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一度は私を捨てたくせに、今さら口説き直すおつもりですか?  作者: 入多麗夜


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101. 王宮へ帰ってきたら

 北部を発ってから数日が過ぎ、アリシアたちを乗せた馬車は王都へ続く街道を進んでいた。山沿いを避けて南側から回ったことで旅程は長くなったものの、帰路で雪に遭うことはなく、道がぬかるんで馬車が止まるようなこともなかった。窓の外に広がる景色も北部を出た頃とは大きく変わり、遠くまで続く畑の向こうには大小の家々が増え、王都へ近づくにつれて行き交う荷馬車や旅人の数も多くなっている。


 向かいの座席では、ローゼンに抱かれたエレナが眠っていた。長旅の途中では休憩を増やし、日が暮れるより前に宿へ入る日も多かったため、娘の体調に目立った変化はない。頬の色も普段と変わらず、馬車の揺れにも慣れたのか、今では車輪が石を踏んで少し大きく揺れた程度では起きなくなっていた。


 アリシアは何度目になるか分からないほどエレナの顔を確かめてから、窓の方へ視線を戻した。今回の帰郷で最も心配していたのは、まだ生後半年にもならない娘を長旅へ連れ出すことだった。北部へ向かう時にも十分気を配っていたが、帰路では冬が迫っていることまで考えなければならず、予定より早く町を出てまで遠回りを選んでいる。そこまでした甲斐があったと思えるほど、帰り道は穏やかだった。


「ママ!あれ!」


 それまで窓へ張りついていたエドガーが突然声を上げ、遠くを指差した。アリシアが身を寄せて同じ方角を見ると、畑の向こうに長く伸びる王都の城壁が見え、そのさらに奥には見慣れた王宮の尖塔が小さく覗いている。


「王都ね。よく見つけたわね」

「もう着く?」

「あと少しよ。今日は自分の部屋で寝られるわ」

「ぼくのおもちゃ、ちゃんとあるかな?」

「何日留守にしたと思ってるのよ。なくなるわけないでしょう」


 北部の町が見えた時にも喜んでいたエドガーは、王都を前にしても同じように嬉しそうだった。アリシアはその横顔を見ながら、息子には帰る場所が一つではないのだと思う。四年間を過ごした北部の家へ帰れば昔からの住民たちが迎えてくれ、王都へ戻れば今の暮らしが待っている。そのどちらもエドガーにとって自分の居場所になっていることが、アリシアには嬉しかった。


 城門を抜けると、馬車の外は一気に賑やかになった。大通りには荷物を積んだ荷車が並び、店先から客を呼ぶ商人の声が聞こえ、冬支度のために厚手の布や薪を買い求める人々が行き交っている。北部でも人の往来が以前より増えていたが、国中から人と物が集まる王都の賑わいはやはり規模が違い、アリシアは窓越しに見慣れた街並みを眺めながら、ようやく長かった帰路の終わりを感じていた。


 王宮の門をくぐってからほどなくして馬車が停まり、外では帰還を待っていた者たちが並んでいた。先にローゼンが降り、その後を追おうとしたエドガーが勢いよく立ち上がったため、アリシアは反射的に息子の腕を掴んだ。


「待ちなさい。一人で降りないの」

「もうお城だよ?」

「お城でも馬車の高さは変わらないでしょう」

「はーい」


 ローゼンに手を借りてエドガーが地面へ降りると、アリシアもエレナを抱いたまま後に続いた。北部では小さな家の玄関を開ければすぐに居間があり、町へ出れば昔から知る住民たちと顔を合わせた。それに比べれば、石造りの王宮は見上げなければ屋根まで視界に入らないほど大きく、正面玄関まで続く石畳の両側には整えられた庭園が広がっている。毎日暮らしていた場所なのに、数日離れていただけで随分久しぶりに見るような気がした。


「お帰りなさいませ、陛下、王妃陛下」


 並んでいた者たちが頭を下げる中、アリシアはエレナを抱き直して王宮へ向かおうとした。その途中で何気なく後ろを見ると、使用人たちが馬車から次々と荷物を下ろしている。出発時に積み込んだ旅行鞄に加え、北部の人々から持たされた保存食や焼き菓子、子供たちへの贈り物があり、遠回りの途中で立ち寄った町から持ち帰った品まで混ざっていた。


「……こんなに多かったかしら」

「北部を出る時点でかなり増えていましたからね」


 ミレイユが荷物を確認しながら答えた。昨日までは馬車ごとに分けられていたため気にならなかったが、一か所へ集められると量の多さがよく分かる。小さな包みをいくつもまとめた籠まで運ばれていくのを見て、アリシアは自分たちが北部へ何をしに行ったのか分からなくなりそうだった。


