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一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


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13/24

13. 外遊びをする息子

今日は21時も投稿します

 部屋へ戻ってからしばらくの間、アリシアは荷物を片付けたり、衣服を整理したりして過ごしていた。四年間暮らした辺境の村から持ってきた荷物は決して多くはない。それでも、一つひとつ手に取るたび、村で過ごした日々が自然と思い返された。エドガーが初めて描いた何の絵なのかよく分からない一枚、小さくなって着られなくなった服、村の老人から譲り受けた木彫りのおもちゃ。王宮にある豪華な品々とは比べものにならないほど素朴なものばかりだったが、アリシアにとってはどれも大切な思い出だった。


 一通り片付けを終えたところで、アリシアは小さく息を吐いた。久しぶりの王宮というだけでも落ち着かないというのに、朝からあまりにも多くのことが起こりすぎた。気分転換でもしようと窓を開けると、涼しい風が室内へ流れ込み、薄いカーテンをふわりと揺らす。眼下には手入れの行き届いた庭園が広がっており、色とりどりの花が陽光を受けていた。


 何となく視線を下へ向けたアリシアは、そこで目を丸くする。


「……あら?」


 庭園の中央に、見覚えのある二人の姿があった。


 ローゼンとエドガーである。


 エドガーが自分の部屋を飛び出し、そのまま三つ隣にあるローゼンの部屋へ遊びに行ったことは知っていた。けれど、いつの間に庭園まで出ていたのだろう。しかもローゼンが無理に連れ出したようには見えず、むしろ元気いっぱいのエドガーに振り回されているように見える。


 その様子を眺めているうちに、アリシアは何となく事情を察した。ローゼンは昔から、身内に対してだけは強く出られない人だった。幼い頃もアリシアが何かを頼めば、最初こそ困ったような顔をするものの、結局は付き合ってくれた。庭園を探検したいと言えば一緒に付いてきて、夜中に本を読みたいと言えば眠そうな顔をしながら付き合い、無茶なお願いをしても最後には折れる。国王となった今は随分と威厳も身に付いたようだが、その性格までは変わっていないらしい。おそらくエドガーが「外で遊びたい」とでも言い出し、断り切れずに連れてきたのだろう。


「相変わらず押しに弱いんだから……」


 思わず呟きながら、アリシアは窓枠へ腕を置いた。


 だが、それ以上に驚いたのは、二人が思っていたよりずっと打ち解けていたことだった。まだ初めて顔を合わせてから半日ほどしか経っていない。エドガーにとってローゼンは、今日突然現れたばかりの知らない男である。普通なら多少なりとも警戒しておかしくないはずなのに、今のエドガーにはそんな様子が微塵もなかった。


「もう仲良くなってるなんて……」


 庭園では、エドガーが拾ったらしい木の枝を片手に、何人かの近衛騎士を相手に剣ごっこをしていた。


「えいっ!」


 勢いよく枝を振ると、それを受けた若い近衛騎士が大袈裟に胸を押さえる。


「かったー!」


 エドガーが嬉しそうに笑うと、周囲で見ていた騎士たちからも笑い声が上がった。普段は国王を守るために厳しい訓練を積んでいる男たちが、一人の四歳児を相手に全力で負けてあげている。その中には、王宮までの道中でエドガーと手を繋いでいた若い近衛騎士の隊長もいた。すっかり懐かれたらしく、エドガーに呼ばれるたびに笑顔で応じている。


「お兄ちゃんもやって!」

「私も?さっき負けたばかりなんだけどなあ」

「もういっかい!」

「仕方ないな。今度は少し強いよ?」


 そう言いながらも笑っている時点で、勝つつもりなどないのだろう。エドガーが木の枝を振り回せば器用に受け止め、最後には「強いなあ」と笑いながら降参している。


 その光景を見て、アリシアも自然と頬を緩めた。辺境の村でもエドガーは近所の子どもや大人たちによく遊んでもらっていた。猟師の後を追いかけたり、農夫の畑へ入り込んで手伝いをしたつもりになったり、年上の子どもたちと泥だらけになって帰ってきたりしたものだ。しかし王宮には村とは違うものがいくらでもある。広大な庭園があり、剣術の稽古場があり、屈強な近衛騎士たちまで遊び相手になってくれる。初めて見るものばかりの環境が楽しくて仕方ないのだろう。


