転校生
蓮への恋心を消す為に食べたラブレターの味は、すでに忘れてしまった。
賑やかになっていく教室で、奏太は昨日までなかったはずの左隣の席を見つめる。
普段は隅っこにある自分の席を認識しないクラスメイトすら視線を向け、口にする噂が嫌でも耳に届く。
「もしかして転校生がくるんじゃない?」
「四月中旬なんて珍しいね」
姿すら見たこともないはずなのに、頭の中では警告音が響いていた。
クラスメイト達の無邪気な笑い声が、ゆっくり首を締める。
何もかも目を逸らしたくて、奏太は先生が来るまで眠ったふりをした。
「朝のホームルームするから席に座れ~」
「やっべ、先生来た」
赤ジャージを着たガタイのいい担任が入ると、クラスメイト達は一目散に散らばって席に座っていく。
漸く静かになったことを確認すると奏太も顔をあげ、気だるそうに肘をついて教室の前方を眺めた。
「席が増えたことで気が付いた者もいるだろうが、このクラスに転校生がくる」
「男ですかー? 女ですかー?」
「今から呼ぶから待っていろ。白石入ってこい」
――ガラガラ。
扉を開けて入ってきた男子生徒は、韓国アイドルのようにセンター分けされた黒髪に、日本人にしては白すぎる肌色をしている。
涼やかな目元は育ちの良さを感じさせ、周りの女子生徒は吐息を漏らす。
見覚えのある淡い青色の瞳に気が付いたとき、奏太は一瞬目の前の世界が色あせた。
「初めまして。白石直矢です。これからよろしくお願いします」
ただお辞儀をするだけでも絵になる直矢を見て、周りはざわついている。
白石を歓迎する空気の中で、奏太だけは顔を合わせないようにしていた。
「席は神寺の左隣だ。神寺、休み時間に学校案内してやってくれ」
「えっ?」
席については朝の時点で気付いていたが、学校案内まで頼まれるとは思わず顔をしかめる。
「せっかく隣の席だから仲良くするんだぞ。任せたからな」
奏太からすれば、隣の席というだけの理由で押し付けられる理不尽さに、机の下で拳を握り締めた。
ただでさえ今目立っているのに、案内役を拒否すれば冷たいヤツだと思われるに違いない。
何も知らないクラスメイトから、非難される未来は分かっている。
「分かり、ました」
絞り出された言葉は、弱々しくて情けない。
奏太は近づいてくる足音の持ち主に目を合わせないようにすることが、せめてもの抵抗であった。
「またよろしくね奏太くん」
「……よろしく」
思っていない言葉を吐く度に、奏太の心は大切なものが削られる感覚に陥る。
変わり始めた日常と封印していたはずの過去が、交わってしまったことへの絶望感に鈍い頭痛がじんわり強まっていく。
何事もなく始まった大好きなはずの国語の授業も癒しになることはなく、今だけは深海の底で眠る貝に生まれ変わりたかった。




