24. 侍女たちの休憩時間 (閑話休題)
昼下がりの王宮。忙しく働く侍女たちにも、ほんのわずかな休憩時間が与えられていた。使用人用の休憩室には何人もの侍女が集まり、湯気の立つお茶と小さな焼き菓子を囲みながら、束の間の息抜きを楽しんでいる。普段は仕事中ということもあって私語を控えている彼女たちも、この時間だけは別だった。誰が失敗しただの、料理長が今日は機嫌が良かっただの、どこの騎士が最近髪を切っただのと、話題は尽きない。
その中には、アリシアの専属侍女となったミレイユの姿もあった。まだ王宮へ勤め始めたばかりの新人ではあるものの、持ち前の明るさもあって周囲とはすぐに打ち解けている。今日も先輩侍女たちに囲まれながら、焼き菓子を一つ手に取り、楽しそうに話を聞いていた。
侍女たちの話題は、やはり恋愛の話へ流れやすい。この王宮で若い男といえば、多くは騎士団に所属する騎士か、文官の一部。そして最も目立つ存在といえば、当然ながら国王ローゼンである。もっとも、ローゼンについて本気で恋愛対象として語る者はほとんどいなかった。彼が長年アリシアだけを想い続けていたことは、王宮内ではあまりにも有名だったからだ。
「そういえば、ミレイユさん」
一人の侍女が、何かを思い出したように身を乗り出した。
「あなた今、アリシア様の専属でしょう? ローゼン様とアリシア様の様子って、実際どうなのかしら?」
その瞬間、ミレイユの表情が変わった。
「えーー! それはもう……羨ましい限りです。至福ですよ!」
思わず身を乗り出し、頬まで緩ませる。その顔は、普段アリシアの前で見せている真面目な専属侍女のものとは随分違っていた。
「至福って……」
「だって、本当にすごいんですよ! お二人とも自然すぎるんです。四年も離れていたなんて思えないくらいで……この間だって――」
そこまで言いかけて、ミレイユは慌てて口を閉ざした。さすがに専属侍女として見聞きしたことを何でもかんでも話すわけにはいかない。
「この間だって何?」
「な、何でもありません!」
「絶対何かあるじゃない!」
「言えません!これはお仕事上の秘密です!」
そう言いながらも、ミレイユの顔はどう見ても嬉しそうだった。王宮内でも屈指のアリシアとローゼンの推しである彼女にとって、二人を間近で見守れる今の立場は、ある意味これ以上ない環境なのかもしれない。
そんなミレイユを見ていた別の侍女が、ふと首を傾げた。
「でもさ。ミレイユさんって、人の恋はそんなに応援するのに、自分の恋には無頓着よね?」
「な、な、何を言っているんですか!?私なんかが……!」
思いがけず話題を自分へ向けられ、ミレイユは一気に顔を赤くした。
それを見逃す侍女たちではない。
「えーー!やっぱり興味あるじゃない!」
「違います!」
「じゃあ、どうして顔が赤いの?」
「これは……その……急に変なことを言われたからです!」
先ほどまでアリシアとローゼンの話で好き勝手に盛り上がっていたミレイユが、今度は完全に追及される側へ回ってしまった。しかも相手は、こういう話題に慣れた侍女たちである。一度獲物を見つければ、簡単には逃がしてくれない。
「好きな人はいないの?騎士団に格好いい人、いっぱいいるじゃない。専属侍女なら護衛の騎士と顔を合わせることも多いでしょう?」
「そ、それはそうですけど、そういう目で見たことなんてありません!」
「本当に?」
「本当です!そもそも私なんかを好きになってくださる方なんていませんから!」
ミレイユが必死にそう言い切った瞬間、休憩室にいた侍女たちが揃って呆れたような顔をした。
「そういうところよ!」
一斉に返され、ミレイユは目を丸くする。
「えっ、何がですか!?」
「そうやって最初から自分を候補から外してるところ!」
「ミレイユさん、普通に可愛いのにね」
「そうそう。しかも真面目だし、明るいし」
「そ、そんな……!」
急に褒められ始め、ミレイユはますます困ったように視線を泳がせた。
すると、一人の侍女が楽しそうに問いを変える。
「じゃあ、好きな人はいないとしても、好みくらいはあるでしょう?どんな男性がいいの?」
「好み……ですか?」
