106. 次の世代へ続く道
次の協議が始まったのは、午後の日差しが会議室の大きな窓から長く差し込む頃だった。卓上には前回よりも広い範囲を描いた地図が広げられ、国境から王都へ伸びる街道だけでなく、途中の町や村へ続く道、さらに別の地方へ分かれていく既存の街道まで細かく書き込まれている。
ローゼンの隣にはアリシアとレオナードが座り、向かいにはセレスティアと使節団の者たちが並んでいた。前回の協議で双方の考え方は十分に出されている。一本の交易路を早期に整えたいセレスティアと、十年、二十年先まで一つの道へ人や物が集中することを避けたいローゼン。その違いを持ち帰ったセレスティア側が、今回は先に答えを用意していた。
「前回のお話について、こちらでも改めて検討いたしました。国境から王都へ至る主要街道だけを整備し、それを両国間の交易路として完成させるという当初の案は変更いたします」
セレスティアが地図へ手を伸ばし、国境から王都へ続く線を指でなぞった。その線から少し離れたところには別の街道が走り、その先にはいくつもの町が記されている。さらに国境の向こうにも同じように道が広がっており、一つの線だけを見ていた時とは計画の規模がまるで違って見えた。
「一本の主要街道を最初に整備する必要があるという考えは変わりません。しかし、その延長線上に主要街道から既存の道へ接続し、将来的には複数の経路を利用できるようにする。陛下がお考えになっている形を、我が国としても受け入れます」
「つまり、一本を完成させて終わりではなく、そこから別の道へ繋いでいくということか」
「はい。最初からすべてを同時に整備する必要はなく、優先する区間を決め、完成したところから次へ進めていけばよいと考えています」
ローゼンは地図へ視線を落とした。主要街道そのものを諦めるのではなく、そこを中心として別の道へ繋げていくのであれば、セレスティアの国が求める早期の交易路確保と、ローゼンが求めていた将来の交通網を両立できる。
レオナードも手元の資料を確認し、整備する順番を決めるのであれば現実的だと意見を添えた。一度に広い範囲へ工事を広げれば人員も資金も分散するが、主要街道を軸として段階的に接続先を増やすのであれば、それぞれの時点で必要な工事へ集中できる。
「こちらとしても、その形なら異論はない。まず主要街道を整備し、その後も必要な道との接続を続ける。どの道を優先するかについては、調査をした上で決めていこう」
「ありがとうございます。では、街道についてはその方針で進めさせてください」
前回まで両国の間にあった大きな違いが、一つ消えた。アリシアは地図に描かれた何本もの線を眺めながら、北部で見た光景を思い出していた。以前は静かだった村へ多くの商人や旅人が入り、宿や店が増え、人が暮らす場所そのものまで変わっていた。今回は同じ結果になると決めつけるのではなく、長く使われる道として最初から考えようとしている。
街道について話がまとまったところで、セレスティアは手元に置いていた別の書類を開いた。使節団の者が数枚の文書を卓上へ並べたことで、ローゼンも続きがあることを察し、黙ってセレスティアへ視線を戻した。
「その上で、我が国から条件がございます。今回の計画を複数の街道へ広げるのであれば、最初に想定していた以上の年月が必要になるでしょう」
「そうなるだろうな」
「主要街道を完成させ、そこから別の道との接続を続けるのであれば、すべてを私たちの代で完成させるのは難しいと考えています」
セレスティアは地図の端に記された国境へ指先を移した。今この場にいる者たちが合意しても、数十年後まで同じ人間が両国を動かしているわけではない。国王も王族も文官も代わり、国内の事情も少しずつ変化していく。
「しかし、途中で両国の関係が変わり、計画そのものが消えてしまえば、そこまでに費やしたものが無駄になります」
セレスティアの前に置かれていた文書が、ローゼンの方へ差し出された。街道整備だけを目的とした取り決めではなく、交易を含めた両国の関係そのものを長期にわたって維持することを前提とした内容が記されている。
「なので、我が国が複数の街道を接続する案を受け入れる代わりに、両国の長期的な友好関係を正式な形で結んでいただきたいのです。私たちがこの席を離れた後も、次の世代が計画を引き継げるようにしたいと考えています」
