↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

105/115

102. 辺境の村から始まった話

中編の導入です。外交関係の話です。

 アリシアは自分の執務室で、朝から届けられた書類に目を通していた。北部へ出ている間に増えていた仕事も落ち着き、王宮での生活はいつもの流れを取り戻している。窓の向こうには多くの建物が連なる王都が広がり、大通りを行き交う馬車の姿も遠くに見えていた。


 少し前まで滞在していた北部とは、窓から見える景色だけでも大きく違う。それでもアリシアの頭には、ときおり故郷で見た光景が浮かんだ。以前より広くなった街道を何台もの荷馬車が通り、見覚えのない店や家が増えていた。自分とエドガーが暮らしていた頃には考えられなかったほど、あの場所には多くの人が集まるようになっている。


「アリシア様、陛下がお呼びです」


 ミレイユからそう告げられ、アリシアは読んでいた書類を閉じた。今日はローゼンと一緒に行う仕事は予定されていなかったはずなので、何か予定外の案件でも入ったのだろう。残りの書類を午後へ回し、アリシアはローゼンの執務室へ向かった。


 部屋へ入ると、ローゼンだけでなくレオナードも待っていた。二人の間にある机には国内の報告書とは違う書状が広げられており、その隣には封を切られたばかりらしい封筒が置かれている。


「呼んだ?」

「ああ。アリシアにも聞いてもらいたい話がある」


 ローゼンに促されて近づいたアリシアは、書状に記された紋章を見て足を止めた。見覚えがあった。以前、この王宮へ一人の王女を送り出してきた国のものだった。


「……アリスの国から?」

「ああ。正式な国書だ」


 アリシアはローゼンの隣まで進み、開かれた書状へ視線を落とした。アリスはすでにノアと結婚し、母国からも二人の結婚を認められている。だからこそ、今になって王家から正式な国書が届いたと聞けば、アリシアが最初に彼女を思い浮かべるのも当然だった。


 けれど、今回の国書に記されているのはアリス個人についての話ではなかった。相手国から正式な使節団を派遣し、今後の交易と街道整備について協議したいという申し入れである。


「街道?」

「北部の件が、向こうにも伝わっているらしい」


 ローゼンの言葉に、アリシアは顔を上げた。北部と聞いて思い浮かぶのは、つい先日まで滞在していた故郷である。以前は静かな村だった場所に新しい建物が並び、商人や旅人が頻繁に出入りしていた。前に帰った時よりも明らかに人が増え、村と呼ぶ方が不思議に思えるほど発展していた。


 レオナードが別の書類を取り出し、アリシアの前へ置いた。そこには北部へ向かう街道の利用状況や、周辺を通過する荷馬車の増加についてまとめられている。


「アリシア様がお暮らしになっていた村は、近頃では地方発展の成功例として名前が挙がることが増えております。特に注目されているのは、村へ渡された資金の使い道です」

「使い道?」


 聞き返したアリシアの隣で、ローゼンがわずかに視線を逸らした。その様子を見れば、何の金について話しているのかはすぐに分かった。


 アリシアとエドガーが王都から離れていた四年間、二人を受け入れてくれたのがあの村だった。アリシアは薬師として働き、村の人々に助けられながら幼いエドガーを育ててきた。その間、ローゼンは二人のそばにいることができなかった。


 だからローゼンは、村へ金を渡した。


 用途を細かく指定したわけではない。アリシアとエドガーを支えてくれたことへの謝礼として、村のために使ってほしいとまとまった金を渡し、その後の使い道については村の人々に任せていた。


「私は礼をしたかっただけなんだ。どう使うかまで私が決めるつもりはなかった」


 ローゼン自身にとっては、それで終わった話だった。


 村の人々は、突然手に入った金を一時的に分配する道を選ばなかった。何に使えば村全体のためになるのかを話し合い、その一部を周辺の街道整備へ回した。人が通りやすくなれば物資を運びやすくなり、村から外へ出る時にも便利になる。それが当初の目的だった。


 ところが、整備された街道を利用し始めたのは村人だけではなかった。


 北部を行き来していた商人たちが、それまでより使いやすくなった道を選ぶようになった。荷馬車の往来が増え、途中に位置する村で馬を休ませる者も増えていく。人が立ち寄れば食事を求め、日を跨ぐなら寝床が必要になる。大量の商品を運ぶ商人には倉庫が必要で、荷馬車や馬を扱う仕事も求められるようになった。


「それで、宿や店が増えたのね」


「はい。新しい仕事が生まれたことで外から移り住む者も増え、住民が増えれば今度は日用品や住居への需要も増える。現在では、その流れがさらに人を呼び込んでおります」


 レオナードの説明を聞きながら、アリシアは故郷で見た光景を思い返していた。前回帰った時には見なかった店や家が増え、街道には知らない商人の荷馬車が何台も走っていた。あの変化の始まりが、ローゼンから村へ贈られた金だったことになる。


「あなた、本当にお金を渡しただけだったのね」

「ああ。ここまで大きな話になるとは思っていなかった」


 ローゼンは少し困ったように答えた。


 国王が辺境の村へまとまった金を渡し、村がそれを目先の利益として使い切るのではなく、自分たちの生活を便利にする街道へ回した。その街道が人の流れを変え、需要を生み、村そのものを発展させた。