ミレイユはそこで完全に詰まった。
これまで、自分自身の恋愛について真剣に考えたことなどほとんどない。誰かと結婚したいと思ったことがないわけではないが、具体的にどんな相手がいいのかと聞かれると、急に答えが分からなくなる。
「えっと……優しい方、でしょうか」
「それだけ!?もっとあるでしょう!」
「背は高い方がいい?騎士と文官ならどっち?年上?年下?顔は?」
「ちょ、ちょっと待ってください!一度に聞かないでください!」
質問が次々飛んできて、ミレイユの頭はいっぱいになっていた。
「背は……別にどちらでも……騎士とか文官とかも、よく分からないですし……年齢だって……!」
「じゃあ、本当に優しい人なら誰でもいいの?」
「そういう意味でもありません!」
「難しいわねぇ」
「私だって今初めて考えてるんです!」
ミレイユは半ば涙目になりながら答えた。自分がアリシアとローゼンの話をする時はあれほど楽しいのに、いざ自分のことを聞かれると、どうしてこんなにも恥ずかしいのだろう。
そんな中、一人の侍女が楽しそうに手を打った。
「だったら第二近衛騎士団なんてどう? 若い騎士も多いでしょう?」
「どうしてそうなるんですか!?」
ミレイユは思わず身を乗り出した。
「だって、今の王宮で一番顔を合わせる機会が多そうじゃない。第二近衛騎士団は王宮に残ってるんでしょう?」
「それはそうですけど!」
「隊長のユリウス様だって若いし、優しいって有名じゃない?」
「ユ、ユリウス様は関係ありません!」
なぜか名前を出されただけで、ミレイユの顔がさらに赤くなる。
侍女たちはすぐさま反応した。
「あら?今の反応、ちょっと怪しくない?」
「違います!違いますから!」
「誰もユリウス様が好きなんて言ってないわよ?」
「だからそういうことを言わないでください!」
完全に墓穴を掘ってしまった。
ミレイユは何とか流れを変えようと、慌てて別の話題を持ち出す。
「そ、それより!アリシア様のお話をしませんか!?昨日なんてローゼン様と――」
「駄目!今日はミレイユさんの話!」
「そうそう。いつも人の恋愛ばっかり聞いてるんだから、たまには自分の話もしなさいよ」
「そんなぁ……」
逃げ道は塞がれた。
その後も侍女たちは、理想の相手はどんな人なのか、騎士ならどの隊がいいのか、結婚するなら王都に残りたいのかと、好き勝手に質問を重ねていく。ミレイユはそのたびに必死で否定したり、答えに詰まったり、とうとうお茶へ逃げるように口をつけたりしていた。
先ほどまでアリシアとローゼンの話をしていた時の余裕は、もうどこにもない。
そんな時間がしばらく続いた頃、ようやく休憩時間の終わりを知らせる鐘が王宮内へ響いた。
その音を聞いた瞬間、ミレイユの表情がぱっと明るくなった。
「ア、アリシア様のところへ戻らなくてはいけませんので! 私はこれで失礼します!」
「逃げた!」
「逃げてません!お仕事です!」
ミレイユは残っていたお茶を慌てて飲み干し、誰よりも早く立ち上がった。そのまま空になったカップを片付けると、侍女たちの笑い声を背中に受けながら休憩室を飛び出していく。
扉が閉まったあとも、残された侍女たちは楽しそうに顔を見合わせていた。
「あれは絶対、恋愛に興味ないって顔じゃなかったわね」
「そのうち誰か紹介してあげようかしら」
「第二近衛騎士団あたりから?」
「それは面白そうね」
そんな会話が交わされているとも知らず、ミレイユは廊下を早足で歩いていた。休憩室から十分に離れたところまで来ると、ようやく足を緩め、まだ熱の残っている頬を両手で押さえる。
「もう……皆さん、変なことばかり言うんですから……」
恋愛なんて、自分にはまだ関係のない話だと思っていた。
アリシアとローゼンの関係を見守っているだけで十分楽しいし、それ以上のことなど考えたこともない。
――本当に、考えたことなどないはずだった。
「……考える必要なんてないですよね」
誰に言うでもなく小さく呟き、ミレイユはぶんぶんと首を横へ振った。
今はそんなことより、アリシアのところへ戻る方が大切である。
そう自分へ言い聞かせるように歩みを速め、ミレイユは再び仕事へ戻っていった。




