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一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


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26. ローゼンとエドガーの二人きり

 アリシアを王都へ送り出したあと、王宮に残ったローゼンとエドガーは、しばらくその場から動かなかった。これまでにも二人だけで過ごしたことは何度かある。庭園で一緒に遊んだこともあれば、ローゼンの部屋でエドガーを寝かせたこともあった。しかし、そうした時には近くにアリシアがいた。少し離れた場所にいても、何かあればすぐに戻ってくる。それに対して今日は、アリシアが王宮そのものを離れている。朝から長い時間、エドガーを預かるのはこれが初めてだった。


 もっとも、母親と離れた当のエドガーは少しも気にしていないようだった。アリシアの姿が見えなくなったあとも寂しがる様子はなく、むしろ今日はいつもと違う一日になると思っているのか、楽しそうにローゼンを見上げている。


「ねぇ、今日は何するの?」

「今日は……」


 ローゼンはそこで言葉を止めた。

 何をすればいいのだろう。


 自分からアリシアへ「エドガーは俺が見ている」と言った手前、今さら何も考えていなかったとは言いづらい。もちろん、エドガーと一緒に過ごすこと自体は楽しみにしていた。だが、いざ完全に任されてみると、四歳の子どもと朝から一日どう過ごせばいいのかが分からなかったのである。もしユリウスがいたら違ったのかもしれない。


 普段なら、アリシアが自然とエドガーの相手をしている。エドガーが遊びたがれば遊び、疲れていれば休ませ、食事の時間になれば声を掛ける。ローゼンはそこへ加わればよかった。三人でいる時には特に意識したこともなかったが、どうやらアリシアはエドガーの様子を見ながら、当たり前のように一日の流れを作っていたらしい。


 しかし、今日はそのアリシアがいない。


「どうしたの?」

「……少し待ってくれ。今、考えている」

「ん?」

「今日、君と何をして過ごすべきかをだ」


 ローゼンが妙に真剣な表情で考え込むので、エドガーも不思議そうに首を傾げた。


 せっかくなのだから、何か父親らしいことをしてやった方がいいのではないか。王宮だからこそできることもある。馬を見せてもいいし、庭園へ連れていってもいい。もっと特別なものを用意してやることだってできる。そうやってローゼンが一人で考えを巡らせていると、ちょうど部屋の扉が開いた。


「失礼いたします。エドガー様のご様子はいかがでしょうか?」


 姿を見せたのはミレイユだった。アリシアが王都へ出掛けているため、今日はいつものように付きっきりで世話をする必要がない。それでもエドガーのことが気になったらしく、様子を見に来たようだった。


 ところが、室内へ入ったミレイユはすぐに違和感へ気付いた。エドガーはいつも通り元気そうなのに、その前にいるローゼンだけが何故か難しい顔をしている。


「陛下……どうかなさいましたか? 何かお困りのことでも?」

「いや……」


 ローゼンは一度言葉を濁したものの、やがて少し言いづらそうに尋ねた。


「ミレイユ。四歳の子どもというのは、普段何をして一日を過ごすものなんだ?」

「……はい?」


 思いがけない質問だったらしく、ミレイユは目を瞬かせた。


「四歳の子どもが、普段何をして過ごすのか……でございますか?」

「ああ。今日は俺がエドガーを見るとアリシアに言ったんだが、考えてみれば朝から長時間二人で過ごすのは初めてなんだ。何かしてやろうとは思っているんだが、何をすれば喜ぶのかが分からない」


 王から極めて真剣な顔で相談され、ミレイユも困ってしまった。彼女自身、エドガーの相手をすることはあるものの、四歳児全般の過ごし方について詳しいわけではない。しばらく考えてから、ふとローゼンのすぐ近くにいる本人へ視線を向けた。


「それでしたら……エドガー様ご本人にお聞きするのが一番早いのではないでしょうか?」

「本人に?」

「はい。何をして遊びたいのか、エドガー様がお決めになるのが一番かと……」


 言われてみればその通りだった。


 ローゼンは少しだけ気まずそうにエドガーへ視線を移す。先ほどから話を聞いていたエドガーは、何故大人二人がそんな簡単なことで悩んでいるのか分からないらしく、きょとんとしていた。