 そして、その少し離れた場所にはローゼンがいた。


 国王らしく近衛騎士たちへ命令を出しているわけでもなく、ただエドガーの様子を楽しそうに見守っていた。


 その様子を見ていると、アリシアの胸に何とも言えない感情が込み上げてくる。


 ローゼンは、エドガーの父親である。


 その事実自体を否定するつもりはなかった。けれど、だからといって今さら父親らしい顔をされると、素直に受け入れることもできない。エドガーをここまで育ててきたのは自分だった。夜泣きが続いてほとんど眠れなかった日も、高熱を出して夜通し看病した時も、初めて立ち上がった瞬間も、初めて言葉を口にした時も、いつだってアリシアが隣にいた。好きな食べ物も、嫌いな野菜も、寝る前になるとなぜか元気になることも、叱られた時だけ妙に聞き分けのいい子になることも知っている。


 その時間は、アリシアにとって何物にも代えられないものだった。


「……ちょっとだけ、ずるいわね」


 窓辺で小さく呟く。


 自分は何年もかけて母親になったというのに、ローゼンは出会って半日であんなにもエドガーから懐かれている。もちろん、エドガーが楽しそうにしているのは嬉しい。父親へ懐くことが悪いとも思っていない。それでも母親として、少しくらい複雑な気持ちになることは許してほしかった。


 そんなアリシアの心など知るはずもなく、エドガーは近衛騎士との剣ごっこを終えると、今度はローゼンのところへ駆け寄った。


「一緒にやろー!」


 突然指名されたローゼンは、自分を指差した。


「俺もか?」

「うん!強そう!」


 ローゼンは少し困ったように周囲を見る。近衛騎士たちは一斉に目を逸らした。どうやら国王を助けるつもりは誰にもないらしい。若い隊長に至っては笑いを堪えながら木剣を差し出している。


「陛下、どうぞ」

「随分楽しそうにやっているな」

「そんなことありませんよ。エドガー様がお待ちですから」


 にこやかに返され、ローゼンは諦めたように木剣を受け取った。エドガーは嬉しそうに木の枝を構え、ローゼンも仕方なく向かい合う。


「いくよー!」


 エドガーが全力で突っ込んでいく。もちろん、本気のローゼンが四歳児の攻撃を受けるはずもない。けれど木の枝が腹へ軽く触れた瞬間、ローゼンは僅かに目を見開き、少し間を置いてから胸を押さえた。


「かったー!」


 エドガーは両手を上げて大喜びだった。周囲の騎士たちは笑ってよいものか迷っているらしく、口元を押さえたり空を見上げたりしている。若い隊長だけは堪え切れなかったらしく、肩を揺らしながらローゼンへ近付いた。


「陛下、完敗でしたね」

「……嬉しそうだな」

「そんなことありませんって」


 どう見ても嬉しそうだった。


 窓辺からその様子を眺めていたアリシアも、とうとう堪え切れず小さく吹き出した。


「何やってるのよ……」


 すると、勝利してすっかり気を良くしたエドガーは、今度はローゼンの背中へよじ登ろうとし始めた。


「ねぇ、乗せて!」

「背中にか?」

「うん!」


 ローゼンは一瞬だけ戸惑ったものの、すぐにエドガーへ背を向けて腰を落とした。小さな身体が背中へ乗ったことを確認すると、両脚をしっかり支えながらゆっくり立ち上がる。


「わあ!高い!」


 エドガーが嬉しそうに歓声を上げる。ローゼンは落とさないよう慎重に歩き始め、エドガーはその背中から庭園を見渡して楽しそうに笑っていた。時折「もっとあっち!」と指を差してはローゼンを好き勝手な方向へ歩かせている。国王を乗り物のように扱っていることなど、本人は当然理解していない。


