34. 王宮に広がる噂と今後の対策
タイトル変更を検討中です。
アリシアとエドガーが王宮で暮らし続け、ローゼンも公務の合間を見つけては二人のもとへ顔を出す。三人で食事を取り、庭園を歩く姿も珍しくなくなったことで、王宮内では自然と今後についての噂が広がり始めていた。
「アリシア様、このまま王宮に残られるのかしら」
「陛下とも随分仲が戻っているみたいですし、もしかしたら再婚されるのでは?」
「そうなったら、また王妃になられるのかしら」
最初は侍女や使用人たちの間で交わされる、他愛のない話だった。昔の二人を知る者も多いため、どちらかといえば好意的に見ている者の方が多い。しかし、本人たちが何も正式に発表していないからこそ、周囲の想像は次第へ膨らんでいく。
やがて、貴族たちの関心はエドガーにも向けられる。
「陛下のご子息なら、いずれ王位継承の話も出るだろう」
「だが、まだ正式な立場は何も決まっていないらしい」
そこまでは当然の話だった。
問題は、その中に少しずつ疑問の声が上がり始めた事だった。
「しかし、アリシア様は四年間も王都を離れていたのだろう?」
「その間に生まれた子だ」
「……本当に陛下のご子息なのか?」
勿論、そんな事は王の前で言えるはずもなく、小声で交わされるように、王宮の複数の場所で聞かれるようになっていた。
その噂は、やがて宰相レオナード・ヴァルディスの耳にも届く。
レオナードは第一近衛騎士団長クラウス・ベルンハルトと、副団長ディートリヒ・ラウフェンを呼び、三人だけで話をすることにした。
「想定していたより早く広がりましたね」
レオナードはそう言う。
卓の上には、ここ数日で報告された噂の内容が簡単にまとめられていた。
「アリシア様と陛下の再婚についてだけなら、好きに言わせておけばよいと思っていました。しかし、エドガー様の血筋まで公然と話題になり始めています。宰相として、この状況はあまりよいとは言えません」
クラウスは資料へ視線を落としたまま、低い声で答える。
「まだ公然と、というほどではないだろう。小声程度だ」
「だからこそ、今のうちに考えておく必要があります」
「何をだ?」
「王宮内で、どこまで発言を許すかです」
クラウスが顔を上げた。
ディートリヒも黙ってレオナードを見る。
「……王宮内で言論統制をするつもりですか」
ディートリヒが尋ねると、レオナードはすぐには肯定しなかった。
「そこまで強い言い方をするつもりはありません。ただ、陛下のご子息について根拠のない噂を流す行為を放置し続けるのも問題でしょう。特に血筋については、アリシア様個人の名誉にも関わります」
「しかし、禁止すれば逆効果になる可能性もある。それこそ何か隠していると思われるぞ」
「私も団長と同意見です」
ディートリヒが続ける。
「今のところは噂にすぎません。過剰に取り締まれば、やりすぎだと受け取る者も出るでしょう」
レオナードは二人の意見を聞きながら、指先で卓を軽く叩いた。
「では、何もしないと?」
「そこまでは言っていない」
クラウスが首を振る。
「侮辱や悪意のある流言まで放置する必要はないが、『アリシア様は王妃に戻るのか』『エドガー様は王太子になるのか』という話まで禁止するのは難しいだろう。それは誰もが気にしていることだ。現に騎士団でも関心があるくらいだ」
王家について好き勝手に噂されること自体は珍しいことではない。誰が次の王妃になるのか、誰が王位を継ぐのか。それは王宮に仕える者にとっても、貴族にとっても重大な関心事である。
だが、今回の噂にはアリシアの貞節を疑うものまで混ざっている。
すると、レオナードが二人と目を合わせて話す。
「やはり、禍根といいますか。そういった一連の問題を解決するには、早期に『血縁鑑定』をするしかないかと思います」
クラウスはすぐには答えなかった。
ディートリヒも少し眉を寄せる。
「……それは、少し早すぎるのではありませんか」
最初に反論したのはディートリヒだった。
「何故です?」
「血縁鑑定を行うということは、エドガー様を王家の実子として正式に扱う方向へ一気に進むということです。結果が出れば、王位継承の問題も避けられません」
「いずれ避けられない問題でしょう」
「いずれ、であって今とは限りません」
ディートリヒの口調はあくまで冷静だった。
「アリシア様もまだ結論を出されていないはずです。北部へ戻る可能性も残しておられる。そこへ周囲の噂を理由に鑑定を急がせれば、実質的に選択肢を狭めることになります」
クラウスも同意するように頷いた。
「俺も早いと思う」
「団長もですか」
「ああ。噂を止めるためだけにやるには重すぎるやり方だ」
血縁鑑定は、単に「親子でした」で終わる話ではない。エドガーがローゼンの実子だと確定すれば、王位継承順位は大きく動く。王太子として扱うべきだという声も一気に強まるだろう。
「噂を止めるために鑑定して、その結果もっと大きな騒ぎを起こしたら本末転倒だ」
クラウスの言葉に、レオナードは黙った。
「しかし、放置すれば噂は広がりますよ」
「分かっている」
「エドガー様ご本人の耳に入る可能性もあります」
そこはクラウスも否定できなかった。
まだ四歳とはいえ、王宮で暮らしている以上、いつまでも何も知らずに済むとは限らない。まして「本当に陛下の子なのか」という話が本人に届けば、傷つく可能性もある。
「だからといって、今すぐ鑑定を決めるのも違うと思います」
ディートリヒが言う。
「まずは陛下とアリシア様の意思を優先すべきでしょう。周囲が騒いだから王家の進退まで変える、という前例を作る方が危険です」
しばらくして、レオナードが小さく息を吐いた。
「……分かりました。血縁鑑定については、私から急かすことはしません」
「それがいいと思う。二人……いや、三人の意思を尊重しよう」
「ただし、噂については、引き続き確認します。これ以上悪質なものが増えるようなら、何らかの対応は必要です。私はもう見ていられません」
「そこは異論ない。
クラウスが答える。
ディートリヒも続けた。
「私達の方でも、巡回中にそう言ったやり取りが起きていないかを調査致します。レオナード様の憂いは私達も分からない訳ではございません」
レオナードは二人を交互に見た。
「確かに、お二人の仰る通り、今の王宮で一番避けるべきなのは、噂に振り回されることですね。少し軽率でした」
「謝らなくて大丈夫だ。宰相は騎士団よりも大変なのはよく分かっている。何かあったら近衛騎士団、特に第二を頼ってくれ。彼らは王宮内で最も信頼できる組織だ」
結局、この場では噂そのものを全面的に禁じることはしないと決まった。これが、その場凌ぎの対応だとは分かっていてもこれが最善策であるのは事実である。
ただの噂であっても、その声が日に日に大きくなっていることだけは、もう誰にも無視できる訳ではないのだった。