 今では、その一連の出来事が国外にまで知られていた。


「相手国が注目しているのは、この部分です」


 レオナードが国書へ視線を戻した。


 人口も商業も集まっている王都へさらに財を投じれば、既にある市場を大きくすることはできる。一方、北部では一つの村が街道へ財を使ったことで、それまで存在しなかった人の流れと需要が生まれた。


 ならば、街道そのものへ意図的に財を投じれば、同じような発展を別の地域でも起こせるのではないか。


 アリスの母国は、そう考えているらしい。


「向こうは、偶然起きた成功を今度は最初から狙って起こそうとしているのね」

「そういうことになるな」


 相手国が提案しているのは、両国を結ぶ街道の共同整備だった。自国領の街道は自国で整え、国境を越えた先ではこちらが街道を整える。二つを繋げることで、大規模な交易に耐えられる一本の道を作ろうとしている。


 アリスの母国にとって、その意味は大きい。街道が整えば、自国の商品を大国であるこの国へ運びやすくなる。商人たちが巨大な市場へ入りやすくなるだけでなく、街道沿いの地域にも人が集まり、北部と同じような需要が生まれる可能性があった。


「悪い話ではないでしょう?」

「悪くはない。だが、北部で上手くいったからという理由だけで国費を使うつもりはないよ」


 ローゼンの答えは早かった。この国にも交易路が増える利点はある。自国の商人が国外へ商品を運びやすくなり、新しい地域へ人が流れる可能性もある以上、検討する価値は十分にあった。


 それでも、道を整えれば必ず周囲が発展するわけではない。今回の成功は偶然でしかないのだなら。


 アリシアにも、その意味は分かった。故郷は北部を行き来する人々にとって立ち寄りやすい場所にあり、そこへ街道が整ったからこそ人が集まった。場所も需要も違う土地に同じだけの金を使ったところで、同じ結果になる保証などなかった。


「どこに道を通すのかも大事になりそうね」

「ああ。それに、どれほどの交易量を見込んでいるのか、向こうがどこまで負担するつもりなのかも聞く必要がある」


 ローゼンは国書を閉じた。最初から断る理由はないが、相手国の期待だけを理由に財を出すこともない。この国にも十分な利益があると判断できて初めて、国王として計画を進めるつもりなのだろう。


「使節団は受け入れる。返書もそのつもりで用意させている」

「では、こちらも受け入れの準備を進めます」


 レオナードが答えた後、もう一枚の書類を取り出した。使節団の人数や役職について記されたものらしく、その一番上にある名前を確認してからアリシアへ差し出す。


「今回、使節団の代表を務められる方です」


 アリシアは何気なく受け取り、そこに記されている肩書きを読んだ。次の瞬間、視線が名前のところで止まる。


「第三王女……?」

「アリス様の姉君です」


 アリシアも、アリスに姉がいることくらいは知っている。アリス自身が第四王女なのだから不思議なことでもない。それでも、姉である王女本人が外交使節団を率いてこの国まで来るとは思っていなかった。


「王女本人を寄越すのね」

「それだけ、この話を重要視しているんだろう」


 ローゼンは驚いた様子もなく答えた。大国であるこの国に街道の共同整備を持ちかけ、国費を投じてもらおうというのだから、相手にとっても軽い交渉ではない。王族を代表として送り出すこと自体が、今回の提案に対する本気の表れでもあった。


 やがて、アリスの母国から使節団が王都へ到着した。


 王宮正面には他国の王族を迎えるため近衛騎士たちが整然と並び、その向こうから相手国の旗を掲げた馬車が進んでくる。先頭の馬車に続いて使節や随行員を乗せた馬車が門を抜け、広い前庭へゆっくりと入ってきた。


 アリシアは王妃としてローゼンの隣に立っていた。今日ここへ来る女性は親友の姉ではあるものの、最初に迎える立場はそこではない。他国を代表して訪れた第三王女と、この国の王妃として顔を合わせることになる。


 先頭の馬車が止まり、扉が開く。


 降りてきた女性を見た瞬間、アリシアは確かにアリスの姉なのだと分かった。顔立ちのすべてが似ているわけではないものの、目元や横顔には妹を思わせるところがある。


 受ける印象は、驚くほど違っていた。


 アリスなら初めて訪れる場所でも興味のまま周囲へ目を向けそうなものだが、第三王女の視線が不用意に動くことはない。馬車を降りてからローゼンたちの前へ進むまで、一つ一つの動作が落ち着いており、自分がこの場で何を背負っているのかを理解していることが伝わってくる。


 第三王女はローゼンの前で足を止め、正式な礼を取った。


「このたびは我が国の使節をお受け入れいただき、心より感謝申し上げます」

「よく来てくれた。長旅だっただろう。まずはゆっくり休んでほしい」


 続いて、第三王女の視線がアリシアへ向いた。


 アリシアも王妃として彼女を迎える。アリスの名前は、どちらからも出なかった。姉妹について話す機会なら、この先いくらでもある。今ここに立っているのは、妹を訪ねてきた姉ではない。


 自国の利益を背負い、大国との交渉のためにやって来た一人の王女だった。


 アリシアはローゼンと並んで彼女を王宮へ迎えながら、もう一度その横顔を見る。


 似ているのは、顔立ちの一部くらいなのかもしれない。


 少なくとも、アリシアがよく知っているアリスとは、随分違う女性のようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。