付箋サイズの好き
蓮が何かを話しかけているが、奏太の脳はその言葉をノイズに変換し、まともな思考を拒んでいく。
「奏太……?」
名前が呼ばれたことで現実に戻ると蓮の心配そうな視線を感じ、逃げるように奏太は言葉を吐き出す。
「ご、ごめん。体調悪くなってきたから先に帰るわ。また明日な」
「えっ、ちょっ、奏太!」
背後から聞こえる声に、奏太は罪悪感で足が止まりそうになる。しかし蓮の横をすり抜けるように通り過ぎた。
鼻の奥からツンと塩辛い刺激を感じながらも、頬に伝う涙は降り始めた雨の中へと溶けていく。
アスファルトを蹴る重たげな足音はやけに反響し、周りの音をかき消した。
部屋に入るまでの記憶はなく、奏太はずぶ濡れになった制服も脱がずに、ベッドへ倒れこむ。
枕に顔を押し付けて止まることのない涙を隠そうとするほどに、嗚咽が抑えられなくなる。
「なんでオレには言わずに、どこの誰かも知らない女に好きな人がいるって言うんだよ……」
一緒にいる時には言えなかった想いを言葉にすると、蓋をしていた感情がとめどなく溢れ出していく。
「オレの方が中学の頃から好きだった。蓮のこと誰よりも知っているのに」
握り締めた拳に爪が食い込んで鈍い痛みが、何もかも壊してしまいたくなる衝動を塞き止める。
本当は子どもみたいに泣きじゃくり、今すぐにでもヘドロのような醜い恋心を蓮にぶつけたくて仕方がない。
そもそも幼馴染という特権を投げ捨てるほどの勇気があれば、白いラブレターを書いた子のように真正面から告白している。
臆病者のくせに誰にも奪われたくないという独占欲は、一丁前に持ち合わせているのだから救いようもない。
「オレが可愛い女の子だったら、違っていたのかな」
一緒に夜を共にしているふわふわで、可愛らしげな白いうさぎのぬいぐるみを抱き寄せる。
すうっとぬいぐるみを吸うとお日様の匂いが、荒んだ心を優しく包みこんでくれた。
「オレが女の子だったらぬいぐるみを集めても笑われないのにな」
脳裏に浮かべたのは小柄で小動物のように守りたくなる女の子。
「きっと蓮もそういう女の子が好きに決まっている」
しかし姿鏡には、血管が浮かんだ細くも大きな手にごつい肩、男性的な顔つきをした少年が映っている。
理想と現実の落差に薄い唇は震え、小さな子どものように体を丸めた。
「女の子だったら蓮の好きな人になれたかもしれないのに」
叶いもしない願いを口にすることが惨めで、消えてしまいたいと声にならない叫びをあげた時、ふと一つの考えが脳裏を過ぎる。
「……そっか、食えばいいんだ」
赤くなっている目尻を乱暴に擦り、涙を拭うとふらつく足で勉強机へと向かう。
机の上に置かれている付箋に安っぽいシャーペンで書き殴った「好き」の言葉は、すぐに滲んでいく。
ラブレターにすらなれない付箋をくしゃくしゃに丸め一口で飲み込む。
喉の奥へと通っていく恋は、想像よりも呆気なく消えていった。
「……もう寝よう」
何も感じない心とは裏腹に泣きすぎたせいで、痛みを訴える頭に誘われるように再びベッドへ横たわる。
「明日、蓮にちゃんと謝らなきゃ」
ぽっかりと開いていた心の穴に、無理やり詰め込まれた安心感は酷く心地よく、それでいて吐きそうなほど悲しかった。




