第六話 『術師側の話』
大学の講義室。
後方の窓際で、
ちーちゃんはノートを閉じながら小さく息を吐いた。
「……よし」
今日の講義は、
認知心理学。
“人はどれだけ思い込みに引っ張られるか”
という内容だった。
教授が黒板に書いた、
> 『人は見たいものを見る』
という文字を眺めながら、
ちーちゃんは少しだけ笑う。
「ショーで毎週見てるなあ……」
「またなんか面白い顔してるね」
隣から声が飛んできた。
振り向くと、
ゼミの先輩だった。
短髪。
ラフな服装。
心理学科では珍しく、
妙にフットワークが軽い人。
「いや、ちょっとショーのこと思い出してて」
「あー、“心理誘導ショー”だっけ?」
先輩は笑いながら椅子へ座る。
「この前見に行ったよ」
「えっ」
ちーちゃんが目を丸くする。
「来てたんですか?」
「後ろいた」
「気づかなかった……」
「だろうね」
先輩は肩を揺らして笑った。
「でも面白かった」
「特に、
“負けず嫌いの常連くん”」
ちーちゃん、
思わず吹き出す。
「やっぱ目立ちます?」
「めちゃくちゃ目立つ」
「毎回反応全部拾われてるじゃん」
「うっ……」
ちーちゃんは少し照れくさそうに視線を逸らした。
先輩は、
そんな様子を見ながら続ける。
「でも良かったよ」
「“心理学を使って勝つ”
じゃなくて」
「“反応を一緒に楽しむ”
になってた」
ちーちゃんは、
少しだけ驚いた顔をする。
「……そこ、結構意識してます」
「だろうね」
先輩は頷く。
「心理系のショーって、
変に“術師が偉い”
感じになる人多いから」
「でもお前のは、
ちゃんと空気柔らかい」
ちーちゃんは、
少し考えるように机へ頬杖をついた。
「なんか……」
「人をびっくりさせたいっていうより」
「“人って面白い”
を共有したい感じなんですよね」
「うん、それが出てる」
先輩は即答した。
「あと」
少しニヤッと笑う。
「常連くんとの距離感が自然」
「え?」
「お前、
あの子いるとちょっとテンション違う」
「いやそんなこと――」
「ある」
即答だった。
ちーちゃん、
少し固まる。
先輩は、
完全に面白がっていた。
「毎回、
“今日はどんな反応するかな”
って顔してるし」
「う……」
「しかもあの子、
ちゃんとそれ返してくれるから、
ショーとして噛み合ってるんだよな」
ちーちゃんは、
少しだけ視線を落とす。
「……反応返してくれる人って、
やっぱやりやすいんですよ」
「だろうね」
「ちゃんと、
“参加してくれてる”
感じするし」
少し間。
ちーちゃんは、
小さく笑った。
「この前、
催眠回もやったんですよ」
「あー、告知見た」
「思った以上に入る人多くてびっくりしました」
先輩、
少し興味深そうな顔になる。
「へえ、どんな感じ?」
「笑っちゃう暗示とか、
味のイメージとか」
「あと……」
そこで少し止まる。
「“深く落ちる”
って言葉だけで、
すぐ反応する人がいて」
「常連くん?」
「……はい」
先輩、
数秒黙る。
そのあと、
少し笑った。
「かなり信頼されてるじゃん」
ちーちゃんは、
少しだけ目を瞬かせた。
「信頼……ですかね」
「そりゃそうでしょ」
先輩は、
机へ軽く肘をついた。
「催眠って、
結局“この人相手なら大丈夫”
が強いから」
「安心感ない相手だと、
あそこまで綺麗に入らないよ」
その言葉に、
ちーちゃんは少しだけ黙る。
思い返す。
ショーでの、
あの負けず嫌いな顔。
悔しそうにしながら、
毎回ちゃんと返ってくるリアクション。
そして。
この前の通話。
“お前相手なら別にいいけど”
そう言って、
自然に身を預けてきた瞬間。
「……」
先輩は、
そんなちーちゃんを見ながら笑った。
「お前さ」
「心理分析してる時より、
そういう時の方が顔柔らかいよ」
「え」
「完全に、
“観察対象”
じゃなくなってる」
ちーちゃんは、
数秒止まる。
そのあと、
小さく笑った。
「……かもしれないです」
講義室の窓から、
夕方の光が差し込む。
先輩は立ち上がりながら、
最後に軽く手を振った。
「まあでも、
今の方向性いいと思うよ」
「“操る”じゃなくて、
“安心して反応できる空気”
になってる」
「そこ、
お前の強みだと思う」
そう言って、
講義室を出ていく。
ちーちゃんは、
しばらくその場に座ったまま、
ノートの端を指でなぞった。
“安心して反応できる空気”
その言葉を、
静かに頭の中で繰り返しながら。




