↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

110/115

107. 王宮に戻った静けさ

 エレナは先ほどから、アリシアの髪を掴もうと何度も手を伸ばしていた。指先が届きそうになるたびにアリシアが髪を後ろへ逃がすと、今度は身体ごと前へ傾いて追いかけてくる。危なっかしい動きに慌てて支えながら、アリシアは娘を自分の胸元へ抱き戻した。


 午後の私室には柔らかな陽射しが入り、窓辺に置かれた長椅子の半分を明るく照らしている。アリシアの隣には読みかけの本と紅茶が置かれていたものの、どちらにも手を伸ばす余裕はなかった。エレナは母親の腕の中でじっとしている気などないらしく、今度はアリシアの服に付いた飾りへ興味を移している。


「もう、次から次へと見つけのだから」


 アリシアが小さな手を包んで飾りから離すと、エレナは何がおかしいのか楽しそうに口元を緩めた。そのまま娘の身体を軽く揺らしているうちに、ふと窓の向こうへ目が向く。


 ここからでは王宮の正門まで続く道の一部が見えた。馬車が一台ゆっくりと門へ向かい、途中ですれ違った騎士が道の端へ寄っている。使用人たちも普段と変わらない様子で行き来しており、少し前まで外国からの客人を迎えていたとは思えないほど穏やかな午後だった。


 セレスティアたちが帰国する日、アリシアが外へ出ると、正門の前では使節団が出発の準備を進めていた。馬車には異国の紋章が掲げられ、従者たちが残った荷物を運び、騎士たちは馬具を確かめている。冷たい風が吹き抜けるたびに旗が揺れ、その下を人々が慌ただしく行き交っていた。


 セレスティアは馬車から少し離れた場所に立っていた。帰路について報告する者へ答え、時折馬車の方へ視線を向けながら出発の準備を見守っている。その姿を見つけてアリシアが近づこうとしたところで、先に正門の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「お姉様!」


 駆け寄ってきたアリスの後ろには、ノアもいた。


 アリスはすぐに姉の前まで行ったが、ノアは少し遅れて足を止めた。妻の姉であると同時に他国の王女でもある相手を前にしているためか、いつもより姿勢が固い。セレスティアがそんなノアへ目を向けると、彼は丁寧に頭を下げた。


「本日は、お見送りに参りました」

「ありがとうございます。ノアさんにもお会いできて良かったです」


 セレスティアが穏やかに返すと、隣にいたアリスが嬉しそうに二人を見比べた。帰国前にも一度顔を合わせていたため、最初に会った時ほどの緊張はない。それでもノアが普段より真面目な顔をしていることがおかしいらしく、アリスは何度か夫の方を見ていた。


 アリシアとローゼンも二人のもとへ向かった。


 セレスティアは二人へ帰国の挨拶をし、ローゼンも短く言葉を返した。すでに必要な話は終わっている。ここで改めて長く話し込むことはなく、互いに帰路の無事を願うと、出発を知らせる声が馬車の方から届いた。


 セレスティアは最後にアリスへ向き直った。


「今度は、もう少し手紙を書きなさい。こちらから送ってばかりでは、あなたが何をしているのか分からないでしょう」

「分かったわ。お姉様もちゃんと返事してね」

「あなたが書けば返すわ」

「じゃあ、約束ね」


 アリスが両腕を広げると、セレスティアも妹を抱き締めた。ほんの少しの間そうしてから身体を離し、セレスティアは待っている馬車へ向かって歩いていく。アリスは追いかけず、ノアの隣に戻って姉の背中を見送っていた。


 馬車へ乗る直前、セレスティアが振り返った。


 アリスが大きく手を振ると、セレスティアも片手を上げた。扉が閉まり、御者が手綱を取る。最初の馬車が動き出すと後ろの馬車も順番に続き、蹄と車輪の音を響かせながら正門を抜けていった。


 最後の馬車が見えなくなってからも、アリスはしばらく正門の先を眺めていた。


 隣にいたノアが何かを言うと、アリスが彼の方を向く。二人はそのまま並んで王宮へ戻り始め、アリシアもローゼンとともに後へ続いた。朝から人の出入りが続いていた正門前には使節団の姿がなくなり、残っていた兵士たちもそれぞれの持ち場へ戻っていった。


「あぅ」


 腕の中から聞こえた声に、アリシアは目を瞬いた。


 窓の向こうに見えていた正門から視線を戻すと、エレナが見上げていた。思い出に気を取られている間に退屈したのか、小さな手でアリシアの服を握り、何かを求めるように身体を動かしていた。


「ごめんなさい。少し考えごとしていたわ」


 アリシアはエレナを少し高く抱き上げてから、もう一度胸元へ戻した。背中を一定の速さで撫でてやると、エレナはしばらく母親の顔を見つめた後、頬を胸元へ預ける。


 先ほどまで髪や服に手を伸ばしていたのに、急に眠気がやってきたらしい。小さな手がアリシアの服を握ったまま動かなくなり、何度か瞬きを繰り返した目も少しずつ閉じていく。


 アリシアは起こさないよう長椅子へ深く腰掛け、娘の身体を両腕で支えた。窓の外を馬車が通り過ぎても、エレナは目を開けない。規則正しくなっていく寝息を聞きながら、アリシアは乱れていた娘の髪を指先で整えた。


 使節団が滞在していた頃とは違い、王宮の中も静かになっている。遠くから聞こえる足音も、廊下を通り過ぎる侍女たちのものばかりだった。


 アリシアは眠っているエレナを抱いたまま、しばらく窓辺で午後の時間を過ごしたのだった。

次話以降もまとまった中編規模の内容になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。