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僕は今日も君へのラブレターを食べる  作者: 多田羅 和成


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4/6

平穏な朝

 雀の鳴き声で朝が訪れたことに気が付く。奏太は重たい体を起こし背伸びをする。


 恋をしていた時には考えられないほど目覚めのいい朝に、小さなため息が漏れた。


「……呆気なさ過ぎて嫌だな」


 蓮への恋心を忘れただけで世界が澄みきっているように感じる反面、言葉には出来ない寂しさがチクチクと心を刺す。


 忘れたい恋心を食べられた人達は、今抱いている矛盾した感情とどう向き合って前に進んでいるのか聞きたくて仕方がない。


 考え込む奏太とは無関係に、腹の虫は呑気に朝食を求めて鳴いた。部屋の外からは母の心配そうな呼び声も聞こえてくる。


「とりあえず朝ごはんを食べよう」


 ベッドから起き上がり制服に着替え、リビングへと向かうと背の小さい母がキッチンから顔を覗かせた。


「母さんおはよ」


「おはよう奏太ちゃん! 今日の朝ごはんはフレンチトーストにしておいたわよ」


 いつも座る席には、蜂蜜たっぷりかかったフレンチトーストとフレンチドレッシングをかけたグリーンサラダが置かれている。


 色鮮やかで目を楽しませてくれる手料理に自然と頬が緩み、席へと座れば手を合わせた。


 「いただきます」


 フォークでサラダを刺し、一口食べる。


 レタスのシャキッとした歯ごたえとフレンチドレッシングのまろやかな酸味とコクで、噛むたびに野菜の甘みを味わう。


 朝ごはんを食べるたびに、奏太の瞳には少しずつ光が戻っていく。

 

「ねぇ、最近は高校楽しい?」


 母からの何気ない言葉に一瞬フォークが止まるが、すぐに何事もない様にプチトマトを刺す。


「友達は少ないけど、中学よりは楽しいよ」


「そう! よかった。お母さんそれを聞いて安心したわ。朝ごはん食べたらお薬忘れないようにね?」


 母の目尻の下がった笑みを見てきゅっと喉がしまる。


 食べたものが喉につっかかるのを誤魔化す為、水で流し込む。


 食べ終わると学校に行かなくてはいけない事実に、食べるスピードが遅くなっていく。


 それでも少ししかない朝ごはんで時間稼ぎできるはずもなく、空っぽになったお皿を見て憂鬱になるのはいつものことであった。


 五粒ほどの錠剤を左手に出し唇をへの字に曲げた。


 しかし観念したように口を開き放り込むと、ほんの少し苦味が舌に残る。


 いつまで経っても薬に慣れないのは、飲む度にあの時の痛みを思い出してしまうせいだと思い込んでいたい。


 ――ピンポン。


「あっ、蓮くんが迎えに来てくれたんじゃない? いってらっしゃい奏太」


「うん、いってくる」


 玄関の向こうで待っている人物の気配を察すると昨日のこともあり、開けようとする右手が震えている。


 早まる心臓の音が煩わしい。


 今すぐ逃げ出したい気持ちを抑え、扉を開けると楽しそうに笑う蓮が手を振っていた。


「おはよう奏太。昨日調子悪そうだったけど大丈夫か? いつも通り来たけどまだしんどいなら休んでもいいんだぞ」


「おはよう。寝たら治ったし大丈夫だ。朝練あるんだろ。早く行こうぜ」


 蓮の姿を見るとあれだけ強張っていたのに、一気に力が抜けて自然に会話をしていく。


 隣を歩く歩幅も、ほんの少し制汗剤の匂いも、昨日となにも変わっていない。


「蓮は山田先生から出されていた日本史の宿題終わらせたか?」


「やっべ、忘れてた! 確か山田先生一限目からだよな……。奏太ジュース奢るから写させてくれ!」


「いいぞ。缶コーヒーな」


「助かるー! 本当にありがとうな!」


 歯を見せて笑う仕草も、明るくて優しげな声も全部好きなのに、静かに心臓は動いている。


 恋が消えると平穏で味気ない世界になることを、他人事のように実感する。


 付箋のラブレターに綴った蓮への気持ちは、自分が思った以上に小さいものだったのかと失望している自分を鼻で笑う。


 胸の奥に残る空洞だけが、失った恋の形を覚えている。


 自分だけが知っている世界の変化に、雲一つない青空は知らんぷりをしていた。

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