「途中でも増えましたし。あの焼き菓子もございますよ」

「あれはエドガーが気に入っていたでしょう?」

「アリシア様も召し上がっていましたよね」

「……まぁ、いいわ」


 ミレイユが楽しそうに笑ったところで、正面玄関からレオナードが姿を見せた。ローゼンの前まで歩いてくると帰還を迎える言葉を述べ、留守中に王宮で大きな問題は起きていないことを簡潔に伝える。その報告を聞いてローゼンの肩からわずかに力が抜けたのを、隣にいたアリシアは見逃さなかった。


 ところが安心できたのは短い間だった。レオナードは留守中に届いた報告を整理してあると続け、本日は急ぎのものだけ確認してほしいとローゼンへ告げる。長旅を終えたばかりなので本格的な執務は翌日からで構わないらしいが、国王が数日王宮を離れていた以上、何もないというわけにはいかない。


「分かった。後で執務室へ行く」

「お願いいたします。それから王妃陛下にも、留守中に届いた書類をまとめてございます」

「……私にも?」

「もちろんでございます。そちらは明日からで結構ですので、本日はお休みください」


 自分だけは関係ないと思っていたわけではない。それでも帰って早々に書類が待っていると聞かされれば、少しくらい肩を落としたくもなる。隣を見るとローゼンが口元を緩めていたため、アリシアは夫の腕を軽く叩いた。


「何を笑っているのよ。あなたの方が多いんだからね」

「分かっているよ」


 長い旅から戻ってきたというのに、早くもいつもの日常が追いかけてきたらしい。アリシアは呆れながらも、そのやり取りにどこか安心し、まずは子供たちを休ませるため自分たちの居住区へ向かった。


 エレナを部屋へ連れていくと、旅装から柔らかな服へ着替えさせ、いつも使っている寝台へ寝かせた。窓から差し込む午後の日差しが薄いカーテンを透かし、淡い光が寝台の周囲へ広がっている。移動中に何度も眠っていたはずなのに、エレナは自分の寝台へ戻ると安心したように目を閉じ、しばらくすると規則正しい寝息を立て始めた。


 アリシアは娘の額へ触れてから身体を起こし、改めて部屋を見回した。壁際にはエレナの衣類を収めた棚があり、窓辺には昼間に使う小さな揺り籠が置かれている。どれも出発前と変わっていないのに、北部の家で数日を過ごした後では部屋そのものが以前より広く感じられた。


 あの家では一つ隣の部屋にいれば家族の話し声が聞こえ、エドガーが走れば床板の音まで伝わってきた。エレナが泣けば誰が最初に気付くか競う必要もないほどで、ローゼンが薪を足しに立ったことさえ居間から分かった。それに比べれば王宮は広く、エドガーの自室へ行くにもいくつもの扉を越えなければならない。


「何だか、こんなに広かったかしらって思っちゃうわね」


 アリシアが部屋の入口にいるミレイユへ言うと、彼女も室内を見回してから納得したように頷いた。


「北部のお家とは大きさが違いますものね。向こうではエドガー様がどこにいらっしゃるか、すぐ分かりましたし」

「そうなのよね。こっちだと自分の部屋に戻っただけで見えなくなるんだから」


 不便だったはずの狭さを、今は少し懐かしく感じる。それでも王宮へ戻って落ち着く自分もいて、アリシアは二つの感覚が同時にあることを不思議に思いながら眠る娘を見つめた。


 翌朝、いつもの時間に目を覚ましたアリシアは身支度を済ませ、久しぶりに王妃として執務室へ向かった。磨かれた廊下には朝の日差しが長く伸び、窓の外では庭師たちが冬を迎える前の庭園を整えている。行き交う使用人たちから挨拶を受けながら歩いていると、昨日まで馬車で旅をしていたことの方が遠く感じられるほど、王宮の朝は以前と同じように動いていた。


 扉を開けて中へ入ると、机の上には留守中に届いた書類がいくつかの束に分けて置かれていた。レオナードから聞いていたとはいえ、実物を前にすると想像していたより存在感があり、アリシアは椅子へ座る前に足を止めた。

「……多くない?」

「数日分ですから」

「北部に戻りたいわ」

「昨日帰ってきたばかりですよ」


 後ろからついてきたミレイユに即座に返され、アリシアは小さく息を吐きながら椅子へ腰を下ろした。机の端には今日の予定も置かれており、午前中は留守中の報告確認、午後には王都で進められている冬支度について担当者から話を聞くことになっている。旅行中とは違い、今日からは自分の判断を待っている人々がいる。


 アリシアは視線を机へ戻し、一番上に置かれていた書類を手に取った。

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