ローゼンは文書を受け取り、しばらく内容へ目を通した。隣ではレオナードも同じ文面を確認している。アリシアからも横に並ぶ文字が見え、街道整備の継続だけでなく、交易や両国間の協議についていくつもの項目が設けられていることが分かった。
やがてローゼンは文書を卓上へ置いた。
「分かった。その条件は受け入れよう」
セレスティアが静かにローゼンを見る。
「今回の計画はこちらから長期的なものを求めた以上、途中で関係が失われれば意味がない。街道整備と交易を継続できるよう、両国の長期的な友好関係を正式に結ぶ。その前提で協定を作ろう」
「ありがとうございます」
セレスティアは頭を下げた後、続けてもう一枚の書類を取り出した。複数の街道を整える方針と長期的な関係については両国の考えが一致したものの、彼女が提示する条件はそれだけではなかった。
「もう一点ございます。長期間の協定を結ぶのであれば、関税についても決めておきたいと考えています」
「聞こう」
「関税を長期間固定することは望んでおりません。街道が整えば交易量は変わりますし、両国で生産される物や必要とされる物も変化するでしょう。そこで、関税については三年に一度、両国で改めて協議することを条件としたいのです」
レオナードが差し出された文書を受け取り、ローゼンとともに内容を確認した。三年ごとに必ず税率を変更するという取り決めではなく、その時点の交易量や両国の事情を踏まえ、維持するのか、引き下げるのか、引き上げるのかを改めて話し合う仕組みになっている。
「三年ごとに協議を開き、その時の状況に応じて関税を決める。変更する必要がなければ維持するということだな」
「はい。その時代の両国に必要な条件を、その時の両国で決められるようにしておきたいのです」
ローゼンは一度レオナードへ視線を向けた。レオナードは文書を確認した上で、協議の時期を明確に定めることに問題はないと答える。関税率そのものを三年間固定するのではなく、三年ごとに必ず話し合う機会を設けるのであれば、交易の変化にも対応できる。
「いいだろう。それも受け入れる」
ローゼンの返答は短かった。
「関税は三年に一度、両国で正式に協議する。その時の交易と国内の状況を確認して、次の条件を決める。それで進めよう」
「異存ありません」
セレスティアが頷き、使節団の者たちも手元の文書へ書き留めていく。ローゼンもレオナードへ協定案の作成を進めるよう指示を出し、会議室には紙をめくる音とペンを走らせる音が重なった。
アリシアは卓上に広げられた地図へ視線を戻した。始まりは、北部にある一つの村だった。ローゼンがアリシアとエドガーを支えてくれた礼として渡した金を、村の人々が道の整備へ使い、人の往来が増えたことで新しい需要が生まれた。以前は小さかった村が町と呼べるほどに変わり、その話が遠く離れた国にまで伝わった。
そこから始まった話は、国境と王都を一本の街道で結ぶ計画になり、さらに複数の道を接続していく計画へ変わった。完成までに長い年月が必要になるからこそ、今度は二つの国がその先まで関係を続けるための約束まで結ぼうとしている。
「では、基本となる条件を確認しよう」
ローゼンが地図の上へ手を置き、向かいに座るセレスティアを見た。
「主要街道を最初に整備し、そこから複数の道へ段階的に接続する。街道整備と交易を長く続けるため、両国は長期的な友好関係を結ぶ。そして関税については三年に一度、双方で協議して決定する」
「はい。我が国も、その三点を基本として協定を結ぶことに同意いたします」
二人の言葉を受け、文官たちが正式な協定へ落とし込むための作業を始めた。細かな条文や工事を始める時期、どの区間を最初に整えるかについては、これからさらに詰めていかなければならない。それでも、両国がどこへ向かうのかは、この場ではっきりと決まった。
アリシアは地図に描かれた何本もの道を眺めた。
最初に話していたのは、一本の街道だった。今ではその一本から別の道へ繋ぎ、自分たちの代で終わらない計画を続けるために、国と国との関係まで繋ごうとしている。
北部の小さな村から始まった話は、次の世代へ残る約束へと形を変えていた。