「エドガー。今日は何をしたい?何かやりたいことがあるなら、できる範囲で付き合うぞ」

「積み木!あと、お絵描きもしたい!」

「……それだけでいいのか?」

「うん!」


 あまりにも普通の答えだった。


 ローゼンはてっきり、どこかへ連れていってほしいだとか、珍しいものを見たいだとか、もっと特別なことを言われると思っていた。ところがエドガーが望んでいるのは、王宮でなくてもできるような遊びばかりである。


 そんなローゼンの考えを察したのか、ミレイユが小さく笑った。


「エドガー様が楽しいのでしたら、それでよろしいのではないでしょうか。何も今日一日で、特別なことをすべてして差し上げる必要はないと思いますよ」

「……そういうものか」

「少なくとも、エドガー様はもう積み木を出す気満々のようですよ!」


 見れば、エドガーはすでに玩具の箱へ向かっていた。


 それならばとローゼンも床へ腰を下ろす。箱の中身を広げると、大小様々な形をした積み木が絨毯の上へ転がった。エドガーは深く考えることもなく、四角い積み木を次々に重ね始める。


「僕、おっきい塔作る!」

「それなら下をもう少し広くした方がいいんじゃないか? その置き方だと、高くする前に崩れると思うぞ」

「大丈夫だよ!倒れたらまた作るもん!」

「……なるほど。それもそうか」


 そう言いつつ、ローゼンは自分の前にも積み木を並べ始めた。


 最初はエドガーを手伝うつもりだったはずなのだが、いつの間にか自分でも塔を作っている。しかもエドガーが思いつくまま積み上げている横で、ローゼンだけは土台の幅を揃え、左右の均衡まで確かめながら一つずつ慎重に積んでいた。


 やがてエドガーの塔がぐらりと揺れ、そのまま崩れ落ちる。


「あー!壊れちゃった!」


 少し離れた場所で二人を見ていたミレイユも、とうとう堪えきれなくなったらしい。口元を押さえながら笑っている。


「も、申し訳ございません……。陛下があまりにも真剣でいらっしゃるので」

「……他の人には内緒だからな」


 エドガーもそんなローゼンが面白かったらしく、今度は自分の前へ積み木を集めてくる。


「じゃあ一緒に作ろうよ。僕もやる!」

「ああ。そうしよう。今度は俺だけが作らないようにする」


 先ほどまで何をして過ごせばいいのかと悩んでいた姿が嘘のようだった。ミレイユもしばらく二人を見守っていたが、これなら自分が側にいなくても問題はないと判断したらしい。


「それでは、私は一度失礼いたします。何かございましたらお呼びください。昼食のお時間になりましたら、また様子を見に参りますね」

「ああ、ありがとう」

「ミレイユお姉ちゃん、またね!」


 エドガーに手を振られ、ミレイユも笑顔で返す。そのまま扉が閉まると、部屋にはローゼンとエドガーだけが残された。


 それから二人は、一つの大きな城を作ることになった。エドガーが好きな場所へ積み木を置き、ローゼンが崩れそうなところだけを直していく。最初ほどローゼンも形にこだわらなくなり、少しくらい歪んでいてもエドガーが満足しているなら、そのままにしておくようになっていた。


「ママともね、これやったよ」


 積み木を一つ置きながら、エドガーが何気なく話した。


「村でも積み木で遊んでいたのか?」

「うん。村のおじちゃんが作ってくれたの。これより少なかったけど、おうち作ったりしたよ」

「そうだったのか。村では他にどんなことをして遊んでいたんだ?」

「いっぱいあるよ。外で走ったり、木の枝で遊んだり、お友達と虫探したりした!」


 エドガーにとっては何でもない思い出話だった。


 けれど、ローゼンにとっては知らないことばかりである。


「虫も探していたのか。アリシアも一緒にいたのか?」

「ママは虫嫌いだから来ないよ。でも薬草を取りに行く時は僕も一緒だった! 近いところだけね。遠いところは危ないからお留守番って言われた」

「薬草を採る時は、アリシアが教えてくれたのか?」

「うん!これは取っていいとか、これは駄目とか教えてくれた。ママ、お薬いっぱい作れるんだよ。それからご飯も作ってくれるよ。僕、ママのご飯好き!」


 エドガーは思いついた順番に次々と話していく。村の子どもたちと遊んだこと。大きな木の下で休んだこと。アリシアと森へ出掛けたこと。疲れて帰ると温かい食事を作ってもらったこと。