 父親と息子。そう呼ぶには、二人の関係はまだ始まったばかりである。それでもエドガーが楽しそうに笑い、ローゼンもまた嬉しそうに息子へ付き合っていることだけは確かだった。


 そして、アリシアが考えなければならないのは、自分自身のことだけではなかった。できることなら辺境の村へ戻りたい。あの村には家があり、仕事があり、親しくしてくれた人々もいる。王宮へ戻れば、四年前のことを否応なく思い出すことになる。ローゼンとの関係だって、簡単に元へ戻せるはずがない。


 けれど、エドガーの将来まで自分の気持ちだけで決めてよいのだろうか。王宮には優秀な教師がいる。読み書きや計算だけでなく、歴史や外国語、礼儀作法まで望めば何でも学べる。剣術を学びたいと言えば近衛騎士たちが教えてくれるだろうし、他に興味を持つものができれば、それを伸ばす環境も揃っている。そして何より、ここには父親がいる。


 それがエドガーにとって本当に幸せなことなのかは、まだ分からない。王宮には王宮の窮屈さも危険もある。村での暮らしには、王宮にはない自由や温かさがあった。どちらか一方が正しいわけではないからこそ、アリシアは簡単に答えを出せずにいた。ただ、自分がローゼンに腹を立てているからという理由だけで、息子から父親と過ごす時間まで奪うことだけはしたくなかった。


 結局、一番大切なのはエドガーが幸せになれる道を選ぶことである。母親として、自分の感情だけで息子の未来を決めるわけにはいかない。そう思いながら庭園を眺めていると、ローゼンの背中から降ろしてもらったエドガーが、不意にこちらを見上げた。


「あっ!ママ!」


 満面の笑みを浮かべ、大きく両腕を振る。


「ママー!」


 その姿を見た途端、アリシアも自然と表情を緩めた。声が届かないと分かっていながら「はいはい、見えてるわよ」と呟き、窓辺から大きく手を振り返す。エドガーはそれが嬉しかったらしく、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、さらに激しく手を振った。


 すると、その隣にいたローゼンもアリシアへ気付いた。二人の視線が合う。ローゼンの表情が一瞬だけ明るくなり、少し迷ったあと、おずおずと片手を持ち上げた。


 どうやら自分にも手を振るつもりらしい。


「…………」


 アリシアの笑顔がすっと消えた。


 エドガーへ向けて振っていた手を下ろすと、ぷくっと頬を膨らませ、そのまま何事もなかったかのように顔を横へ向ける。


「まだ貴方には振ってあげないわよ」


 もちろん、庭園にいるローゼンへ聞こえるはずはない。けれど態度だけは十分に伝わったらしく、ローゼンは上げかけた手を中途半端な位置で止めた。そのまま数秒ほど固まり、やがて困ったような苦笑を浮かべながら、行き場を失った手を静かに下ろす。


 その様子を見ていたエドガーが、不思議そうにローゼンを見上げた。


「ママにバイバイしないの?」


 ローゼンは何かを答えていたが、ここまでは聞こえない。ただ、先ほどまで息子と遊んでいた時よりも少しだけ肩を落としているように見えた。


「ふん」


 アリシアは窓辺で小さく鼻を鳴らし、それでもエドガーがもう一度手を振ってきた時には、すぐに笑顔を取り戻して振り返した。エドガーにはいくらでも笑ってあげる。けれど、ローゼンにまで同じようにしてあげるつもりは、まだない。


 それが今のアリシアなりの、小さな意地だった。

遊んでいる騎士が誰なのかは次話で分かる予定です。

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