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一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


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111. 新しい仕組み作り

 机の上には、王国全体を描いた地図が広げられたままになっていた。アリシアはエレナを抱きながら、街道を示す線と、その途中に記された関所の印を交互に見ていた。国境や軍事上の要所には多くの兵が配置されているのに、人や荷物の流れを確認するための場所は思っていたより少ない。


 窓の外からは、時折荷馬車の車輪が地面を踏む音が聞こえてくる。北部へ来てから何度も耳にした音であり、以前この土地で暮らしていた頃とは比べものにならないほど多くの商品が行き交っている。それを確認しているのが、本来は別の役目を持つ北部警備隊だということも、アリシアは自分の目で確かめたばかりだった。


「……ねえ、アルノー。関所を増やすことはできないのかしら?」


 地図を見ていたアルノーが顔を上げる。アリシアは関所の印がある場所を指先で示し、それから街道に沿ってゆっくりと指を動かした。


「今ある関所だけじゃなくて、街道に合わせて新しく作るの。荷物を確認できる場所がもっとあれば、警備隊が全部を引き受けなくても済むでしょう?」

「増設そのものは不可能ではないと思います。ただ、数を増やせば、それぞれに人員を配置する必要があります」


 アルノーの指摘に、アリシアは小さく頷いた。建物を用意すれば終わる話ではない。毎日そこに人を置き、行き交う商人や荷馬車を確認するのなら、関所の数に応じて必要な人員も増えていく。


 そこで北部警備隊から人を出せば、今朝見た状況をさらに悪化させることになる。荷物を確認するために巡回や治安維持へ向かう兵士を減らしてしまえば、何のために仕組みを変えたのか分からない。


「関所で荷物を確認するのが貴方たちの仕事じゃないのなら、民間から人を募集してみようかしら?」


 アルノーはすぐには答えなかった。驚いているというより、実際に可能なのかを考えているようで、しばらく地図へ目を落としている。


「兵士ではない者に、荷物の確認を任せるということでしょうか」

「ええ。何か問題を起こした人を捕まえたり、街道を巡回したりするのは貴方たちにしかできないでしょう。でも、書類と荷物を見比べたり、何をどこへ運ぶのか記録したりする仕事まで、兵士じゃないとできないのかしら?」


 アリシアは今朝見た光景を思い返した。商人から書類を受け取り、積み荷の内容を確かめ、必要に応じて箱や袋を開く。何かおかしなものを見つけた時には警備隊へ知らせればよく、検査をする者自身が武器を持って取り押さえる必要はない。


「最初に仕事のやり方を教える必要はあると思うわ。何を確認するのか、どう記録するのか、怪しい荷物を見つけたら誰に知らせるのか。それを覚えてもらって、荷物を見る仕事を任せるの」

「そうなれば、我々が常に荷物の確認へ人を割く必要はなくなります。問題が起きた際に警備隊が対応する形にはできます」


 アルノーの返答を聞き、アリシアはもう一度地図へ視線を戻した。関所を増やした分だけ人が必要になることを問題だと考えていたが、その人員をすべて現在の兵士から用意する必要はない。新しく必要になる仕事なら、その仕事をする者も新しく集めればいい。


「それに、人を募集するなら仕事も増えるわね」


 口にしてから、アリシア自身もその利点に気づいた。北部には以前より多くの人が集まり、村だった場所が大きくなり、新しい店や家も増えている。商売を始める者ばかりではなく、働く場所を探して移ってくる者もいるはずだった。


「北部だけじゃなくて、関所を作った地域ごとに募集することもできるでしょう? 王都から全部の人を連れてくる必要もないもの」

「確かに、働き口を求めている者は北部にもおります。安定して人を雇うのであれば、希望する者はいるでしょう」


 関所を増やすために人を雇い、その地域に新しい仕事が生まれる。荷物を確認する仕組みを整えることが、警備隊の負担を減らすだけでなく、街道沿いで暮らす者の働き口にもなるのなら悪い話ではない。


 アリシアは地図に描かれた街道を眺めながら、少し前に王宮で行われた話し合いを思い出した。セレスティアたちとの交渉によって、これからアリスの母国との間で街道を整えていくことが決まっている。最初に主要な道を整え、将来的には複数の道をつなげていく予定だった。