 ローゼンは積み木を触りながら、その一つひとつを静かに聞いていた。


 自分が知っているのは、幼い頃から一緒に育ったアリシアと、婚約者だった頃のアリシアだった。けれど、エドガーが話すのは母親としての彼女である。薬を作り、料理をし、息子の手を引いて森を歩き、仕事が終われば遊び相手になる。そんな四年間をローゼンはほとんど知らなかった。


 父親でありながら、エドガーがどんな場所で育ち、何をして笑っていたのか知らない。その事実には、やはり少しだけ寂しさを覚える。


 けれど、今から知ることはできる。


「他には?村ではどんなところへ行ったんだ? エドガーが好きだった場所もあったのか?」

「あるよ!おっきい木があってね、その下でよく遊んだの。あと川もあるよ。でも川は一人で行っちゃ駄目って言われてた!」

 

 聞いてもらえることが嬉しいのか、エドガーはますます楽しそうに話した。ローゼンも時折質問を挟みながら、そのばらばらな思い出話へ付き合っていく。


 やがて一通り自分の話をしたところで、今度はエドガーの方がローゼンへ興味を持ったらしい。


「ねぇ、小さい時は何してたの?」

「俺か?今の君くらいの頃なら、庭園で遊ぶことが多かったと思う。もう少し大きくなってからは王宮の中を歩き回ったり、この前行った森へ入ったりもしていたな」

「一人で?」

「いや。大抵はアリシアも一緒だった。俺が何かを始めても、気付けばあいつが隣にいたし、逆にアリシアが面白そうなものを見つければ、俺が付き合わされていた」

「それ、ママもいたの?」

「ああ。ほとんどいつも一緒だったよ。今は君に危ないことをするなと言っているが、昔のアリシアは自分で危ないことをして何度も叱られていた」

「ママが!?」


 自分が知らない母親の話が面白いらしく、エドガーは目を輝かせた。


「本当だ。王宮の中を走り回ったり、勝手に森へ行こうとしたりしてな。俺まで一緒になって叱られることも多かった」

「ママ、悪い子だったの?」

「悪い子というほどではないが……今よりずっと落ち着きがなかったのは間違いないな」


 エドガーは声を上げて笑った。


 ローゼンも懐かしそうに笑いながら、幼い頃の出来事をいくつか話してやった。話の中には当然のようにアリシアが何度も登場し、そのたびにエドガーは「ママも?」と楽しそうに聞き返す。


 そうして互いの知らない昔話をしているうちに、いつの間にか随分と時間が経っていた。


「失礼いたします。そろそろ昼食のお時間ですが……」


 扉を開けて戻ってきたミレイユは、室内を見て少しだけ目を丸くした。


 朝には四歳児を前に難しい顔をしていたローゼンが、今ではエドガーと同じ床へ座り、積み木に囲まれながら普通に話している。エドガーの方も機嫌がよく、二人だけで過ごすことに何の不安もなかったようだった。


「どうやら、私が心配する必要はなかったようですね。エドガー様、陛下とお二人で問題はございませんでしたか?」


 ローゼンが答えるよりも先に、エドガーが嬉しそうに答えた。


「うん!楽しかったよ!積み木したし、ママが小さい時のお話もいっぱい聞いた!」

「それは良かったですね!」


 ローゼンも何も言わなかったが、「楽しかった」と言われたことが嬉しかったらしい。朝のような戸惑いはなく、表情も随分と柔らかくなっていた。


「ねぇ、お昼食べたら次は何する?」


 エドガーは当然のように尋ねた。


「エドガーは何がしたい?やりたいことがあるなら、それを一緒にやろう」

「じゃあ、お絵描きしたい!」

「分かった。それなら昼食が終わったら用意してもらおう」

「やった!」


 特別なことをしてやらなければならないと思っていた。父親なのだから、息子が喜ぶ何かを用意しなければならないとも考えていた。


 けれど、どうやらそんなに難しく考える必要はなかったらしい。


 ローゼンとエドガーの二人きりの一日は、まだ半分も終わっていなかった。


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