘いものを買いに行ったりします」
「甘いもの好きなんですね」
「はい。特に焼き菓子が好きです。ユリウス様は?」
「私は家族のところに顔を出すことが多いかな。弟や妹が多いから、行くと結局ずっと相手ですよ」
「七人兄妹でしたよね?」
「覚えてたのですね」
「それくらい覚えてますよ。前に聞きましたから!」
ミレイユが少しむっとすると、ユリウスは楽しそうに笑った。
そこからは、これまであまり話したことのなかった内容が少しずつ増えていった。王都でよく行く場所や、休日の過ごし方、好きな料理。以前から知っていたはずなのに、知らないことは思っていた以上に多い。
気づけば、目的地へ着く頃には詰所を出た時よりもずっと自然に会話できるようになっていた。
「ここでいいですか?」
「はい。ありがとうございます!本当に助かりました!」
ユリウスは指定された場所へ箱を置き、軽く手を払った。
「じゃあ、私は戻りますね。それと、また詰所に来ることがあったら声をかけて下さい!」
「はい!今日はありがとうございました!」
その場では、いつもと変わらない調子で別れた。
けれど、ユリウスの後ろ姿が廊下の向こうへ消えてから、ミレイユは頬を少し赤らめて、しばらくその場に立ったままだった。