「ちょうどいいかもしれないわ」

「何がでしょうか」

「アリスの国と街道を整備することになったの。これから道を整えるなら、関所についても一緒に考えられるでしょう?」


 アルノーはその話を詳しく知らなかったらしく、アリシアの説明を聞きながら地図の国境付近へ視線を移した。道が整えば移動にかかる時間は短くなり、これまで以上に商人が行き来するようになる。両国を行き交う荷物が増えることも容易に想像できた。


「北部も、道が整って人や荷物が増えたのでしょう? だったら、これから同じように道を整える場所でも似たことが起きるかもしれないわ。道だけ便利にして、荷物を確認する仕組みが今のままなのは困るもの」


 今回の薬が広がった北部だけに関所を増やしても、別の地域で物流が増えれば同じ問題が起こるかもしれない。これから街道を整備することが決まっているのなら、その段階から人や荷物をどう管理するかまで考えておいた方がいい。


「考え方としては有効だと思います。ただ、民間から人を集めるのであれば、別の問題も考えておく必要があります」

「別の問題?」

「商人との癒着です」


 アルノーは地図の上にある一つの関所を指した。毎日同じ場所で働けば、そこを頻繁に通る商人とは何度も顔を合わせることになる。最初は互いの顔を覚える程度でも、長く続けば親しくなる者が出てくる可能性はある。


「いつも通る商人だからと確認を簡単に済ませる者が出るかもしれません。さらに金銭を受け取り、意図的に荷物を見逃す者が出ないとも限りません」

「……賄賂ね」


 アリシアはエレナの背中へ添えていた手を動かしながら、地図に並ぶ関所の印を見つめた。関所を増やして検査をする人間を置いても、その人間が荷物を見逃すようになれば意味がない。仕組みを作る以上、そこを利用しようとする者が現れることも考えておかなければならなかった。


 しばらく考えたあと、アリシアは地図にある二つの関所へ順番に指を置いた。距離は離れているものの、どちらも主要な街道上にあり、同じように商人が行き交う場所になる。


「だったら、ずっと同じ場所で働かせなければいいんじゃない?」

「といいますと?」

「定期的に働く関所を変えるのよ。ここで働いていた人を何か月かしたら別の関所へ移して、代わりに違う人を入れるの。同じ商人と同じ人がずっと顔を合わせなければ、癒着もしにくくなるでしょう?」


 アルノーは地図を見ながら、アリシアが示した二つの場所を交互に確認した。複数の関所で同じ仕組みを採用するなら、職員を一定の期間ごとに入れ替えることはできる。移動する距離や人数については考える必要があるものの、一か所へ固定するより賄賂や馴れ合いを防ぎやすくなる。


「配置換えを前提として採用するわけですね」

「そう。それなら最初から、ずっと同じ場所で働く仕事ではないと分かった上で応募してもらえるもの」


 話しているうちに、最初はばらばらだった考えが少しずつ一つにつながっていく。街道を整備する時に関所も増やし、そこで荷物を確認する人間を民間から募集する。採用した者には必要な教育を行い、一定期間ごとに勤務する場所を変える。問題のある荷物や商人を見つけた時には、警備隊が対応する。


 もっとも、地図を見ながら二人で考えただけで実行できる話ではなかった。関所を増やすなら建設費が必要になり、職員を雇えば給金も発生する。何人必要なのか、誰が職員を管理するのか、どこまで荷物を確認させるのかも決めなければならない。


「細かいところは、ここだけじゃ決められないわね」

「はい。関所の位置については現場から意見を出せますが、王国全体で行うとなれば我々だけで判断できる範囲ではありません」


 アリシアも最初から、自分とアルノーだけですべてを決めるつもりはなかった。北部で起きている問題を確かめるために王宮を出てきたが、実際に現場を見たことで、持ち帰るべきものは偽物の薬についての報告だけではなくなっている。


「分かったわ。ローゼンに掛け合ってみる」


 アリシアはそう言って、地図に描かれた北部から王都へ続く街道を指先で辿った。ちょうど新しい街道整備について話がまとまった時期でもあり、道を整えるなら、その上を行き交う荷物を守る仕組みまで一緒に考える機会にできる。


「アルノーも、今の警備隊にどれくらい負担がかかっているのかまとめてもらえる? それと、関所を増やすならどこがいいかも聞きたいわ」

「承知いたしました。こちらで整理しておきます」


 窓の外では、夕方になっても荷馬車が街道を行き交っていた。北部が豊かになるにつれて増えた人と商品を、昔の仕組みだけで支え続けることには限界がある。


 アリシアは腕の中で眠り始めたエレナを抱き直しながら、王都へ戻ったらローゼンに何から話そうかと考えていた。

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