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第七話 『慣れ』



「こんばんはー、心理誘導ショーへようこそ」


柔らかい拍手が会場へ広がる。


舞台中央。


黒髪の進行役――ちーちゃんは、いつものように笑っていた。


「今日は催眠回の次なので、“慣れ”の話をします」


「人って、一回強く印象に残る体験をすると、その感覚を思い出しやすくなるんだよね」


そう言いながら、

ちーちゃんは客席を見渡す。


そして。


「あ、いた」


ぴたりとこちらを見る。


「今日も来てる」


会場から少し笑いが起きる。


「最近もう、“毎回来る人”枠になってきたね」


「しかもこの前、催眠めちゃくちゃ入り良かったし」


「だ、大丈夫っ」


反射的に返した瞬間。


ちーちゃんは、

その一瞬の間を見逃さなかった。


「……今、“大丈夫”の前にちょっと詰まった」


会場、

くすっと笑う。


「しかも声ちょっと警戒してる」


「催眠回のこと、ちゃんと覚えてる顔だ」


ちーちゃんは、

どこか楽しそうに肩を揺らした。


「でも安心してね」


「今日は“落とす”より、“人って一回経験すると、どれだけ引っ張られるか”の話だから」


テーブルの上へ、

三枚のカードが並べられる。


月。

鍵。

波。


「じゃあまず、直感で一枚」


「今回は、“考えないようにしよう”も禁止ね」


少し笑う。


「君、それやると逆に考え始めるから」


「……波」


ちーちゃんは、

“波”と聞いた瞬間、

少しだけ目を細めた。


「へえ」


「今回は結構すぐ選んだね」


波のカードを、

指先で軽く回す。


「ちなみに、なんで波?」


少し間。


「……あ、今“読まれる前に理由考えた”」


「なんか、押し寄せる波がざざーんって洗い流す感じで……」


その表現を聞いた瞬間。


ちーちゃんは、

少しだけ驚いた顔をした。


「……へえ」


会場も少し静かになる。


「今の、かなりイメージ強いね」


「“押し寄せて”」


「“洗い流す”」


言葉を、

ゆっくり繰り返す。


「人って、疲れてたり、考えすぎてたりすると、“整理される”とか、“流される”イメージ選びやすいんだよね」


少し笑う。


「しかも君、催眠回のあとだから」


「“力抜ける”とか」


「“沈む”とか」


「そういう感覚、前よりイメージしやすくなってる」


ちーちゃんは、

そこで少し悪戯っぽく目を細めた。


「……今、ちょっとだけ思い出した?」


「思い出した、かも」


その“かも”を聞いて、

ちーちゃんは満足そうに小さく笑った。


「うん」


「今、頭の中で感覚探したね」


「“あのぼんやりする感じ”って」


会場が、

少し静かに聞き入っている。


「人って、一回強く印象に残る体験すると、同じ言葉とか、同じ空気だけで、その感覚思い出しやすくなるんだよね」


「昔好きだった曲聞くと、その頃思い出したり」


「匂いで記憶戻ったり」


「それとちょっと似てる」


少し間。


「だから今の君、“波”選んだ時点で、結構“流される感覚”イメージしてたかも」


そして、

ふっと笑う。


「……まあ、抵抗したい気持ちも、ちゃんと残ってそうだけど」


「そ、そうだ。たまには流されないところ見せるぞ」


言いながら。


頭の中には、

さっきから波のイメージが残っていた。


ざざーん、と。


静かに押し寄せてくる感覚。


ちーちゃんは、

その宣言を聞いた瞬間、

吹き出した。


「あははっ!」


会場もつられて笑う。


「今、“流されない”って言いながら、めちゃくちゃ“波”の話引きずってる!」


「うっ」


ちーちゃんは、

楽しそうに波のカードを持ち上げる。


「だって今の、完全に“波に飲まれまいと踏ん張ってる人”の言い方だったもん」


会場、

拍手混じりの笑い。


ちーちゃんは、

少しだけ声を柔らかくした。


「でも、そこ面白いんだよね」


「人って、“流されたくない”って思うほど、逆にそのイメージを強く意識しちゃうから」


「だから今の君、“流されない”って頑張るほど、頭の中、波のイメージ濃くなってるかも」


少し間。


「……ざざーんって」


その瞬間。


頭の中へ、

本当に波の音が広がった気がした。


打ち寄せる波。


押して、

引いて。


意識の端を、

ゆっくりさらっていく。


“催眠回じゃないのに”


そんな考えが浮かぶ。


ちーちゃんは、

こちらの反応を見て、

一瞬だけ目を丸くした。


「……あ」


小さく笑う。


「今、ちゃんと入ったね」


会場はまだ、

“心理誘導ショーの一環”

として楽しそうに見ている。


ちーちゃんは、

その空気を壊さないよう、

自然なトーンで続けた。


「ほらね」


「人って、“催眠をかけます”じゃなくても」


「イメージとか、言葉とか、前の記憶だけで、結構感覚引っ張られるんだよ」


少しだけ、

こちらを見る。


「しかも君、今たぶん」


「“催眠回じゃないのに”って思ったでしょ」


会場から、

「おおー……」という声。


ちーちゃんは、

どこか楽しそうに肩を揺らした。


「でも、そう思った時点で、ちゃんと前回の感覚、繋がってるんだよね」


そして、

少しだけ悪戯っぽく笑う。


「……慣れてきた?」


「うん……」


返事をした瞬間。


自分でも、

少し驚いた。


いつもなら、

もっと抵抗する。


“まだ負けてないし”

とか、

“違うし”

とか。


そういう言葉が先に出るはずだった。


でも今は。


気づけば、

自然に頷いていた。


ちーちゃんは、

その素直すぎる返事を聞いて、

一瞬だけ固まった。


そのあと、

ゆっくり笑う。


「……え」


会場も少しざわつく。


「今日、なんか素直じゃない?」


ちーちゃんは、

面白そうにマイクを持ち直した。


「いつもなら、“まだ負けてないし!”って言いそうなのに」


会場、

くすくす笑う。


ちーちゃんは、

こちらを見ながら、

少しだけ優しい声になる。


「でも、それだけ安心してるってことかもね」


「前は、“読まれたくない”が強かったけど」


「最近、“読まれてる状態”そのものには、ちょっと慣れてきた」


少し間。


「だから今、抵抗するより先に、“うん”が出た」


ちーちゃんは、

波のカードを机へ戻しながら、

小さく笑う。


「……それ、結構大きな変化なんだけど」


その言い方が。


なんだか少しだけ、

嬉しそうだった。


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